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78 rpm

2004年。留学から戻る時に調査で使っていた機材をお世話になった資料室に寄贈した。

それから15年経った2019年。ほとんどの機材がまだ現役で私のことを知らないボランティアさんは「あんたが寄贈したのかい、まだ使ってるよ。」と教えてくれた。

2004年当時から同じ曜日にボランティアをしていたFさんは日本の歌が大好きで、古いレコードのデータベースを作っている。そのほとんどがSPレコードで、手軽に視聴できるレコードプレイヤーが作業には不可欠だ。そして78回転が再生できるプレイヤーでなければならなかった。SP盤が大量に保存されていることは留学前から続けていた現地調査で知っていた。それで私は、78回転対応のプレイヤーを探して、日本から持ってきたのだった。2004年当時も重宝したプレイヤーだが、2019年の今でも重宝しているという。

昨年の7月に、Fさんに生活史調査への協力をお願いした。SP盤はこどもの時からダウンタウンでよく買っていて、映画も良くみていたと話をしてくれた。戦前から戦後にかけて活躍したローカル楽団のこともよく知っていた。日本のレコードはホノルルで海賊版が多く製造されていたこともあって、このレコード会社はホノルルの(海賊盤のレーベルだ)ということなども教えてくれた。

調査協力のお礼は何がいいですか、と尋ねると「レコード針(カートリッジ)が欲しい」とのことだった。Vestaxの純正品は手が出ない値段になっていたので、互換性があるカートリッジを2つほど日本から送った。

12月。再びホノルルを訪れた。

レコードのカートリッジ、レコード自体も古いものなので溝との相性はあるかもしれないけどなんとか再生できるという。それから7月の調査でわからなかったダウンタウンの劇場のことを確認させてもらったりした。

ダウンタウンの話をしているうちに、ふと会話が英語から日本語に変わった。

ダウンタウンで飛び交う言語は日本語で、上映されていたのは時代劇だった。人々は日本の歌を歌い、楽しんだ。ホノルルには確かに、人々の生活言語としての日本語があったのだ。

「日本人だからここ(ホノルル)のことを知っておかなきゃ行けないこともあるのよ」と、これまで知らなかった話もいくつか教えてくれた。

この15年、その大半はホノルルからも研究からも離れていた。けれども、再びこの地で調査を始めると、そこには私を待っていてくれる人たちがいて、私の知識が役に立つ場所があった。

―日本人の私だから、できる調査。

高速で回るターンテーブルからは、ハワイの日本の歌が流れていた。






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