(61日目)すごいですね


平日の18時を過ぎたころ、会社から出て車の通りが多い幹線道路の脇を歩いていると、ふと、白いビニール袋をもって地面を見ながらふらふらしている人が目についた。

その人は、時折地面に手を付けながら、また、それを繰り返している。

服は上下グレーのジャージ。
足はきれいなオフホワイトの大き目のバッシュ。
顔は真っ黒に日焼けして、髪は後ろ手に無造作に結んでいる。

遠めに見ても「やんちゃ」な雰囲気がプンプン伝わってくる。

どうみても渋谷の歓楽街あたりでキャッチをしているかもしくはその筋のお兄さんなんだが、なぜかひたすら白いビニール袋をもって地面を眺めつつ、街道沿いとその路地を行ったり来たりしている。

(なにをしてるんだ?)

この時間にはあまりにも似つかわしい風体と変な動きに立ち止まってじっと眺めていると、彼はおもむろに路上の何かを拾って、そして持っているビニール袋に入れた。

(え?この人、ゴミ拾ってんの? なんで??)

路上生活者のようでもないし、かといって、ボランティアにも見えない。

2秒ほど逡巡したあと、僕は好奇心には勝てず、声をかけた。

僕「あの、ゴミ拾ってるんですか?」

彼「そっす」

思いのほかとても素直そうな声と顔で彼は応えた。

「すごいですね!」

彼は一瞬「え??」という表情になり少し困った笑いを浮かべてこう言った。

彼「そんなことないっすよ。ただ、僕は自分の住んでる街をきれいにしたいってだけなんで…」

彼はそう言って少し恥ずかしそう、そして困ったようにはにかんだ。

***

彼と別れた後、しばらく経ってから、ある疑念、というか、ある種の恥ずかしさを感じ始めた。

「すごいですね」なんて全然誉め言葉じゃないし。
そんなこと言うならお前もやれよって感じじゃん。
なんて失礼なことを言ったしまったんだ… 。

自分の言動の恥ずかしさと後悔を感じたその時、ふと6年前の大雪ではじめてボランティアをした時のことを思い出した。

その冬はとても雪が多い年で、僕が住んでいた埼玉の奥地の町も最大80cm以上積り大変なことになっていた。
僕は地元の人間ではなかったけど、少しでも力になれれば、と明日から始まる小学校に向けた雪かきボランティアに参加した。

車道をまず確保するため歩道にうず高く雪が積み上げられており、今回はその歩道の雪をまた人一人分どかして小学生が学校に通えるようにする、というものだった。

大汗をかきながら仲間と分担し雪かきをしていた時、ふと通りがかった男性から声をかけられた。

「なぁ、そんなとこじゃなくてさ、あそこのほうも雪積もってるから、やってくんない?」

僕は彼の声を聞いて、スコップの手を止め、顔を上げた。

40歳前後の彼は、この大雪のさなかにしては拍子抜けするほどラフな格好で(たぶん近所の人)左手にはTSUTAYAのレンタルビデオのバッグを持っている。

一瞬にして頭に血が上るのを感じた。

(てめーでやれよ。地元なのに何他人事みたいに言ってやがんだ)

… とはもちろん言わなかったが、やわらかい言葉で同様の趣旨のことは言ったと思う。彼はバツが悪そうにそそくさと立ち去って行った。

***

この苦い経験はいまでも心の奥底で引っかかっている。
思い出しては(ボランティアなんてするもんじゃないな)と思ってしまう。


なぜ、彼に「すごいですね!」と言ってしまったのか。

彼は純粋な顔で、他人から褒められることも望まず(少しは期待しているかもしれないが…)自分の身の回りはきれいにしたい、という純粋な動機から行動している。

たぶん心の底から「(あのころの僕と比べて)すごい!」と思ったんだと思う。それが素直に口から出た、そういうことなんだ。

僕はあの時、確かに期待していた。
だれかに「すごいね」って称賛されることを。

「すごいね」はあの時の僕と、今の彼との対比から出た言葉だったのだ。

うん。だから、彼はすごい。僕にはないものを持っている。
すごいでいいのだ。


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