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ぱんぱか通信 9月6日号Vol.2 (原稿)                  硬そうに見せかけて、実は、しっとりとした、ふわっ、もちっ、の「土鍋蒸し焼きカンパーニュ」ができるまで

 
7月の「週間すわ」でもご紹介いただいた当店の「土鍋蒸し焼きカンパーニュ」は、非常に人気のあるパンで、毎日、仕込みに追われています。焦げたような表面の色から想像する生地は、いかにも硬そうです。日本のフランスパンに対してよく言われますが、硬くて乾燥した生地は喉越しが悪いなどとも聞きます。私も同じで、もっと水分の多い、しっとりした生地のフランスパンはできないものかと試行錯誤しました。今回は、この「土鍋蒸し焼きカンパーニュ」が、誕生するまでのお話しです。

  まず、しっとりした生地にするためには当然、水分の配合率を高くしないと話になりません。簡単な理屈ですが、水分の多い生地を色よく焼くには、焼き温度が高いか、温度は低めでも、長く焼くか、このどちらかの選択肢しかありません。ところが、パンの大きさによっては、水分の多い生地は、高い温度で焼くと、生地の中に火が通る前に表面が焦げてしまうため、ある程度、じっくり焼く必要があります。ところがそれだと、どうしても、硬い、岩のようなパンになってしまうのです。そこでひらめいたのが、「蒸し焼く」という手法。外国のパン屋さんで見かけますが、ル・クルーゼ(鋳物製の重たい鍋のメーカー名)を使った蒸し焼きがあります。確かに、このお鍋なら気密性も抜群で、蓋をすると、遠赤効果もバッチリです。が、何しろ高価で、元を取る前に私の寿命のほうが早いかと思い、却下。四の五の言わずにとにかく手持ちの鍋で試してみようと、蓋付きの気密性の高いステンレス製の鍋と、普通の家庭用土鍋で試しにパンを焼いたところ、ステンレス製は、ふっくらとパンが膨れる前に、表面が先に焼けてしまうので、硬いパンになってしまいました。

 一方、土鍋で焼いたパンはめっちゃいい感じに膨らむのですが、表面に焼き色が付かず、一度は却下しようと思ったのですが、土鍋から取出して、焼色だけつけるための仕上げ焼きをしたらどうかとやってみた結果が、現在のパンになりました。

生地には弾力もあり、気泡が大きく、その気泡の内側は艷やか。思った以上の出来上がりとなりました。焼き方そのものではあまり苦労せずにできたのですが、水分の多い生地の仕込みにはかなり手こずりました。

 (画像は、「黒ごま入り土鍋蒸し焼きカンパーニュ」で、気泡の内側の艶部分)

実は、このパンの水分量は、粉に対して80%という高加水率なのです。これがパン屋にとってどういう意味なのか?単刀直入に言いますと、国産の強力粉を使って、しかもグルテン料は少なく、繊維質が多い二等粉なので、機械で捏ねるのは無理なのです。

 当然、手で捏ねるしかないと思いがちですが、手で捏ねるにしても機械で捏ねるのと同様、手にまとわりついて、いつまでもべたべたしたままでなかなかグルテンの形成ができずに、生地の腰折れを起こします。形にならないと言ったほうがわかりやすいでしょうか。この結論に至るまで、半年ほど、パンは焼けずに、手を焼いたのですが、この小麦粉に拘る理由は、国産小麦粉らしさを残してフランスパンを焼くという目標のためでした。日本人に馴染みの良い国産小麦は、弾力に富み、ポストハーベスト(外国で船積み前に小麦を農薬のお風呂に浸す方法)による農薬の心配もないのです。仮に、農薬を使用しているとしても、日本の農水省の農家への農薬使用基準は厳しく、食品として安全面を確保しています。私は「無農薬」にこだわるのではなく、安心して食べられる基準を農家も守っているのなら、政府を信用しようという一市民です。無闇矢鱈に反対すれば、生産者の生産性を脅かすことになると考えています。そういった理由から国産小麦粉派なのです。 

 さて、この高加水率のパン生地の扱いですが、小麦粉に水を含ませると、グリアジンとグルテニンが絡み合ってグルテンができます。このグルテンはパン生地の骨組みとなるのですが、小麦粉を捏ねる理由は、このグルテンを人為的に早く形成させるためです。この段階で、加水率が高い生地は、人為的に捏ねようとすると、台に張り付いたり、手にベタベタまとわりついて、とても捏ねる状態になりません。そこで、小麦粉のグルテン形成の原点に戻り、水を加えてから小麦粉のグルテンの力だけで生地を作ってしまおうということにしたのです。ちなみに、当店には、「こねないパン」という商品があるくらい、小麦粉って不思議な才能があるのです。この小麦粉の力をオートリーズと呼んでいます。
小麦粉と分量の水を混ぜ合わせ、2時間、4時間、6時間と、オートリーズの状態を見ながら、少しずつ時間を伸ばして実験した結果、4時間以上、12時間以内ならとても良い状態の薄い膜ができるのです。「ここまでくればもう大丈夫。きっと美味しいパンになる!」と、確信を得ました。
生地の骨組みができれば、残る作業は味付けと膨らませる材料を加え、食感の良い生地作りです。私は、「ラミネーション」という手法でしなやかできめ細かさを目標に、「パンチ」を入れて弾力をつけようと計画しました。
ラミネーションは、生地をできるだけ薄く広げるのがポイントで、作業台全部を使って一枚の大きなシーツのように手で伸ばします。捏ねずにここまでできてしまう小麦粉の偉大さがわかります。一度広げて伸ばしてたたむだけなのですが、この工程を経たパンは、パンの気泡の内側にテカテカした艶ができます。それが、なんとも言えない、美味しさ秘訣です。


(画像はラミネーションした生地に玄米を散らした、「玄米入り土鍋蒸し焼きカンパーニュ」です。) 

 前の段階を経てたたまれた生地に、30分置きに3回、「パンチ」を入れます。
容器で休ませた生地の中央を引き上げ、四方を畳み込んでまた、また容器に戻すのを3回繰り返し、初めて、ここから発酵段階に入ります。ここまでの工程で丸一日かかり、発酵でもう一日、3日目にしてやっと成形され、土鍋の蒸し焼き工程へと続きます。
丸2日か嘗て仕込んだ生地がパンとなり、最初に見ることができるのは、土鍋の蓋を開ける時なのです。毎回、わくわくどきどきします。

 このパンは、工場などの管理下で、大量生産できるようなパンではないことがおわかりいただけたかと思います。また、それができるような材料でもなく、温度と発酵時間の予測が狂ってしまった時などは、添い寝をして、途中で起きて発酵状態をチェックするようなことも多々あります。まるで、生まれたばかりの子供におっぱいを与えた、あの眠く辛い頃のような手間が必要となります。けれども、私一人で営んでいるからこそできるというもので、焼き上がりのパンは我が子のようでもあります。

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