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英雄の証明

『英雄の証明』(第三次大戦時代)


難易度 ★★☆☆☆

人数 男3/女1/不問1~4

ジャンル リグトベル王国/大河ドラマ/情緒


あらすじ  戦場で数々の功績をあげ、英雄と呼ばれるようになったアース将軍。しかし、彼は、人を殺して得た英雄という称号に疑問を持つようになる。
 貴族のデュランから縁談の話が持ちかけられるが、政略的な結婚に乗り気じゃないアース。悪徳商人レール卿から、病気の妹を治す手立てが得られるのではないかと言われアースは渋々この話に乗ることに。しかし、結婚してから、彼が得た術とは、黒魔術であった。
 黒魔術によって妻と召使を殺したアースは、指名手配にされる。追手を返り討ちにした。そして彼は、ミアになら英雄と呼ばれてよいと思いながら、ミアを抱きかかえ、逃げ出した。


登場人物

アース 妹想いの軍人の青年。人を殺し英雄と呼ばれる事に疑問を持っている。

レール 悪徳商人と呼ばれるがその手腕により、貴族に成り上がった。冷酷な男という噂の裏腹にアースを気に掛ける初老の男。

ミア アースの妹。病により病床に伏している。幼女として描かれる。

デュラン かつて貿易により成り上がった王家の一人。政略に長けているが、レールに出し抜かれてからは立場を奪われてしまった。

子供 戦場でアースに殺される子供(役兼任可)

女 戦場でアースに殺される女(役兼任可)

兵 戦場でアースに報告をする兵、(役兼任可)

傭兵 レール商会所属の傭兵(役兼任可)


読んでおくと分かりやすい他作品

  首無し公のお屋敷(黄金時代)


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演出 「大戦は終わり、残った敵対集落陥落後、残党狩りの任務につくアース。そこで生き残った敵の散策をしている」

 

子供 「助けて……助けて……」


ナレ 「戦争の終わり。荒野となり果てた集落で誰かが僕に助けを求めていた。みすぼらしい子供が、逃げ遅れたのか、頭から血を流し、僕を見上げている」


子供 「助けて……助けて……うぐっ(断末魔)」


ナレ 「自身の集落を襲った敵と味方の区別がつかないか。この小ささならば仕方があるまい。どうにせよ、僕にできる事はとどめを刺してやることだけだった」


女 「ひ、ひぃいい!」


ナレ 「物陰から女が逃げる。背にあった弓を張り、狙いを定めて矢を放つ。女はその場で、転ぶようにして倒れ、そのまま動かなくなる」


演出 「不意に現れる商人レール卿」

 

レール 「アース殿。お勤めご苦労様です」

アース 「これはこれは……レール卿。どうしてこちらに? まだ、残党が残っているやもしれません。ここは危険です」

レール 「ご心配なく。戦いの作法は心得ております。それに、本日は、国王軍の皆さまをねぎらおうと思いましてな。アース殿も参戦していると聞き及び、足を運んだ次第」


ナレ 「ダート・レール卿。王国の経済を仕切るやり手。闇商人、死の商人、魂の商人、悪徳卿、多くの称号があるが、どれも不名誉なものばかり。黒いガラス眼鏡の奥に光る瞳は、口調のような温かみはない」


レール 「キャンプでは、我レール商会が、各地から集めた食材で拵えました豪華な食事を用意しております。お口に合えばいいのですが」

アース 「私は、まだやることがあります。残党を全て狩り終えねば」

兵 「アース将軍!」

アース 「どうした?」

兵 「伝令であります。ただいま、キャンプにデュラン公の使者が到着、将軍に面会を希望しております」

レール 「ほう、これはこれは。用事だといいですな。さぁ、ご一緒に参りましょう」


ナレ 「レール卿は恐らく、使者の来訪を知っていた。あざとく、しらばっくれる彼の態度が鼻につく。更にレール卿は、僕の苛立ちに気が付いているようで、それが愉快なのか、嫌味な微笑を浮かべていた」


演出 「場は変わり、デュラン屋敷へ。デュランは、アースを食事会に招いたようだ。没落した貴族デュランは、将来大物になるであろうアースをいち早くわが物にしようと企んでいる。そこに呼ばれたレール卿は、商売敵であるデュランに恩を売りつけようと、何も知らないふりをして、言葉巧みに仲介人の立場を勝ち取る」

 

デュラン 「ようこそ、我屋敷へ。ささ、小さな屋敷だが、どうかくつろいでくれ給え。我使者は、君に失礼はなかったかね」

アース 「お招きありがとうございますデュラン公。大変光栄です。失礼だなんて滅相もございません」

デュラン 「噂に聞く礼儀正しい男だ。さぁ、こちらへ。まずは盃を」


ナレ 「僕は、デュラン公の屋敷に招かれた。長い机。左右に僕らは向かい合う形に座り、そしてなぜか、それを挟む形でレール卿が席についている。聞くに、デュラン公は、国王陛下の遠い親戚であり、王国の貿易商売を取り仕切っていた由緒正しき貴族である。しかし、レール卿にその座を奪われて以来、二人は対立しているはずだった」


デュラン 「かつてのいざこざは水に流し、レール卿ともこうして盃を交わす。我らはいわば財の錬金術師。そして、アース殿は、未来の大将軍。この食事会をきっかけに我らの絆は固く結ばれるだろう。では、我らの繁栄と栄光に乾杯」

レール 「乾杯」


ナレ 「レール卿はぐいっとワインを飲みほした。僕は、飲むふりだけをして盃を置いた」


デュラン 「ところで、アース殿。この度の戦はご苦労であった。世の治安を乱す不届き者たちの成敗は、やはり並ならぬ大仕事であった事でしょう。アース殿、貴公の活躍は、一目置くものであり、我親族、国王陛下の耳にも達していますぞ」

アース 「恐れ多い事です。陛下よりいただいた、紋章と剣に恥じぬよう、がむしゃらに戦ったまでですよ」

デュラン 「ほっほっほ、その謙虚さも、まるで同族の貴族をみているかのようだ。しかし、レール卿によれば、貴公は貧民街にお住いとか」

アース 「ろくに帰ってはおりませんが、妹と慎ましく暮らしております」

デュラン 「将軍の立場ならば、それなりの報酬をもらっているだろうに」

アース 「えぇ、しかし、前線で戦うにはそれなりの装備を整えねばなりません。将軍とはいえ、他の将軍達に比べれば、私は下の下。第一陣を任されることが多ければ、それなりにリスクも高く、金子がかかるのです」

デュラン 「ほう、なるほど。命は金に替えられないからな」

アース 「デュラン公。本来であれば、この様に、隊を離脱し悠々と食事を楽しむ暇はないのです。さっそく本題に入りたいところではありますが」


ナレ 「デュラン公の上機嫌な笑顔が消えた。これを受け、静寂を保っていたレール卿がわざとらしい咳払いをする」


レール 「ゴホン、デュラン公、アース殿のいう事も一理あります」

デュラン 「そうか、メインディッシュがまだだが、仕方があるまい。アース殿は独身と聞き及ぶ。そこで単刀直入に、我娘と結婚してほしいのだ」

レール 「え?

デュラン 「経歴についてはこちらのレール卿から。貴族としての格もある。度胸も兼ねそろえておるようだ。英雄として、名も高く、申し分もない。我娘には一通りの女としての芸事を仕込み、貴方を支えるだけの器量がある。親の私の口からいうのもなんだが、我領土においては一番魅力的な女性に育ってくれた。それに見合った番は、貴公にして他はないと思うのだ」

レール 「それで私が呼ばれた理由は? キャンプ場にたまたま一緒にいたからですかな?

デュラン 「レール卿は、前の大戦でアース殿と同じ隊に属していたとか」


ナレ 「それは知らなかった。何せ、前の大戦に駆り出された兵達は、志願者を手あたり次第に集めた烏合の衆。中には僕のように正規兵として認められた者もいれば、隊から離脱し、別の道を進む者も少なくはなかった」


レール 「えぇ、アース殿とは旧知の仲。互いに、悪態をつきながらも、進む道が反れながらも、なんだかんだ交流を続けておりました腐れ縁。戦争は終われど、我らは一度でも命を預けた仲ならば、戦友と申しましょうか」

アース 「それは嘘だ」

デュラン 「はっはっは、なるほど。互いに悪態をつきながらとは……男の友情というものだな」


ナレ 「ここでも彼は白を切っていたが、事前にデュラン公の思惑を知っていたのだろう。この婚姻の話は恐らく、彼が仕組んだことだ」


レール 「えぇ。クレーモス砦の戦いでは、私は彼に命を救われたことも。魔王軍ダルカニアの者たちもやり手揃いでした。我ら志願兵たちは命からがら戦い、傷つき、倒れる者にも目もくれずに逃げ出す始末。しかしアース殿だけは違った。怯える志願兵らをかばうようにして、彼は勇敢に剣を構えて、敵の前に立ちはだかった。おかげで私は今日まで生き延びることができた。彼には借りがあるのです。だから、私は、彼の隊への支援を、陰ながら務めさせていただいております」

アース 「我隊に?

デュラン 「アース殿は知らぬようだが?

レール 「恩つけがましくする事もないでしょう。アース殿から逆に、借りと思われてもいけませんからな。匿名での支援を」


ナレ 「初耳だった。ただ、思い当たる節はないでもない。デュラン公は、この話を食い入るように聞いている」


レール 「近からず、遠からず、その距離から、我友・アース殿の武運を祈っておりました。。今宵、アース殿が伴侶を迎えられるとは、我身のように喜ばしい事」

デュラン 「ついでとは思わないでくだされ、レール卿。貴方が、彼の事を私に話してくれなければこの話はなかったのだ。いわば貴公は仲人。しかし、水を差すようで悪いがレール卿。少しばかり気が早いぞ。アース殿の返事がまだだ。……ごほん、アース殿、どうですかな。我一族の仲間入りを果たす覚悟は、おありですかな?

アース 「……突然の事で……。返事はまた後日では」

デュラン 「無理もないだろう。突如、王族になれるといわれるのだから。しかし、返事はなるべく早めに。あぁ、少しばかり失礼する。酒が進みすぎたようだ」


ナレ 「デュランが立ち去った後も、僕とレール卿は出されたスープに手を付けなかった。しばらくの沈黙の時。切り出したのはレール卿の方だ。これでは失礼だといい、彼は先にスープを飲み始める」


アース 「レール卿、どういうおつもりですか?」

レール 「どういうつもりとは?」

アース 「私とあなたが友だったとは知りませんでした」


ナレ 「レール卿はぎょろりと目を僕に向ける。ナプキンで口を拭き、表情を一つ変える事なく、話を始めた」


レール 「アース殿、悪い話ではないと思いますよ。貴方の妹君は原因不明の病だとか。国王陛下の一族になれば、王宮専属の医師に診てもらう事も出来ましょう。最先端の医療技術、医療魔法ならば、二十数年前から続く、妹君の病を癒すことができるかもしれません」

アース 「何故、妹の事を知っている」

レール 「私は、貴公を本当に、心の底から、支援したいと思っている。貴方は覚えていないだろう。前の大戦、貴方は私を確かに救った。そして貴方は、私に妹君の事を語ったのです。確かにそれから私たちは、交流と呼べる交流はなかったが……だからなんだというのだ? 私は、借りを返さねば気が済まない性質なのだ。どうでしょう。大義がない事はないでしょう? ふふふふ……」


ナレ 「不気味な笑みの中に見えた彼の魂胆。レール卿は、仲人を果たすことで、商売敵のデュラン公に借りを作ろうとしているのだ」


アース 「僕はあんたとは違う」

レール 「ほう、どう違うというのかな」

アース 「……僕は、あんたのように人をだまし、操り、踏み台になんかしない」

レール 「ふっふふふふふ、なるほど。噂に毒されているようですが……あながち噂でもない。……しかし、国家の英雄殿。自身の手を汚したことがないとでも?」

アース 「なんだって?」

レール 「よく見るがいい。英雄と言われながらも返り血と汚物にまみれた自身の手の平を。私とどう違うというのか」


ナレ 「切り裂くような悲鳴。呪われた罵声。敵の四俣を割く刃の金切り音。骨を粉々にばらす爆音。容赦なく降り注ぐ矢と銃声と魔法。生きるためとはいえ、拷問される敵兵達の断末魔や、友軍に犯される敵領地の女子供らの喘ぎ声に、目と耳をふさいできた毎日。自身が生きる為だと言い訳をしながら、一心不乱に人を殺して回った挙句に得た、英雄の称号」


レール 「私は、この国の、金の流れを良くして、英雄と呼ばれるようになった」

アース 「……闇商人の間違いだろう?」

レール 「一方あなたは人殺しを繰り返し、英雄と呼ばれるようになった。……どうあがこうとも逃げれはしないのだ。我々は、他人の血を、ワインだと言い聞かせながらすすり続けなければならない。それこそが私たち、英雄なのだよ」

アース 「私は……」

レール 「だが、アース殿、もっと肩の力を抜き給え。大事なのはそんな事ではない。私たち自身が何を考え、何を決断したか、それが重要なのだ。称号は、その後についてきたものにすぎない。あの戦場を駆け抜けた私たちは、ただ……人一倍、生きたいと願っただけだったのだ」

アース 「欺瞞だ」

レール 「…………、ふふ、強情な御人だ」


ナレ 「僕は、憤り、立ち上がってそのまま戦場へと戻る。レール卿はそれを引き留める事もなく、冷めたスープを飲み続けていた。」


演出 「戦場に戻ったアース。自分の隊は任務を終えており、解散。自分の住処に戻ったアースは、ミアに結婚の話をする」

 

ナレ 「僕が戦場に戻る頃、残した兵達によって残党狩りは終わっていた。戦場には見覚えのない死体がいくつか増えている。そのほとんどの背中には刃で割いた後が見られた。指揮を任せていた副長からの報告を受け、僕は帰還命令を下す。そして兵舎に戻り、解散。久方ぶりに戻った貧民街は、相変わらずの腐臭に満ち溢れている。だが、戦場に溢れる生臭さに比べればましだ。貧民街は、汚らしい水路に作られた小さなテントの群れ。家にたどり着くまでに出くわす乞食たちに、僕は報酬の一部で手に入れた食事を配る。食事を受け取った彼らは、礼を言うと同時に、僕を「英雄」と呼んだ。そして水路の奥の奥。悪臭で貧民街の住民たちでさえ近づけない、奥のさらに奥の奥。そこが僕らの住処だ」


ミア 「お兄ちゃん、戻ったの?」

アース 「あぁ、帰ってきたよ。何事もなかったかい?」

ミア 「うん」

アース 「ミア、また食事を持ってきたよ」


ナレ 「僕は、持ち帰ったパンを水に浸し、柔らかくして彼女に食べさせた」


ミア 「ありがとう」

アース 「ありがとうはなしだって言っているだろう。当たり前の事だ」

ミア 「うん、ありがとう」


ナレ 「彼女の病気の原因は分かっていない。色々と試してみたが、どれも効果はない。心なしかまた痩せたか。段々と小さくなっていく彼女の影。……僕が戦場に行く理由は、彼女の弱っていくこの姿から逃げているだけなのかもしれない。胸の奥から感情が込み上げてくるが、兄としての意地が、それを食い止めた」


ミア 「ねぇ、お兄ちゃん。いい事あったの?」

アース 「ん? どうして?」

ミア 「どこか、いつもよりも、なんだか嬉しそうに見えたの」

アース 「……実はね、デュラン公から呼び出されて、結婚の話を持ち掛けられたんだ」

ミア 「デュラン公……素敵じゃない!」

アース 「あぁ、でも……」

ミア 「……お兄ちゃん、いいよ。私の事は」

アース 「そういうわけにはいかないよ」


ナレ 「僕は、彼女の額をそっと撫でた」


アース 「お前の事は捨てられない。誓ったんだ。ミアの病気が治って、独り立ちできるようになるまで、僕が守るって」

ミア 「だめだよ、お兄ちゃん。私の為に、お兄ちゃんの幸せをぼうに振っては絶対にダメ。お兄ちゃんはずっと私の為に頑張ってくれた。だから、もう」

アース 「それ以上いうな」


ナレ 「ミアを抱きしめる。そんな時、レールの言葉が脳裏に過る。この小さな少女を助ける……この縁組にその可能性があるという事」


ミア 「お兄ちゃんの幸せが、私の幸せだよ」

アース 「……ミア」


ナレ 「翌日、この貧民街の出入り口にレール卿の使者たちがやってきた。返事が聞きたいとの事だった。僕は一晩考えていた。レール卿の言う通り、ミアの病気を治す可能性があるのならば。僕は、使者に条件を突きつけた。彼らはそれをレール卿に伝えると言い、一度引き上げる。そういったやりとりがあり、三日後、僕はデュラン公の娘と面会することになった」


アース 「ミア、デュラン公は、僕たちに新しい家をくれるみたいだよ。そこで、ミアも一緒に暮らすんだ」

ミア 「いいの?」

アース 「もちろんさ。新しく姉さんになるラスカは、僕の事をとても気に入ってくれているみたいなんだ。きっとミアの事も気に入ってくれるよ」

ミア 「ありがとう」

アース 「僕は、話をまとめて、また迎えに来る。それまでここでまっていて」

ミア 「うん!」


ナレ 「レール卿の使者の馬車に乗り込み、そしてまずはレール卿の屋敷へ」


レール 「よくぞ決心されましたな。まずは、身を清めるのです。それから、デュラン公の屋敷へ。……もうお察しかもしれませんが、デュラン公は、早く貴方をものにしたいのです。儀式は明日。作法に関しては、黙って奥方の隣にいればいい。後は私がなんとかしましょう」

アース 「レール卿」

レール 「何か?

アース 「……世話になる」

レール 「……ふふ、気にするな。友よ」


演出 「アースは結婚するも、ラスカの事を見向きもせず、新しい屋敷にあった闇魔術の書に没頭する。そして彼は事件を起こす」

 

ナレ 「儀式は無事に終え、僕はそこで初めて、ラスカ嬢とあった。話の通り、彼女はとても美しい女性だった。新しい家。そこはデュラン公が別荘として使っていた屋敷のようだ。家具はそのまま残され、地下室には多くの書物が保管されている。僕とラスカの新たな生活はしばらく続いたが、数日後には、とうとう一言も会話をせずに一日を終える日が見られるようなった。地下室にこもり、僕は新妻よりも保管されていた本に魅了されていたのだ。そしてある日、ラスカはレール卿を頼り、レール卿が僕に会いに来た」


レール 「アース」

アース 「部屋に入るなと申しつけていたはずだ」

レール 「ラスカ嬢は貴公の身を案じている」

アース 「放っておいてくれ」

レール 「仲介人の役を買った私の身にもなってくれ」

アース 「勝手に買ったのだろう。さぁ、出て行ってくれ。忙しいんだ」

レール 「闇魔術の本かね」

アース 「あぁ。ほら、死者を蘇らせる方法。人の倍生きる方法。あらゆる禁術が記されている。……ここをごらん。それらを可能にする赤い石。この石は実際に存在していて、王国の医療技術に頼るよりも、確実だ」

レール 「アース…………それは伝説だよ。赤い石なんてものもなければ、人を蘇らせ、人を延命させるような魔法は存在しないのだ。そんなものは忘れて」

アース 「黙れ、レール! 石は存在する! 早く、出て行ていけ!」


ナレ 「僕が剣を掴むと、レール卿は深く息を吸い」


レール 「またくる」


ナレ 「そう言い、去っていった。夢物語なんかじゃない。不可能ではない闇の魔術。ミアを救う唯一の手段。そして更に月日は流れ——」


演出 「後日談。アースは儀式の為にラスカを殺害。レールは、傭兵部隊によってアースを殺害せざるを得なくなる」

 

レール 「デュラン公……この度は……」

デュラン 「レール! 貴様がいながら……! わが娘は……ラスカは……」

レール 「……ご報告しました通り、我が社の傭兵らが到着した時にはすでに、……ライカ嬢は亡き者に。そして、地下には散乱した闇魔術に関する書物が見受けられました。アースは、それらに傾倒していたと思われます。デュラン公、あれほどの書物をどこで集められましたか?」

デュラン 「我祖父の代から集めていたものだ。だ、だが、私も読んだ事はあるが、誰があんな御伽噺を信じると? 娘を殺せば何かが起きると、アースは本気で思っていたのか!?」

レール 「私も一部、拝見仕りましたが、恐らくその通り。娯楽の図書がこの事態招くとは……なんといっていいものか。しかし、ものによっては、見る者を取りつかせる呪いのようなものがかけられているのかもしれませぬ。危険な書物は、我が社の精鋭の魔術師たちによって封印させましょう。それはそうとアースですが、貴公の名誉が傷つかぬよう、内密に我々が処理を」

傭兵 「失礼します。レール卿」

レール 「おっと、調査員がなんらかの情報を収穫したようです。失礼。うむ……うむうむ……わかった」

デュラン 「どうしたというのだ。見つけたのか」

レール 「いえ、アースは傭兵を殺し、その場を逃げたと」

デュラン 「何をやっているのだ!!」


ナレ 「僕は、ミアと共に住処に身を隠していた。外が騒がしい。レールが放った追手が来たのだろう。貧民街の住民たちは、僕を匿う為に抵抗してくれているようだった。ある者は嘘をつき、ある者は行く手を阻み。攪乱と時間稼ぎをしてくれている。だが、ここにたどり着くのも時間の問題だ。ガチャリ、ガチャリ。傭兵たちの鎧が擦れる音が近くなる。悪臭の為に嗚咽も聞こえる。そして、とうとう、僕らの住処を隔てる幕に人の影が複数写った。そして幕は切り裂かれた。傭兵の数は三人。三人は僕らの住処に土足で上がり込み、三人が三人共、歩みを止めて絶句した。小さな、小さな黒ずんだミイラを見て。次に彼らは思わず顔をそむけた。恐らく数十年も前に、息を引き取ったであろうそのミイラには、綺麗な服が着せられている。あたかも生きているかのようして、丁寧に寝かしつけられている。僕は、彼らが見せた隙を見逃さず、不意を突いて二人の首を跳ねた。残った一人は思わず、尻もちをつき、僕は躊躇なく、首をはねた。表にはきっと、もっと大勢の傭兵がいるに違いない」


ミア 「お兄ちゃん、逃げよう」

アース 「あぁ、ミア。一緒に逃げよう。……ミア、もう一人になんかしないよ」


ナレ 「僕は、彼女を抱きかかえ、この水路に隠された秘密の通路を開いた。誰も知らない道を、僕らは通り抜けて行く。絶対に僕は彼女を守ると誓ったんだ。だって、僕は、彼女にとっての本当の英雄だから」


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解説  アースは英雄と呼ばれる事に飽き飽きしていました。人殺しによって得られた称号だからです。彼は政略結婚に対してもよくは思っていませんでした。政府の犬になる事を嫌がっていると言えば、その通りでしょう。一件、それでいい人に見えますが実はそんな事はありません。
 妹の傷を治すと言いながら、下水でテント生活を強いています。将軍職でもらう給与が、装備品に消えるわけではありませんから薬だって買ってあげられるはずです。ではどうして彼は貧乏暮らしをしているのでしょうか。答えは簡単です。貧民街の住民たちに彼は施しを行っていました。故に、彼は指名手配となりましたが、彼らに庇われていたのです。彼は貧民街の住民から慕われていました。妹のお薬を買わずに。
 彼は、妹の事を思いながらも、妹の為に何もしておらず、自身の身も削って、まるで廃人そのものです。どうして彼はこうなってしまったのでしょう。答えは簡単です。彼に生きる目的がないからです。物語の最後で種明かしがされるように彼の妹のミアは既に故人でした。それを踏まえ、最初のシーンをご覧ください。人殺しによってえた称号に食いながらも、彼は容赦なく逃げる人を殺害する事ができます。なんだかんだと彼は心情を描写しますが、そこに心はなく、皮肉な事に、英雄という称号のむなしさは彼自身が証明してしまっているのです。
 一方、悪徳商人と言われていたレール卿の方が心がある人間でした。確かに、彼はリグトベル王国シリーズで登場する際、必ずと言っていいほど、悪逆非道、冷酷とされていますが、彼は命の恩人であるアースを心の底から心配していました。アースの心に大きな空洞がある事を見抜き、彼に救いの言葉を投げかけます。


レール 「だが、アース殿、もっと肩の力を抜き給え。大事なのはそんな事ではない。私たち自身が何を考え、何を決断したか、それが重要なのだ。称号は、その後についてきたものにすぎない。あの戦場を駆け抜けた私たちは、ただ……人一倍、生きたいと願っただけだったのだ」

アース 「欺瞞だ」

レール 「…………、ふふ、強情な御人だ」


 レール卿の沈黙をあえて長くしたのにはそういった理由がありました。アースから拒絶され、レールは彼への憂いを確かなものとすると同時に、きっと、彼の悲惨な最期をここで見たのでしょう。恐らく、物語のような結末になるとまでは予知する事はできませんでしたが、若い頃に自身を救った英雄、アースの変わり果てた様に絶望した事は間違いありません。……はいそうです。彼を真に英雄と呼んでいたのは、既に故人で、アースの妄想の中に登場する妹ミアではなく、このレール卿でありました。

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