首無し公のお屋敷

『首無し公のお屋敷』(黄金時代)

難易度 ★☆☆☆☆

人数 男3/女1/不問1~4

ジャンル リグトベル王国/童謡/ホラー


あらすじ  入ってはならないと大人たちが口を揃えていう領域がその森にはある。首無し公のお屋敷だ。主人公・僕は、彼女にそそのかされて、屋敷にある宝を目当てに友人たちと屋敷に侵入する。屋敷の中で、盗人と遭遇し、攫われかけるが、床が崩落。地下室で、首無し騎士と遭遇した一同は一斉に逃げる。
 逃げる途中に無数の首がない黒色の人形が並べられた黒魔術の研究室を見つけてしまう一同。なんやかんやと脱出する事ができるが、そこには彼女の姿はなく、振り返ると、頭がついた黒人形が一体、恨めしそうに逃げる僕らを見届けるのであった


登場人物

僕 主人公。本名はイガボット・クレーン。彼女に誘われ、首無し公のお屋敷へと進入する。

彼女 彼女。僕の友人。首無し公のお屋敷に侵入しようと言い始めた女の子。首無し公が持っていたと言われる宝石を狙う。が、その正体は不明。

ロン 僕の友達。怖がりの男の子。

フォス 僕の友達。強気な男の子。

ヴェラ 僕の友達。オカルト好きな女の子。

盗人 屋敷を荒しに来た盗人。僕たちに遭遇し、人さらいを企むが首無し公に殺される。

ナレ 大人になった僕。ナレーター


関連作品

  英雄の証明(第三次大戦時代)


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演出 「場面は森。そこで、僕は少女と出会い、屋敷の探検を提案される」

 

ナレ 「僕は、ペットのジャックを探して、森の中へと入っていった。その森は、村の大人たちが口を酸っぱくして、「入ってはいけない」と言っていた森だった。昼も、夜も、そして朝も、ずーっと白く、濃い霧が張っているこの森を、村のみんなは、首無し公の庭と呼んでいた。なんでも、そこは、悪名高きデュラン公爵が別荘地として使っていたお屋敷の敷地で、誰も立ち入らないために、手入れもされておらず、当時の僕は、危ないからと、大人たちがでっち上げた作り話とばかり思っていた」


僕 「ジャック!」


ナレ 「ジャックの痕跡を探して、僕は森の奥へ奥へとやってきていた。そして見つけたデュラン公のお屋敷。霧の中から突如現れたお屋敷は僕を見下ろし、そして、一つ開かれた窓からは、ボロボロになったカーテンが、手招きをしているように揺れている」


僕 「ジャック!」


ナレ 「ジャックはそこにいた。そしてジャックを抱える彼女がいた」


僕 「ジャック、おいで」

彼女 「ほら、ジャック。ご主人の所にお戻り」

僕 「ジャック、心配したじゃないか。ダメだよ、森の中に入っちゃ。お父さんとお母さんに怒られるよ。……ねぇねぇ、君は何をしているの?」

彼女 「ん? 下見」

僕 「なんの?」

彼女 「下見は下見。今夜、ここに忍び込んで、デュラン公の宝石を盗もうと思って」

僕 「危ないよ。君も聞いているでしょ? ここは入っちゃいけない場所なんだ」

彼女 「ううん、大丈夫だよ」

僕 「でも、お父さんもお母さんも、危ないから森に近づいちゃいけないって。特にこの屋敷には」

彼女 「嘘よ。だって、無事にここまで来られたじゃない。屋敷だって危なくないよ。みんな、私たちをここに近づけたくないの。だから嘘をつているの。それとも怖いの?」

僕 「僕は怖くなんかない。それに、みんなが嘘をついているって、知っているよ。……でもどうしてみんなここに近づけさせようとしないんだろう。そういえば宝石って?」

彼女 「宝石は宝石よ。デュラン公の宝石がここにあるんだって。たぶん、大人たちは、それを守る為に嘘をついているの」

僕 「……どうして盗むの?」

彼女 「お兄ちゃんがね、結婚して遠くに行っちゃうんだ。だから、どうしても宝石が必要なの」


ナレ 「僕は、彼女がいままでどうやって生活をしてきたのかを知らない。ただ、彼女がとても貧乏な事を僕はどうしてか知っていた。彼女にお兄さんがいた事は初めて知ったが、お兄さんがいなくなったら、彼女の生活がもっと困るって事ぐらい、僕にも分かる」


僕 「宝石があればいいんだね?」

彼女 「うん」

僕 「わかった。じゃぁ、僕が取りに行ってあげるよ。任せてよ」

彼女 「一人だと危ないよ」

僕 「危なくないって言ったのは自分じゃない」

彼女 「大人が言うほど危なくないって言ったの。一人だと危ないよ。中はボロボロだし、床が腐ってるところある」

僕 「中に入ったの?」

彼女 「下見しているっていったじゃない。ねぇ、他のお友達も誘おうよ。みんながいれば怖くない。今夜はどう?」

僕 「うーん。分かった。声をかけてみるよ」

彼女 「うん。じゃぁ、月が真上に上る頃にまた会いましょう」

僕 「うん、またね」


演出 「少年たちは屋敷へと向かう。屋敷の中で、盗人の男と出会い、そして彼らに襲われそうになるも、男は何者かによって殺害される。少年たちを救い、そして狙うのは首無し公であった」

 

ナレ 「僕は、約束を守れそうな友達に声をかけて回った。真夜中、眠りについた両親の目を盗み、家を抜け出し、僕らは森の入り口に集合した。人一倍喧嘩が強いサラフォスは人一倍弱虫のロンを連れてきた。二人は何故か、タライとカーテンで鎧を作り、……きっとフォスは、宝探しよりもデュラン公と戦いたかったに違い。対してロンは、自分の身を守る為にそうしていたに違いない。物知りのヴェラはいくつかの本をリュックサックに詰め込んでやってきた。オカルト好きの彼女は、デュラン公の宝石に興味津々だった」


ロン 「こわいよ。帰ろうよ」

フォス 「まだ、森に入ったところだぞ。屋敷も見えていない」

ロン 「でも首無し公がいるんだろう?」

僕 「伝説だ。作り話さ。首無し公の屋敷には宝石があるんだって。それを守る為に大人たちが嘘をついているんだ」

ヴェラ 「デュラン公の赤い石は、魔石っていうんだって! 黒魔術に使っていたらしいよ!」

フォス 「ヴェラは黒魔術好きだよな」

ヴェラ 「その昔、お尋ね者になったデュラン公は、6人の兵隊に囲まれた。奇襲をかけられて首を落とされた彼は、胴体だけになった後も二人の首をはね、逃げる兵を追いかけ回し、更に二人の首をはねた……。それでやっと力尽きたようだよ。でも彼は死んだ後になっても……、自分を蘇らせるために、黒魔術を続け……そして……儀式を行う為に必要な次の生贄を、屋敷に招き入れようとしているの」

ロン 「ひいいい、帰ろう! 帰ろうよ!」

フォス 「馬鹿いえ。もうそろそろつくだろう。なぁ?」

僕 「うん、このあたりのはずだよ」


ナレ 「僕たちは、屋敷にたどり着いた。門の前で彼女は待っていた」


彼女 「そろったね」

僕 「うん、入ろうか。鍵は?」

フォス 「開いているみたいだぞ」

ヴェラ 「入ろう」

ロン 「う、うん。ぼ、僕は、やっぱりここで待っているよ」

フォス 「ならいいよ。お前はここにいろ。皆行くから、だれも守ってくれないけれどもな」

僕 「さぁ、いくよ」


ナレ 「ロンを置いて、僕らは屋敷に入った。屋敷は彼女が言った通りボロボロで、腐った木の臭いが充満していた。ただ、それだけじゃない。腐敗した肉の、つーんとした悪臭も混ざっている」


フォス 「くせぇ」

ヴェラ 「きっと血が腐った臭いだよ。デュラン公は、この屋敷で自分の妻と召使の首を切って、殺害したの。それで、彼は指名手配にされた」

僕 「何のために」

ヴェラ 「生きていた頃から黒魔術に傾倒していたみたいだよ」

フォス 「生きていた頃? ……黒魔術で何をしようとしていたんだ?」

ヴェラ 「それは……」

彼女 「気を付けて、そこの床、腐ってる」

フォス 「うわっ! ……危なー……」


ナレ 「辺りの床には、たくさんの穴ぼこがあった。盗人が入ったのだろうか。家具は荒らされ、散らかされている。僕たちはそれを縫うように進んでいく。まるで大きな迷路のような屋敷を、彼女が先頭に立ち、次に僕が続いて歩いた。下見をしていた彼女の案内のおかげで、僕らは大きな怪我をすることなく、先へと進んでゆく。それはいいのだが……屋敷の奥へ奥へと進む程、どこからともなく降り注ぐ、視線のようなものが気になる」


ヴェラ 「ねぇ、誰かに見られている気がする」

フォス 「気のせいじゃないか?」

僕 「怖くなってきた」

フォス 「まて、みんな……音が聞こえないか?」

ヴェラ 「え?」

フォス 「……わっ!」

ヴェラ 「きゃああ」

僕 「うわああ」

フォス 「はっはっはっはっは、怖がりでぇー」

ヴェラ 「もう! フェス! やめてよ!」

フェス 「はははは」

僕 「……まって、何か聞こえるよ」

フォス 「だめだよ、こういうのは一回までだよ」

僕 「いや、聞こえるって」


ナレ 「僕らは確かに聞いた。金具がこすれる音。ガチャリガチャリと、まるで騎士がさまよっているかのような音。僕らは身構えた。暗がりの中からそれは姿を露にする。その時、彼女が僕の手を握った。とても冷たかった。だが、僕の鼓動は、恐怖とは違うものに変わった」


ヴィラ 「ロ、ロン!」

ロン 「こ、怖かったよぉ」

フォス 「なんだよ、お前かよ。驚かせんなよ!」

ロン 「怖かったんだって」

フォス 「まったくよぉ」

ヴェラ 「あれ……? まって、じゃぁ、こっちから聞こえてきた足音って」

フォス 「ロンの足音だろう? もう驚かせるのは一回までだって」

ヴェラ 「違うよ。だってこっちから聞こえたもの。ほら、また」


ナレ 「ペタリペタリ。それは、ロンのかぶるタライが鳴らす金具の音ではない。僕たち以外の誰かが、足音を鳴らしている。音が鳴る方から、ぬっと現れる人の影」


フォス 「誰だ!」


ナレ 「返事はない。彼女は更に強く僕の手を握る。僕もそれを強く握り返した」


フォス 「出てこい!」


ナレ 「ぼぉっと、明かりがついた。影が照らされ人相が浮かぶ。左右非対称な極端な顔。嫌味な目つきに、黄ばんだ歯を持つ男が、僕らに卑屈な視線を向けていた。」


男 「ひぃっひぃっひぃ、首無し騎士の正体は餓鬼どもだったか」

フォス 「見慣れない顔だ……。 村の人間じゃねぇな!?」

男 「違うよ。ただ、……お前さんたちを探すようにご両親たち依頼されたのさ」


ナレ 「僕は彼女を後ろにやった」


ロン 「うわあっ! うわあああああ!」

男 「落ち着きなさい。おじさんは怖い顔だがいい人なんだよ。……それにしても悪い子たちだ。近づいちゃいけないって言われていたろう? なのにこの屋敷に入りこんじまった。さぁ、こっちへおいで。おじさんと一緒にここから出よう」

フォス 「俺達だけで出られる。大丈夫だから」

男 「心配なさんな。さぁ、おじさんと一緒に行こうねぇ」

彼女 「違うよ……こいつの言う事は信じちゃダメ。きっと屋敷に入り込んだ盗人よ」

僕 「……父さんも母さんも寝ていて、僕たちがここにいる事を知らない。あんたを雇ったなんて嘘だ!」

男 「…………じゃぁ仕方がないね」


ナレ 「男は、ナイフを取り出す。それも刃には所々錆付きが見られる。僕らは察した。その錆は、血錆だ。男は人を殺す事に慣れている。彼女の言うとおり男の正体は盗人だ」


男 「……あるかどうかわからない宝石を狙うよりも、君たちを売っちまった方が早そうだね。ひぃっひぃっひぃ」

フォス 「てめぇ!」


ナレ 「フォスは、持っていたバットを振るも、男はそれを身軽に飛んで交わす。だが、男が着地した時、僕らの足元が、何かの衝撃に揺れ、崩れ落ちた。僕らは地下の廊下まで落ちて、床に叩きつけらた。痛みに耐えつつ、慌てて立ち上がる。男は腰を痛めたようで、立ち上がろうとするも、バランスを崩してまた転げている。これはチャンスだ。逃げだそうとしたしたが僕らは立ち止まった。転げる男の後ろに誰かが立っている」


ロン 「うわあああああっ!」


ナレ 「それは全身鎧をまとった鎧騎士で……首から上がない。切り取られた首元からは、血のような跡が、垂れるようにして鎧を錆付かせていた。しかし、騎士はそれをなんともしておらず……剣を抜いてはきれいな一閃を描く」


男 「ぎゃっ!」


ナレ 「男の首がすっぱりと胴体から切り離される。ごろんと床を転がるまで、切られた事に男の頭は気が付いていない。何が起こったのかと、目をぐるぐるとさせながら僕と目が合う。ここでやっと、男の頭は動かなくなった」


フォス 「逃げろっ!」


演出 「散り散りに逃げた少年たち。僕と彼女は、仲間を助けようかどうかを言い合う。そんな時、彼女の接吻に恋心をいただかせる僕は、この事件を一生心に残るものにされてしまった。なんとか逃げおおせた彼らだが、最後の僕は、未練の為に再び屋敷へと足を進めてしまうのだった」

 

ナレ 「フォスの号令に皆が一目散に逃げ始める。ただ、みながどこへ向かい、どこへ逃げたのかは分からない。それぞれがバラバラに逃げてゆく。僕は、彼女の手を握ったまま、手前から二番目の扉に入り、本棚の裏側に隠れた。騎士は僕たちを探しはじめた。あたりを、わざとらしくガチャリガチャリと大きな足音を鳴らしている……。だが、近くの捜索を諦め、騎士は場を離れた。足音が聞こえなくなるまで、僕らは息をひそめていた」


彼女 「大丈夫?」

僕 「う、うん」

彼女 「みんなは?」

僕 「分からない。……あ、ごめん。強く引っ張っちゃったから痛くなかった?」

彼女 「うん。大丈夫。私を守ってくれたんだね」

僕 「そ、そんなじゃないけど……。早く、みんなと合流して屋敷を逃げよう」

彼女 「でも、宝石が」

僕 「そんなこと言っている場合じゃないよ」

彼女 「でもでも、あれがいたんだから、きっと宝石だってあるはずだよ」

僕 「……、まずはみんなを探そう」


ナレ 「僕らが飛び込んだ部屋は書斎のようだった。ずらりと本が並んでいる。そしてどれもこれも、呪われたタイトルばかり。机の上には一冊の本が広げられていて、そのページには『人を蘇らせる術』と書かれていた」


僕 「やっぱり宝石はあきらめようよ」

彼女 「そうはいかないよ。だって、ここにあるはずなんだもん。絶対あるよ。ねぇ、お願い」

僕 「みんなを探して、はやくここから」


ナレ 「彼女は、言葉を遮るように、そっと僕の唇に自身の唇を重ねる。ひんやりとしたがとても柔らかく、そして甘かった。僕は、動けなくなっていた。怖さもあった。彼女への怖さだ。でもそれだけじゃない。突如の事の驚きと、そして、どこか嬉しさと」


彼女 「一人にしないで。……だから……お願い」

僕 「……わかった。一人にしない。……でも、みんなをたすけなきゃ。……しっ……まだ奴が戻ってきたみたいだ。足音が聞こえる」

ヴェラ 「きゃああああ!」

僕 「ヴェラの声だっ!」

彼女 「だめよ、今、出てはダメ。ここで隠れていよ」

フォス 「こいよ! かかってこいよ! デュラン! こっちだ!」

ヴェラ 「フォスっ! 出てきちゃだめ、逃げて!」

フォス 「デュラン! こっちだ!」

僕 「ダメだ。助けないと!」

彼女 「彼女たちはもうだめだよ。ここで隠れていよ。ね?」

僕 「怖いけど……いかないと!」

彼女 「やられちゃうよ!」

僕 「ごめん、いくよ! ……ヴェラ! フォス!」

ヴェラ 「クレーン! フォスが囮になって、騎士と向こうにいっちゃったの! 早く助けないと!」

僕 「ロンは?」

ヴェラ 「たぶん、そこの部屋に逃げたんだと思う」

僕 「ロン……いるか!?」

ロン 「うん、ここだよぉ」


ナレ 「か弱い返事。彼の恐怖は限界を迎えて、目をつむりながら縮こまっている。彼はたまたまこの部屋に逃げ込んだが、それは間違いだった。部屋に置かれているその恐ろしいオブジェクトの数々。僕も、ヴェラもそれを見て、体が固まる。四方の壁には棚があり、棚には首のない黒い人形がずらりと飾られている。だがその中央の一体だけには首がついていて、まるで着せ替え人形のようにきれいで、白い服が着せられている。……この部屋は、デュラン公の黒魔術の研究室だったのだ」

ヴェラ 「……黒人形だ」

僕 「黒人形?」

ヴェラ 「黒魔術に使われる呪物の一つだよ。本当にあったんだ」

僕 「デュ、デュラン公は本当にいたんだ。……そりゃあるよ! だから、彼女は宝石も本当にあるに違いないって言ってた」

ヴェラ 「……彼女って誰?」

僕 「え?」


ナレ 「ずっと握りしめていたはずの彼女の姿はない」


僕 「え……」

ロン 「もうやだよ! 早くここから出ようよ」

ヴェラ 「そ、そんな事よりもフォスを助けないと!」


ナレ 「僕らは、フォスがデュランを連れて逃げた方へと向かう。大きな物音がなっていた。デュラン公は、剣を振り回し、子供一人が隠れられそうな物物を、順に薙ぎ払ってゆく。奴は、フォスを探している」


僕 「で、デュラン! こっちだ!」


ナレ 「デュラン公は振り返る。首のない体だけをぐいっとこちらに向けて。そして剣をこちらに向けた。それは、お前の首を狩るぞという古くからの騎士の合図であった。僕らは、手に取れるものならばなんでも手に取り、一心不乱にそれらを投げつける。しかしデュラン公はそれら全てを剣で払落していく。そしてゆっくりとこちらに歩み寄る。デュラン公に追いつめられていた箪笥の中からフォスが顔を出し」


フォス 「おおおおっ!」


ナレ 「不意をついてデュラン公の剣をもつ左手にバットを振り当てた。剣は手から離れ、金切り音をたてながらも最後には床に突き刺さった。デュラン公は、フォスを掴もうとしたが、」


ロン 「うわあああああ」


ナレ 「ロンが投げたタライがデュランの手を弾いた」


フォス 「今だ、逃げるぞ!」


ナレ 「僕たちは走った。走って階段を駆け上がり、そして屋敷の出入口へと向かう。扉まであともう少し。その時」


僕 「あっ! 足が!」


ナレ 「腐った床が抜け、僕の足が挟まる」


僕 「助けて!」

フォス 「落ち着け! 落ち着いて引き抜け!」


ナレ 「その間にもデュラン公が階段を上がってきた。そして僕たちを見つけて、一直線に距離を詰めてくる。僕は、足を引き抜き、また走った。デュラン公は、剣を投げようと狙いを定めている。僕たちは、四人のうちの誰かが死んでしまうのではないかと覚悟した。その時だ。ガラガシャガシャンとデュラン公の鎧が大きな音をたてはじめた。いくつもの黒くて小さな手が、行かせまいと彼の体押さえてつけている」


フォス 「行くぞ!」


ナレ 「僕たちは泣いていた。恐怖で泣いているのではない。何故か、無念さと悲しさと寂しさで、感情が抑えきれなくなっていた。どこからか「生きたかった」「助けて」と無数の声が聞こえた気がしたのだ。命からがら屋敷を抜け出すことができた。僕は、ふと振り返る。開かれた屋敷の玄関に、首がある黒人形が一体だけ……恨めしそうに僕らを見送っていた」


ナレ 「僕たちは、無事に帰ってきた。それから、あそこで起きた事を話題にする事はなかった。数年の時日が経った後も、この話は僕らだけの秘密であり続けた。僕は、ひっそり、彼女の事を探し続けたけれども、村の誰もが、そして友人たちでさえ、彼女の事を知らなかった。……大人になってから、僕らは、未だに在り続けるデュラン公の屋敷の前に、こっそりと犠牲になった人たちの小さな石碑を建てた。それから更に年月が絶ち、僕は、母の葬儀の為に、また村へと戻る。一通りの事を終えた後、花を手向ける為に森へと入る。屋敷の姿はあの事件から全く変わっていない」


彼女 「もう一人にしないっていったのに」

ナレ 「……ごめんね。もう一人にしないよ」


ナレ 「物語に登場した少女の戸籍は元よりなく、住民たちからも彼女の存在を裏付ける証言は得られなかった。劇のモデルとされる子供たちにも話を伺ったが、彼らの体験話にも彼女は出てこない。この「首無し公のお屋敷」のお話が出版された後、作者のイガボット・クレーン氏は、母の葬儀に帰省すると家を出た後、消息を絶っている。彼の失踪は、この村に伝わる首無し騎士伝説の新たな一ページとして、語り継がれる事だろう」


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解説  首無し公のお屋敷はいかがだったでしょうか。この物語はリグトベル王国で語り継がれる怪談話、または童話でありますが、リグトベル王国史における重要な立ち位置を担っています。それでは、それについても含め、物語の解説を始めましょう。少し長いですが、きっと二週目、この物語を読むときにもっと楽しくなるに間違いありませんからどうぞ、お付き合いください。

 この物語は、パニックホラーアドベンチャーという側面を持ちながら、ミステリーという見方もできるようになっています。要となるのはやはり、首無し公の目的と、彼女の行方でしょう。物語の秘密を知る為にはこの物語の細かな所に目を向ける必要があります。

 例えば、僕が逃げ込んだ書斎には『人を蘇らせる方法』が書かれた黒魔術の書があります。この事から首無し公は、ヴェラが語る噂の通り、蘇りの黒魔術を追い求めていた事は間違いないでしょう。しかし、それにしては妙なところがあります。彼は生前より黒魔術に傾倒していました。生きていたのなら蘇りの術は必要ないでしょう。死後にも何故か蘇っており、儀式を続行しようと屋敷内を徘徊し続けています。
 次に黒人形の存在です。恐らくは、儀式によって犠牲になった人々の成れの果てなのでしょうが、最後にそれらとは別の個体がおり、それは主人公たちを恨めしそうに見送っていました。それこそ、彼女の正体であり、黒幕である事に間違いはありませんが、デュラン公と黒人形の関係は不明のままです。かわいそうな人形たちは無念のあまり、この場所にこの世に繋ぎとめられ続けていますが、デュランと黒人形は何故ここに居続けるのでしょう。

 さて、この首無し公のお屋敷は、リグトベル王国史の謎を読み解くにあたって重要な立ち位置を担っていると解説冒頭でお話ししました。この物語によって生まれた謎の答えはきっと別の物語にヒントが隠されています。謎の難易度は低めですからきっとこのリグトベル王国という巨大なクイズに挑むにあたり、この物語は入門編と言ったところでしょう。さぁ、楽しんでください。次から次へと謎が貴方をお待ちしております。


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