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「君、死にたまふことなかれ」

今から約三十年前。私が中学生のときに学校で健康診断があり、その際に採血があった。それよりも以前に採血の機会があったかもしれないが私は物心をついておらず記憶が無い。ともあれ、学校での健康診断で採血を行ったあと、私は気分が悪くなり、保健室で休ませてもらった。それが私のとっての採血との戦いの始まりである。
 
 その後、健康診断などで採血がある度に高確率で私は貧血を起こし、気分が悪くなるようになった。情けないことではあるが仕方がない。私はなりたくて気分が悪くなってなっているのではない。
   採血後に具合が悪くなるのは迷走神経反射だ、と二人の友人から指摘された。そのうちの一人は医療従事者なので間違いないだろう。迷走神経反射は緊張やストレスによって血圧、心拍数が減少し、貧血を起こし気分が悪くなる。最悪の場合は失神することもあるようだ。
 迷走するのは私の人生だけで充分だ。神経まで迷走しないでくれと切に願うが、神経が迷走しやすいから私自身の人生も迷走しがちなのかもしれない。いずれにせよ、このことにより私が絹ごし豆腐のような繊細なメンタルの持ち主であることが伺える。よって皆は私に優しく接してほしい。

 前述したように、これは私の身体がそのような反射を勝手に起こすのであり、それは私の意に反するものなので、私自身の身体と言えど、私に非は一切無いのである。
 そんなわけで私は採血をする際には事前に医者もしくは看護師に採血をすると高確率で貧血になることを伝え、採血の際はベッドに寝かせて採ってもらうことにした。そうすると不思議なことに予めベッドに寝ているという安心感からか貧血を起こさなかった。
 
 その後、何度かベッドに寝かせてもらって採血をした後に、私にある一つの推論が浮かんだ。それは「私は貧血を克服したのではないか?」というものである。人間は自ずと成長をするものである。私も私自身の自覚がないうちに成長をしており、採血後の貧血を克服しているのではないか? 
充分にありえる話である。
 
 試してみるか。
 そう思った私はあるときの健康診断で椅子に座ったまま、採血をしてもらうことにした。私が右腕を差し出し肘枕に腕を置く。看護師がゴムの駆血管で私の右上腕部を縛り、アルコールを含んだ脱脂綿で私の腕の穿刺部を拭き、私は親指を中にして、右手を軽く握る。
「ちょっとチクっとします」
看護師がそう言うと、私の腕の穿刺部に採血ホルダーの針が突き刺さる。大して痛くはない。そして看護師が真空採血管をゆっくりと引くと、ホルダーに私の赤黒い血がゆっくり充填されていく。それを確認した私は腕から顔を逸むける。最後まで見届けることが出来るほどの精神的余裕は私に無い。

 私の腕から私の貴重な血が流れていく間、私の脳内は「早く終わんねえかな、早く終わんねえかな」の一語に占拠されるか、「いーち、にー、さーん」と終わるまでの時間を計る。このときの一秒は非常に長く感じる。
採血が終わるまでにあまりに時間がかかっているように感じ、ちらっと自分の腕を見ると、ちょうどホルダーに血液が充填されて、看護師がホルダーを抜くのが見えた。
 「ようやく終わったか……」と安堵したのも束の間、新しい空のホルダーに交換されて、二本目の採血が始まるのを見たときには、それこそ眩暈がしそうだった。
 まだ半分か……。
絶望的な気分になるも、私はまな板の鯉に等しく何も抵抗する術がない。だがしかし、私は平静を保っている。気分は悪くなっていない。これは採血を克服したのでは? そうだ、きっとそうに違いない。
そうして、どうにかこうにか採血が終わり、私は次の検査に向かうべく椅子から立ち上がって場を後にしようとすると、数歩歩いたところで吐き気がしそうになってきた。
 ダメだったか……。
悔しいがやむを得ない。私は看護師に気分が悪くなったことを伝えると、ベッドに寝かせてもらい、回復するまで横になるしかなかった。
 迷走神経反射の克服は遠い。

その後も何度かベッドに寝た状態で採血をし、何度か無事に終わると、今度は椅子に座った状態で採血をしてもらう。しかし、案の定、気分が悪くなるというのを繰り返しており、先月の健康診断でも懲りずに椅子に座った状態で採血をしてもらったら、終了後に気分が悪くなった。
 学習しない男、それが私である。

 こんなに採血に弱い私であるが、意外なことに注射はほぼ平気である。ほぼ、と言うのは数年前のコロナのワクチン接種の初回のときに、接種後に気分が悪くなった。それと言うのもワクチンを接種した人が、接種後に具合が悪くなり、死亡したというニュースを事前に見聞きしていたからだった。
 そのニュースを知った私は「私のように繊細微妙な人間も、もしかしたら接種後に死ぬかもしれない」という考えがあったために、それがストレスとなり、プレッシャーとなったために接種後に気分が悪くなったのだと思う。
 ちなみに二回目の接種後は何ともなかった。

 このように私と採血は非常に相性が悪い。もし私が献血をしようものなら貧血どころでは済まず、死に至るかもしれない。確率は万が一にもないかもしれないが、私が採血をしている最中に気分が悪くなることが容易に想像できるため、私は献血をしたことがない。
 だが、私の弟はこれまでに何度も献血をしているようだ。本当に私の弟だろうか。

 また、採血及び注射以外でも具合が悪くなったことがある。コンタクトレンズである。

 20代半ば頃だったか。色気付いた私は、中学生の頃からかけているメガネに代えて、コンタクトレンズにすることを思い立った。
そんな私はある日、地元の有名な眼科へ行き、コンタクトレンズを付けたい旨を伝えた。そしてコンタクトレンズを着けるための一通りの検査が行われ、いよいよ目にコンタクトレンズを装着し、自分の視力に合ったレンズにするため視力検査をすることになった。

 コンタクトレンズを装着した経験がある方なら分かるだろうが、初めてコンタクトレンズを目に入れるときにはなかなか上手くいかない。何度も指先からレンズを落としては、レンズの裏表が分からなくなり、いじっているうちにレンズが汚れるので、洗浄液で洗ったり、使い捨てタイプならば他のレンズに交換したりするような羽目になる。

 不器用さに自信のある私はもちろんなかなか目に入れることが出来ない。しかし悪戦苦闘しながらも、どうにかこうにか両目にレンズを入れることが出来た。
 よっしゃ、今日から俺もコンタクトデビューだ!

 そして医院内の視力検査の場所へ行き、椅子に座ると、私の二メートルほど隣の椅子には、地元の中学校のジャージを着た女子がおり、視力検査をしている。どうやらその子も初めてコンタクトレンズを付け、そのレンズの調整のための検査のようだ。
 俺より十歳は若いだろうに、やるな。
私は勝手にその子に対抗心を燃やしながら視力検査をしていると、だんだんと気分が悪くなり、吐きそうになった。鏡を見ていなくても、自分の顔から血の気が引くのが分かり、手足の指先が冷たくなってくる。
 
これ、採血のときと同じじゃん……。
そう思いながら検査をしている女性に気分が悪くなった旨を伝えると、検査室の隅にある長椅子に寝かせてもらった。すると、直ぐに眼科医が駆けつけて、私の脈を見てくれた。
 目の中に異物を入れる、という行為が私に過度なストレスとなり、迷走神経反射を引き起こしたのは間違いはなかった。
 眼科医は椅子にぐったりと横たわる私に「たまに、こういう人はいますよ」とフォローをしてくれたが、私は女子中学生に負けたような気分になり、悲しくなった。

 こうした困難を乗り越え私はコンタクトレンズを装着するようになったが、一年の大半はメガネをかけている。あの苦労は何だったのか。一応、今でもワンデイタイプの使い捨てコンタクトレンズ(使用期限内)を所持しており、コンタクトレンズを装着するときは休日に気が向いた時であるのだが、なかなか気が向かない。
 念のために言っておくが、付けたら貧血を起こすかもしれない、という恐怖心があるわけではない、と強く断言しておく。


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