艶な顔をして

「まあ、そんな艶な顔をしなくても良いじゃないか」

「いやよ」

「こっちは君のその艶な顔を見るとひやっとのするのだ」

「ひやっとすればいいわ」

「ひやひやして、冷めちまって、君を妬んじまう」

「妬めばいいじゃないのよ」

「君は、僕が君を妬んじまって、憤慨したらどうするつもりかね」

「知らないわ」

「またそう適当にあしらって、薄情なやつめ」

「薄情なのはあなただわ、情が、薄いのはあなただわ」

「もういい、兎に角、艶な顔をしてくれるなよ」

「あら、面を外せってこと?」

「そういうことじゃあない」

「いやだわ」

「まあしかし、なんと、美しい山だ」

「今日は此処ね」

「よしきた、舞え、舞え」

「おお寒い寒い、あなた寒いわ」

「そう言いさんな、ほいちょっと小太鼓」

「あ、艶美に、袖がひらりひら、良い気持ち」

「風の音、空を切り、森を奔って、土に染みる笛の音じゃ、」

「狐狸が、あなた、狐狸が袖にね」

「おお、杉の木立が揺れとるぞ」

「知らないわ」

薄ら寒い夜の帳の、山の裾野に、妙な旅芸人がふたり。

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