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「今、求められているリーダーシップは何か」という問いで考えるより、「今、みんながしたいけどできないことは何か」という問いで考えたほうが、理想のリーダーに近づける。

しゅんしゅしゅんです。

リーダーシップは混乱の時代をむかえている、らしい。

googleで"リーダーシップ"で検索すると、2,250万件の結果が表示される。"マネジメント"で検索すると、1億6,100万件の結果が表示されるので、マネジメントよりましとはいえ、調べても調べても答えにたどり着きそうにない。

冒頭で紹介した本は、世界最高峰のマネジメント誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」に掲載された"リーダーシップ"に関する論文や記事を集めたものだが、この本の編集にあたり寄稿された解説文の中では、確かに横文字が躍りに躍る。

「サーバント・リーダーシップ」
「フォロワーシップ」
「シチュエーショナル・リーダーシップ」
「ホラクルシー」
「ティール組織」

知っているような知っていないようなコトバたちだ。

そこに輪をかけて登場するのが本書のタイトルでもある「オーセンティック・リーダーシップ」

リーダーシップ論を歴史で語ると、これまでは、リーダーの行動パターンやそれが与える影響力、メンバーとの関係構築に注目が集まっていた。要するに、リーダーの言動に関する「WHAT」(何を?)や「HOW」(どのように?)が中心で、リーダーから外側に向けた矢印が主だった。

そこに登場してきたのが「オーセンティック・リーダーシップ」。リーダーに関するWHATやHOWよりも、「WHY」(なぜ?)を問う。他者ではなく自分自身に矢印を向け、自分のあり方を考える。

端的に言うと「自分らしさを貫く」ことを最も大切にしているリーダーシップ論だ。自分らしさを軸に、自らの目標に情熱的に取り組み、自らの価値観をぶれることなく実践していくことである。

とのことだが、なるほど小難しい。

まあでも心配することなかれ。字面は新しいが、内容はそうでもない。

最近のリーダー論と言えば「強いリーダより弱みをさらけ出せるリーダー」って見聞きしませんか?

「リーダーは決して万能である必要はない。万能なリーダーを演じることに押し潰されなくてもいい。弱さをさらけ出すことが信頼関係の第一歩。愛され助けられながら、行きたい世界を掲げ続ける人物がリーダーだ」ってな感じのリーダー論。

オーセンティック・リーダーシップといっても、本質はこの論とおんなじ。オーセンティックというピカピカの真新しい鎧をまとおうが、中身はそうそう変わらない。

ところで、僕は”リーダーシップ”という言葉がどうも好きじゃあない。

言葉の定義が広いというか、非化学的というか、実にうさんくさい。ビジネスの世界においては、”コミュニケーション能力”と同じくらい”リーダーシップ”というコトバは安く使われている。コミュニケーション、リーダーシップにイノベーションくらいが「日本三大安売り横文字」かもしれない。

そんなことを考えながら、この本の冒頭の寄稿記事を読んでいたのだが、ここ最近の大きな潮流はやはりトップ型リーダーシップという、いわゆる強いパワーで先導していくリーダーシップから、サーバント型リーダーシップという、メンバーの主体性を尊重し支援していくリーダシップだという。

その潮流の中、自分らしさを大切にするオーセンティック・リーダーシップが声高に叫ばれ始めているという。

ここでふと思うことがある。

このリーダーシップの変遷って、その時代において模範とされてきた生き方と同じでないだろうか?

その時代において求められるリーダーシップとは、つまるところその時代における「憧れの生き方の実践」ではないだろうか。

その時代において人がついてくるリーダーとは、つまるところその時代における「憧れの生き方を実践している人」ではないだろうか。

どんな時代においても、その時代ならではの事由で、人は何かが満ち足りないと思い、何かを不安に思う。満ち足りない何かを埋めてくれる、不安を解消してくれる人に、人は憧れふらふらとついていく。

オーセンティック・リーダーシップを自分らしさを大切にすることだと乱暴に定義すると、このリーダーシップは、SNSにより発達した相互監視の息苦しさや、承認を求めた自らの過剰装飾の疲労が、求めたことかもしれない。

監視、規範、常識、欺瞞…こんなコトバをうちやぶる人に、現代人は憧れる。自分にできないことをできる人、本当はそうありたい人に、人はついていくのだと思う。

「今、時代に必要なリーダーシップはなにか?」の問いは小難しいが、「今、みんながしたいけどできないことはなにか?」の問いならずいぶんと身近になる。

そうなると、今は自分らしさを貫いている人がリーダーかもしれないけど、さらに時代が進んで、世界が豊かになりお金によって人生が制限されなくなり、選択できないほど選択肢がある自由な世界になると、手っ取り早く”決めてくれる”強いリーダーがまた求められ始めるかもしれない。

なんたって、リーダーシップは時代の要請なのだから。

ぼやけていたリーダーシップの世界だけど、こうやって問いを変えると、少しだけ、霧が晴れる気がする。

では。

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