東京に出てきて初めての夏を過ごしている。だらだらと過ごすわけにはいかない。自分を磨くため新宿でネタを書き、空いた時間で本を読み、映画を鑑賞することで、将来センス系芸人として一目置かれるのだ。

お気に入りのTシャツに袖を通し、それに合うズボンと靴を手際よく選んだ私は家を飛び出る。最寄り駅までのおよそ15分をこの夏にぴったりなサマーチューンを耳のお供に足早に闊歩する。実にチョベリグな夏である。

右手に持った財布に入れたSuicaで改札を勢いよく通過し、中央線のホームへ向かうエスカレーターに飛び乗ったまさにその時、私は感知する。

体中から滝のように流れる汗を、どうにも看過できない不快感を。

その時には、私の気分を高揚させたTシャツ達は肌に纏わりつく不愉快な布に成り下がり、イヤホンから流れるサマーチューンは触覚が感じている夏を聴覚からも押し付けてくる不愉快の権化へと変わり果てていた。実にチョベリバな夏である。

新宿に着き、カフェでアイスコーヒーを頼んだ私は常備している汗拭きシートで顔を拭きながら、ふと思う。



「センス系芸人に汗かきはいないのでないか?」


私が昔から憧れてきたセンス系芸人にはどうやら汗かきはいない。
彼らはエアコンにあたる生活で汗腺が閉じ切っている。またインドア故、肌は白く、細身で猫背。それがセンス系芸人の条件なのだ(藤原調べ)。

そしてセンス系芸人は混沌とした場を一言で落とし、その不健康な体とは不相応な大喜利筋で周りをなぎ倒し人々の耳目を集めるのだ(かっこいいなあ)
学生時代からセンス系芸人の持つ魅力に取りつかれた私は、側だけ真似た結果、現在ただの肉付きのよい27歳猫背になってしまった。雰囲気を演出出来ると思った猫背も、能力が並ならただ印象が悪く見えるだけのようだ。
そして学生時代から薄々勘付いていたが、軽くこの世界に足を踏み入れただけでも実感する。

どうやらセンス系芸人界というものは自分が住む世界ではないらしい。皆が上げたハードルを見事に毎回超えていく私の憧れ達は見るものであってなるものではないらしい。
溢れ出る涙を拭いながら、私は脱センス系憧れ芸人へ向け面舵いっぱいである。

そのためにはまず可愛げだ!と思っているのだが、長年センス系に憧れていた臭みが凄いのか、どうやら一筋縄ではいかなそうである。
とかく、印象の向上だと思い、チョコザップへ通い始めた。目指すは猫背解消である。月2980円で絶対に可愛げを手に入れるのだ。
そう決めた東京に来て初めての夏。
 
 
 

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