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贅沢は敵だ

「「贅沢がしたい」」
ステイホームのストレスで、こんなにも漠然とした、あまりにも人間らし過ぎる欲望が剥き出しになる。
あのゲームが欲しい!や、このアイドルと会いたい!ではない。
漠然と「贅沢がしたい」のだ。

こうなると、僕の中の「贅沢」とは何かを考えなければならない。「贅沢」するのも一苦労とは知らなんだ。
大変だが、何とか土日の間に一度は「贅沢」をしておきたい。


辞書を引いてみると「贅沢」とは
ーー必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。
とのこと。

そこで、今まで「勿体ない」という理由だけで諦めていたことを思い起こしてみる。
しばらくすると、1つの答えが出た。



それは



「ポン・デ・リングを一口で平らげてしまう」



だ。




本当に申し訳ない。なんと「勿体ない」ことだろう。
リングから粒をもぎっては、モチモチ食感を楽しめる、ミスタードーナツの看板商品ポン・デ・リング。
それを一口で平らげてしまおうというのだ。
まさしく「勿体ない」という理由だけでしてこなかった「贅沢」だ。
1粒でも美味しいあのモチモチを、8粒一気に食べたら。考えただけでヨダレが止まらない。


さっそく近所のミスタードーナツへ足を運ぶ。

目の前の客が、ポン・デ・リングを一口で平らげようとしているとは夢にも思っていない女性店員に注文する。
これから訪れる非日常に、少し緊張してくる。強盗ってこんな心境なのかもしれない。

「ポン・デ・リングひとつください」
この緊張感と背徳感も絶妙なスパイスになるはずだ。
まんまとポン・デ・リングを手渡す女性店員。目の前でいきなり一口で平らげたらどんな顔をするのだろう。
まあ、マスク警察も本物の警察も呼び寄せてしまう事案になるので控えておく。


帰路を急ぐ。楽しみすぎて久々に全速力で走ってしまった。
肩で息をしながらドアを開け、テーブルへ直行し、ポン・デ・リングを袋から引っ張り出す。
何度見ても、美味しそうという感想しか出てこない。
ひとしきり目で楽しんだ頃には、呼吸も整っていた。


いざ…!
大きく口を開けて放り込むも、全く入り切らない。押し込み押し込み、ようやく口に収まる。

モチャモチャと咀嚼する。なんとも幸福。
1粒であんなにも幸福になれるのだから当然といえば当然だ。
これが「贅沢」か。楽しい咀嚼はまだまだ終わらない。


モチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャモチャ



……
………
ポン・デ・リングって食べても無くならない商品だったっけ?
何度咀嚼しても一向に減らない。幸福とはいえ、流石にそろそろ苦しい。
危機感が芽生えてくる。このままだと、ポン・デ・リングで溺れてしまう。

口を開けないため、必死に鼻で呼吸する。
この窮地に似つかわしくない甘ったるい空気が鼻孔を行き来する。
「贅沢は敵だ」という言葉は知っていたが、こんな直接的に殺しにかかってくる敵だとは思わなかった。
翌朝の『20代男性 ポン・デ・リングで窒息死か?』の見出しだけは、絶対に避けなければならない。

近くにあった、数日前からずっとテーブルに居座っているペットボトルの水を一気に飲む。
こんな水でも命を救ってくれると思うと、輝いて見えるものだ。
口の中のポン・デ・リングはみるみる減っていき、口呼吸できるありがたみを噛みしめることができた。


次に「贅沢」をするときはもっと計画を練り、覚悟を持ってからにしようと思う。あと命の危険が絶対にないやつ。

あんなにワクワクしてた心はすっかり冷めきり、心にはポッカリと大きな穴が空いていた。

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