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BtoB SaaSにおける値引きが与える影響をファイナンス視点で考察してみた

どうも、最近noteしか書いていないすとうです。(X⇒gomashiojr
Jリーグが開幕しましたね。私が所属するAsobicaは本年度、鹿島アントラーズ様とクラブパートナー契約を締結いたしました。

やっぱりスポーツっていいですよね。応援できるチームがあると、週末を迎えることが楽しみになるし、試合結果で一喜一憂できることも感情を爆発させるいい機会です。熱狂できるイベントをどんどん増やしていくことが、人生を最大限楽しむための秘訣だなぁと改めて感じる今日この頃です。
そんな私は、DAZN、SPOTV NOW、u-next、ABEMAすべての有料会員でJリーグから海外サッカーまで万全の観戦環境をそろえております。最近は老いのせいか、夜遅くまで起きてられないため、十分な効能を享受できていないことが悩みです。

さて、本日の目次はこちらです。


はじめに

最近、SaaS界隈のCFOや経営企画、コーポレートサイドの方とお話しする機会がよくある中で、「値引き」をどのように運用しているかが話題になりました。
大幅な値引き、Nヶ月無料(無料トライアル含む)について、セールス目線で書かれた記事は多いと思いますが、経営管理、ファイナンス目線でも思うところがあり、改めて自分の考えを言語化してみました。
今回はスライドなしの文字のパワープレーとなります。よろしければご一読ください。

前提

大幅な値引き、Nヶ月無料(無料トライアル)という施策が効果があるかどうかは、結局各社のビジネスモデルに依存すると思います。
その中で今回は、弊社のようなケースに限定して、ファイナンス視点を中心に、自分なりの考察を記載したいと思います。
そのため、以下のビジネスモデルを前提とします。

①効果がでるまで一定の期間を要するソリューション型のプロダクトサービス
(例:コミュニティ施策、経営管理施策、社内エンゲージメント施策等)
②提供価値が明確であり、PMFを達成しているプロダクトサービス
(新規プロダクトサービスはPoC目的で無償提供するケースは頻繁にあるので、そのケースは今回除外。)

ちなみに、個人的には、toC向けSaaSやサブスクサービス、toBであってもすぐに効果がでるSaaS(チャットツールとか)は、無料トライアルとかは効果があると思っています。自分も最初のNヶ月無料でDAZNとか加入して、今は沼ってますし。

本編

結論

まず結論ですが、上記前提に立つとき、「大幅な値引き、Nヶ月無料(無料トライアル)という施策」はファイナンス観点でデメリットの方が大きいので、やめた方がよいです。
そもそも大前提として、「プロダクトサービスの提供価値=顧客から得られる対価」がすべてのビジネスモデルにおいて成り立ちます。そのため、単純に値引きや無償提供を行うことは、プロダクトサービスの提供価値がないと言っているものと同義ということになります。「提供価値が明確であり、PMFを達成しているプロダクトサービス」であれば、なおさらです。
そのうえで値引きや無償提供を行うことは、結果としてLTVが大きくなるメリットがあるという前提となりますが、「効果がでるまで一定の期間を要するソリューション型のプロダクトサービス」においては、それらのメリットの享受が十分にできす、デメリットの方が大きいと考えます。
「効果がでるまで一定の期間を要するソリューション型のプロダクトサービス」の特徴として、プロダクトサービスの提供価値を顧客が実感する、いわゆるカスタマーサクセスを達成するまで時間を要しますし、サクセスの難易度が比較的高いです。
そのため、カスタマーサクセスが達成できず、値引きや無償提供終了後に解約という形になると、投資した金額もBPO系SaaSよりも大きいため、利益率観点でダメージが大きいです。加えて、成功事例もつくれず、マーケティング施策にも活かせないので、さらに、ダメージが大きくなります。

具体的に、各種SaaSメトリクスにどのような影響があるのかを中心に、7つの観点で、以下記載していきます。

その1:顧客単価の観点

SaaSにおける顧客単価は「顧客単価=MRR総額/契約社数」で算出されます。値引きや無償提供を行うと、MRR総額は通常よりも減少し、契約社数は増えるので、顧客単価は下がります。
(まぁ、そりゃそうですね。)

その2:LTVの観点

SaaSにおけるLTVは「LTV=顧客当たりの粗利益×見込み契約期間」で算出されます。
(顧客当たりの粗利益は、顧客単価×粗利率で算出。)
値引きや無償提供を行うと、顧客単価が下がる=顧客当たりの粗利益も下がるので、当然LTVも下がります。

その3:LTV/CACのユニットエコノミクスの観点

SaaSにおけるユニットエコノミクスは「ユニットエコノミクス=LTV/CAC」で算出されます。顧客獲得の効率性を表す指標で、3以上が望ましいとされています。
(※:CACは1顧客あたり獲得するために発生したセールスおよびマーケティングコスト)
値引きや無償提供を行うと、LTVが下がるので、ユニットエコノミクスの数値が下がります。つまり、顧客獲得の効率性が下がるということにつながります。

その4:市場規模の観点

市場規模(いわゆるTAM)は、ざっくり「LTV×理論的に価値提供ができる業界の社数」で算出されます。
値引きや無償提供を行うと、LTVが下がるので、市場規模も縮小する見え方となります。市場規模が小さいと受け止められると、業界全体としてネガティブにみられる可能性があります。(この業界は将来性ないじゃない、という見方。ファイナンス観点でこの受けとめられ方をするとかなりツラい。)

その5:PLの売上、利益の観点

次に、PLに目を向けてみましょう。値引きや無償提供を行うと、PL上の売上は当然下がります。(SaaSの重要メトリクスであるMRRも下がります。)
一方で、案件を獲得すると、サーバー等の変動費は追加で発生しますし、CSの人件費は固定費なので、いずれにせよ発生します。そのため、値引きや無償提供を行った分だけ利益率は悪化します。
また、PLには現れませんが、他の値引きや無償提供を行なわなかった案件をしっかり獲得できていれば、その分にCSリソースを充当することができたため、機会原価も発生しています。
結局、値引きや無償提供を行うとPL観点で、売上、利益の面でネガティブな影響が発生します。
(なんかここは当たり前っちゃ当たり前のこと言ってますね。)

その6:キャッシュの観点

次にキャッシュの観点にも目を向けてみましょう。値引きや無償提供を行うと、こちらも当然ですが、会社に流入すべきキャッシュも減ります。
そうすると、ファイナンス的にはバーンマルチプルが悪化し、ランウェイも短くなります。つまり、投資資金効率が悪くなり、資金ショートまでの期限が短くなるという、致命的なネガティブインパクトがあります。
ランウェイという言葉を聞くと、企業のファイナンス責任者は胃が痛くなりがちなので、このあたりの影響は回避すべきです、切実に。

その7:財務会計、管理会計の整合性の観点

次に経営管理の観点です。
財務会計上、値引きや無償提供を行う場合、ケースによってはちょっとテクニカルな売上計上が発生します。(按分の観点とか。)
そして、そのような計上処理を行うと、案件管理システム(salesforceとかhub spotとか)に計上されている売上数値(ヨミ数値含む。)と乖離が生じます。
すなわち、値引きや無償提供を行うと、財務会計と管理会計の数値の乖離の原因となり、両者の整合性を保つための管理コストが発生します。
そして、このようなケースで両者の整合性を保つための集計作業は、一人の担当者のスプシの職人技に依存することになり、属人化しがちです。
結局、ここで管理コストをいたずらに増加させてしまうと、精緻な数字に基づく経営意思決定ができなくなってしまうデメリットがあります。

番外編:組織への影響-部門セクショナリズム発生の原因

こちらは番外編ですが、値引きや無償提供を行っている際に発生する組織への影響にも言及できればと思います。
結論:セールスが優遇、CSが軽視されて、セクショナリズム発生しがち。
これはセールスのKPIは新規のMRR獲得が設定されているため、値引きだろうがなんだろうが、新規のMRRを少しでも詰めるのであれば、強引にとってくるインセンティブが少なからず発生します。
一方で、CSのKPIは「解約させないこと」を設定されているケースが多いと思います。セールスが大幅に値引きしたり、無償提供を付帯した案件に対して、通常通りの役務提供を行い、万が一解約した場合、その責をCSが負わされる、という構図になっているケースが散見されます。
このあたり、もし大幅な値引きや無償提供を行うのであれば、全社横串のKPI設定や、部門評価基準がしっかり行う必要があります。しかしながら、そのあたりの仕組みをおざなりにして、個人プレーを重視するセールス優遇、CS軽視のカルチャーを推進し、強いセクショナリズムが発生していたケースを過去に見てきました。
そうなってしまうと、CSの雰囲気が悪くなって、顧客への役務提供が機能しなくなるので、企業として致命的なんですよね。
全社最適な動きを改めて心がける必要があります。

さいごに

つらつら書いてきましたが、まとめに入れればと思います。
改めてですが、今回の考察の前提は、以下のケースとなります。

①効果がでるまで一定の期間を要するソリューション型のプロダクトサービス
(例:コミュニティ施策、経営管理施策、社内エンゲージメント施策等)
②提供価値が明確であり、PMFを達成しているプロダクトサービス
(新規プロダクトサービスはPoC目的で無償提供するケースは頻繁にあるので、そのケースは今回除外。)

結論:上記前提に立つとき、「大幅な値引き、Nヶ月無料(無料トライアル)という施策」はファイナンス観点でデメリットの方が大きいので、やめるべき。

上記の前提においては、値引きや無償提供を行うことは、BPO系SaaSとは異なり、LTVが大きくなるメリットを享受しにくく、以下に記載するデメリットが大きいと考えられるため。

①各種メトリクスの根幹である売上(MRR)が下がるので、各種メトリクスが軒並み悪化する。
②自分たちが勝負している業界の市場規模が本来より小さくみえてしまう。
③財務会計、管理会計の整合性を保つための経営管理コストが発生、正確な経営意思決定を阻害する要因に。
④個人プレーを重視するセールス優遇、CS軽視のカルチャーが醸成され、セクショナリズムの原因に。

なんだかんだ、今回も相応の文字数となってしまいました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
そろそろnoteのネタ切れになりつつありますが、不定期でまた記載していきます。
ほんならまた。

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