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【小説】『16才』④

 「あのころ…
  木曜深夜の"オールナイトニッポン"と
  金曜八時の"ワールドプロレスリング"だけが
  救いだった……」

ーーーーー

 金曜日。プロレスが始まるまでカックラキンを見ていたら、電話が鳴る。イハラ先生だ。コバからの電話のあと、サトウや女子のフジムラからも電話があったが、いよいよそれを操っていた、ご本人登場か。

「お前、生徒会の役員だったな…途中で投げ出すつもりか」

 痛い所を突いてきた。

 今思い出すと、あまりに調子に乗り過ぎていて、さすがに小っ恥かしいのだが、二年生になったばかりの春はお調子者の目立ちたがり屋が全開で、周りに乗せられ生徒会の役員に立候補してしまったのだ。おまけにその後、生徒会会長の不祥事により、会長代行のようになっていた。
 それでも文化祭の準備、野球部の創設など、いちおう生徒会の仕事もしていたが、放課後になると生徒会室に入りびたっていたのは、それが楽しかったからではなく、部活をサボれることと、女子を含む生徒会の友達とバカ話して大笑いしていた時間が、何よりも楽しかっただけだ。特に責任感などないが、先生はそこを突いてきた。
 どこからか『パワー・ホール』が鳴り響き、オレのココロの中の“長州力”に火が付く…なにコラ、イノキ!

「…来週からは、学校に行きますよ」 

 思わずそう答えてしまった。

 電話を切ってから気付いた。先生は反発することを読んで、生徒会など持ち出した。やはり性格を見抜かれ、まんまと手の内に乗せられていたのだ。まあいい…家にいるのも飽きた頃だ、学校に行くのも悪くない。この休みをどんなギャグにして、クラスのみんなを笑わせるか…そう考えていたら、ドアがノックされる。おじさん…?

「あっ…」

 ドアを開けるとそこには、父が立っていた。

 父とは月に一度、小遣い目当てで会っていたので感慨はない。正月に会ったばかりだ。アパートまで来ることは最近はなかったが、離婚したばかりの頃はたまに訪れ、「帰って来い、戻って来い」と繰り返し、母を悩ませていた。

「ユキは?」

「夜も仕事してる」

何度も言うが、これっぽっちも信じちゃいない…。

「オレの所に帰って来いって言っておけ…近所の目なんか気にしなくていいんだから」

 まだ会うたびに同じことを繰り返し言っている…いったい、あれから何年経つのだ。おじさんの事を黙っているのは、母に口止めされていたワケではない、子供心に言ってはいけない気がしていたからだ…そのイタイケな気持ちがわからないのか。

「う、うん…言っておく」

 父とは一緒に暮らしてないことで、直接ぶつかりあうことなく反抗期を通り過ぎてしまった。親父と呼ぶほど近しくはなく、お父さんと呼ぶほど子供でもない。目の前に立つこのヒトを、ただ哀しく思った。あまりにも哀しくて、木曜オールナイトの“中年エレジーコーナー”にこのネタを書いてハガキを送りたいくらいだ。

 父が帰ると、なぜか小一の頃の出来事を思い出した。

 風呂に入る前、服を脱ぎながら兄とふざけていたら「早く入りな」と母が怒る。今度は父が「何で子供を怒るんだ」と母に怒る。何やら言い合いになり、母は「お前が悪いんだ」と怒ったあと、トイレの前で立ちすくみ、震えながら泣くばかりになった。何度か様子を見に行き、抱きしめながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝ったが、ただ泣きながら「お父さんが怖いよ、怖いよ」と繰り返すだけだった…母が、壊れた。

 もしかしたら、母は少し病んでいたのかも知れない。それから一週間ほどパートを休み、家で寝ていた。その後あれほど壊れることはなかったが、突然オレと兄を連れて家を出て行ったことは何度かあった。父のせいでイヤな事ばかり思い出してしまった。

フロントガラスに はじけた雨に
過ぎた想い出 写し出して
流れる街に 指をひたして
もれる光に ゆれてく

強い母が 始めてないて
ひ弱な父が 静かに笑う
流れる雲が ホホをたたいて
一夜の酒に ゆれてく

ロンリーナイト またひとつの影が
過ぎゆく街の舗道に ふるえてねむる
ロンリーナイト またひとつの傷が
過ぎゆく街の舗道に にじんで消える
雨のように
(ビートたけし『過ぎゆく街』より)

気分が晴れない…こんな時にはオールナイトのテープを聴こう。

『16才』④ END

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