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【小説】『16才』⑥

 「あのころ…
  木曜深夜の"オールナイトニッポン"と
  金曜八時の"ワールドプロレスリング"だけが
  救いだった……」

ーーーーー

「学校辞めてどうするんだ」

 昼間のイハラ先生の言葉が甦る。

 どうせなら自分が好きなことをやってみたい。

 オレが好きなこと…小さい頃からお笑い番組が好きだった。小学生の頃はドリフに夢中で、中学生になるとお笑いスター誕生やひょうきん族に夢中になった。人を笑わせたり喜ばせるのが好きだった。小5の時のお楽しみ会では、ドイガキ君と一緒にコントをやったこともある。単なるダジャレの稚拙なギャグだったが、それなりにウケた。何よりもシムラやカトちゃんのマネではなく、自分たちで創ったコントで笑わせたことに自信が持てた。

 オレがやりたいことはひとつしかない…家を出て、お笑い芸人になろう。

 お笑い芸人になれば、父や母やおじさんなどの家のことや、あまり思い出したくないマヌケな失敗談…先生や友達にも言えない恥ずかしいことも、ギャグにして話せるし、笑わせることだって出来る。むしろ、そんな“恥”こそが、武器にすらなるのだ。お笑い芸人になろう…大ファンである"殿"の弟子になって、"殿"のようなお笑い芸人になりたい。

 "殿"のトークによれば、最近は放送局でラジオ終わりを待ち伏せして弟子入りを志願する人が多いらしい。おそらくその方法では、競争率も高いだろうし、人と同じことをしていてもダメだろう。自宅に直接行って直訴してみるか。殿"は今、所属している事務所が以前あったマンションの部屋に住んでいると話していた。“事務所”の住所は、どこかで見た記憶があった。中三の時に買った、2冊目のラジオ本だったか。あった…巻末の当時の関係者の履歴書、同じ事務所のツルタローのページに、“事務所”の住所がマンション名と部屋番号まで書いてあった。東京都新宿区四谷三丁目…。"殿"は、ここに住んでいる。

 翌日。学校には行かず、午後になると東海道線に乗り、都内に向かう。思いついたら行動してしまうヤバい性格は、母譲りの血か…と気付き、おもわず苦笑した。

 東京駅で丸の内線に乗り換え、四谷三丁目駅で降りる。地上に出ると、あまりの人の多さに別世界に来たような気がした。

「これが東京なんだ…」

 四谷三丁目の交差点から、新宿通りを四谷方面に向かう。しばらく行くと、“事務所”の看板が見えた。マンションは、この辺りにあるはずだ。ラジオ本で知った住所を頼りに周囲を探す。新宿通りを少し戻ると、道路沿いにそのマンションがあった…。


雨の四谷の まがり角
おれの女が 泣いてる
がんじがらめの まがり角
おれの頭が 狂ってく

酔って叫んだ 女の声
雨がはげしく たたいて
追った男の てれ笑い
がんじがらめの ロックンロール

雨の四谷の まがり角
おれの女が 泣いてる
ほれたはれたの まがり角
おれの頭が くさってく

愛にまぶした 女の恋
闇がやさしく いだいて
恋でつってた やさ男
ほれたはれたの ロックンロール

雨の四谷の まがり角
おれの女が 泣いてる
がんじがらめの まがり角
おれの頭が 狂ってく
(ビートたけし『四谷三丁目』より)

 ここまで来たら…もう、後戻り出来ない。


『16才』⑥ END

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