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【小説】『16才』③

 「あのころ…
  木曜深夜の"オールナイトニッポン"と
  金曜八時の"ワールドプロレスリング"だけが
  救いだった……」

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 木曜日の朝、目覚めるといつものように12チャンのドラマの再放送を見て、10時になるとチャリに乗り本屋に向かう。積んである荷物の中から、週プロを出してもらいお金を払う。木曜日は楽しい、深夜にはオールナイトもある。そうだ、カセットテープを切らしていた…ダイクマに向かうことにした。
 ダイクマで「BON」の60分カセットテープ10本セットを買う。60分テープは30分おきに取出し、録音ボタンを押さなければならない。そのまま眠ってしまうこともあり、最初だけしか録音できなかったことがしばしばあった。しかもあまり品質は良くない。音質は言うまでもなく、それどころか何度か聞いていると、テープがラジカセに巻きついてしまうことが何度もあった。それでも、毎週録音して保存するので、できるだけ安い方がいいのだ。

 木曜深夜のオールナイトを聴き始めたのは、中二から中三にかけての春からだ。いつものように深夜のオトナ番組を見たあと、布団にもぐりこみラジオをつけると、その声は聴こえてきた。「三国一」「ホラッチョ」…それまで聞いたことのない言葉の数々に爆笑し一発で夢中になってしまった。
 ラジオを聴く前からツービートの小さい方は好きだったが、決定的になったのは中三の大晦日だ。木曜日のその日もオールナイトがあり、朝5時までの放送だった。途中、"浅草ロックフェスティバル"の中継になり、あの唄を聴いた。初めて聴いたその唄からは、ツービートの小さい方の芸人としてではない、ひとりの人間としての素顔が垣間見えた気がした。

「夜につまずき 裏道でころがり」

 しゃがれた声で叫ぶように歌うその歌声は、イタイケな少年の心に深く突き刺さった。録音したそのテープは、決して比喩ではなく、「BON」のカセットテープが、本当に擦り切れるぐらい何べんも聞いていた。

 夜。いつものようにいつもの歌を聴き、いつものように週プロを読んでいたらドアがノックされた。ドアを開けると、“おじさん”が立っていた。
 小六の時、このアパートに来てから、夕食は母がおじさんの部屋で作りおじさんの子供たち…専門学校生と社会人のお姉さんふたりのみんなで食べていた。おじさんはもちろんのこと、ふたりのお姉さんたちも、オレをとても可愛がってくれた。年頃のお姉さんたちにエロい感情は湧かず、やはり家族の感覚だったように思う。い、いや…一度だけ、本当に一度だけ…干してある、おパンティのニオイを嗅いだことはあるが…。
 プロレスファンになったのは、タイガーマスクの登場やブームだったこともあるが、国際プロレスの中継すら見ていたほどのプロレスファンのこのおじさんの影響だ。

「お母さん、どうした?」

 中二の夏休みには、おじさんと母の三人でおじさんの故郷である九州に行ったこともあるし、中三のある日、アパートに帰って来たら裸で抱き合っていたおじさんと母に、いったい何があったのか…オレが知りたい。

「夜も仕事始めたらしいよ」

 もちろん、信じてはいないが…。

「ゴハン食べてるんだな」

 おじさんの言葉にコクリと頷く。

「なら、いい…何かあったらいつでも来いよ」

 おじさんが微笑む。秋に上のお姉さんが結婚し下のお姉さんも家を出て、おじさんは一人になっていた。ちょうどその頃から母が帰らなくなり、オレもおじさんの部屋には行かなくなった。もしかしたら、おじさんも淋しいのかも知れない。だがそんな様子を見せることもなく、おじさんはただ、やさしく微笑んでいた。

いつもの店と いつもの煙
いつもの相手と いつもの話
俺は人とは 違うのと
違う同志で 肩を組む

酒のツマミの人生論は
家路の明かりで さめてゆく

夜につまずき 裏道でころがり
子供の泣き声で 自分に気付く
生きてるだけの 人生ならば
何もこんなに 酒を飲みはしない
酒を 酒をこんなに 飲みはしない

はげしく生きぬく 根性もなく
孤独に死んでく 勇気もなしに
流れ流れて 流れ流れて
流れ流れて 今日まで生きてきた
流れ流れて 今日まで生きてきた
(ビートたけし『夜につまずき』より)

 いかにも九州男児らしいこのおじさんを、オレは好きだった…。

『16才』③ END

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