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【小説】『16才』⑦

 「あのころ…
  木曜深夜の"オールナイトニッポン"と
  金曜八時の"ワールドプロレスリング"だけが
  救いだった……

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 四谷三丁目。ようやく見つけた“殿”のマンションの前を何度か行き来して、それとなく中を窺う。どうやら受付もなく、管理人もいないマンションのようだ。何気ない顔で中に入り、エレベーターに乗り込む…堂々たる不法侵入だ。目的の階で降りて部屋を探し、ドアの前に立つ。表札には手書きで「ミウラ」と書かれていた。
 ミウラ…誰かのいたずらで、表札を最近TVや週刊誌を騒がせている“ロス疑惑”の人物の名にされた…と、ラジオで話していた。この部屋で間違いない。インターホンに手を伸ばす…ダメだ。手が震えている…落ち着け。「ふ~」と深呼吸すると、覚悟を決めてボタンを押す。

〈ピンポ~ン!〉

「で、弟子にして下さい!」

 頭の中で、"殿"が出てきた場合の行動を考える…土下座はするべきだろうか。だが、インターホンは無反応だ。もう一度、押してみる。

〈ピンポ~ン!〉

「はい…」

 インターホンから声が聞こえる…TVやラジオで聞き慣れた"殿"の声ではない。

「タ、タカシさんは、いらっしゃいますでしょうか」

 ドアが開くと、TVでは見たことがない人が出て来る。

「キミは…誰かな?」

 そういえば最近、ラジオで新しいボーヤ(付き人)の話をよくしている。このヒトが、その“ネアンデルタール・イシカワ”さんか。

「タカシさんの弟子になりたいんです」

「師匠は今、海外ロケ…日本にいないよ」

「…」

「キミ、いくつなの?」

「16です」

「高校一年生?」

「二年です」

「絶対ダメだと思うよ…高校出てから来た方がいい」

「…」

「どこから来たの?」

「神奈川です…お城がある街」

「あ、そうなんだ…オレ横浜。シンゴちゃんの実家の近く?」

「まあまあ近いです…八百屋さんですよね」

 シンゴちゃんとは、素人お笑い番組からTVに出てきた地元出身のタレントさんだ。最近はドラマにも出て、役者の仕事もしている。川を一つ隔てた隣の中学出身だった。小学校を転校したばかりの頃か、中学の頃だったか…友だちに自転車で案内されたことがある。

「シンゴちゃんとは、劇団で一緒だったんだ」

 イシカワさんは弟子入りする前は役者さんで、ミホジュンと共演した経験もあり親しく話していたというラジオのトークを思い出した。

「茶、飲みに行こうか」

「はあ」

「待っていても、今日は師匠帰って来ないよ」

「…」

 立ち尽くしていると、イシカワさんが部屋から出て来て、廊下をそそくさと歩き出した。仕方なくついていく。

 マンションを出ると、イシカワさんはマウスピースを取出し、口にくわえ〈ピーピー〉と吹き始めた。そのまま新宿通りを歩く。イシカワさんがトランペットの練習をしている…という話を思い出す。

(これが…プロの芸人なんだ)

 TVには出ていない下のヒトたちでも、どんな時でも芸の稽古を忘れない。   

(もしかしたらオレは、そんな陰の努力は見ずに、スポットライトの光だけを見て憧れていたのかも知れない…)

 そんなことを思いながらイシカワさんについて歩いていくと、前から色付きメガネを掛けた、品のいいご婦人が歩いて来た。

「お疲れ様です」

 イシカワさんが、〈ペコリ〉と頭を下げる

「タカちゃん、帰って来たわよ」

「え!?」 

 イシカワさんの顔が、みるみるうちに付き人の表情に戻っていく。そうか…あの女のヒトが有名な、事務所の副社長か。

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つまらないなと 退屈だなと 夢ばかり見ていた
そんな日々を時々 思い出す事がある
手に入れたもの つかんだものが 急に小さくなる
今までの毎日が 無駄に思えてしまう

初めて恋をした あの感じは今も
この胸の奥でまだ ずっとひざを抱えてる

大人だって泣くぜ 大人だって恐いぜ
大人だって寂しいぜ 大人だってはしゃぐぜ

受け入れること 認めあうこと それがわからなくて
色んなものを失くして ここまでやってきた

恥をかいて 頭をかいて 今日もまたふんばろう
倒れたってかまわない またやり直せばいい

子供の時見えて 今見えなくなったもの
もう一度見てみたくて 遠い空を見上げてる

大人だって泣くぜ 大人だって恐いぜ
大人だって寂しいぜ 大人だってはしゃぐぜ

閉じかけた心は 無理矢理じゃ開かない
北風と太陽なら 太陽になりたかった

大人だって泣くぜ 大人だって恐いぜ
大人だって寂しいぜ 大人だってはしゃぐぜ
大人だって愚痴るぜ 大人だって逃げるぜ
大人だって遊ぶぜ 大人だって…子供だったんだぜ
(フラワーカンパニーズ『元少年の歌』より)

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 イシカワさんが冷たく言い放つ。

「キミはここで帰りなよ…絶対に駄目だから」

『16才』⑦ END

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