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ショートケーキ's

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僕のショートショート作品です。
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#超短編小説

ショートショート『世界の秘密がバレないワケ』

ショートショート『世界の秘密がバレないワケ』

「紀元後は」

小学校から帰ってきた娘が無邪気に話そうとするのを、僕は肝を冷やしながら慌てて止めた。口を塞ぐという実力行使で。娘は苦しそうにしている。僕の様子がいつもと違うのを察知しているのだろう。目には涙を浮かべている。たぶん恐い顔をしているはずだ。

「お願いだから、これ以上、言わないで。お願い」

自分で言うのはおこがましいが、優しいパパだと思う。それだけに、娘は突然の豹変に恐怖を抱き、戸惑

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ショートショート『子午線スリップ』

ショートショート『子午線スリップ』

俺は、自分の両手を見てギョッとした。甲に浮いていた血管は沈み、骨ばっていたのが綺麗に丸みを帯びている。そして、何より小さい。まるで子どもの手だった。

「あら、起きたの?」

前から声がして、こちらを振り返る顔に息が止まった。母親なのだが、現在の母親ではない。前に座っているのは、若かりし頃の母親だった。

「怖い夢でも見た?」

助手席から心配そうにしている。

「おい、返事くらいしろ」

運転席

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ショートショート『ハメロンのメガホン』

ショートショート『ハメロンのメガホン』

大地を創った王が天に召される数日前。王は、3人の家臣を集めた。彼らは優秀で、王亡き後の世界を託されている。武力を司る勇敢なスコット、民の暮らしを見守る物静かなアリテージ、そして、生命を癒す歌うたいのハメロンだ。王は、3人に告げた。

「この中から好きなものを選べ」

ひとつ、何でも切り裂く剣。ひとつ、この世で最も速い馬。ひとつ、世界中に声が届くメガホン。どれも全知全能の王の力が込められた宝だった。

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ショートショート『勇気渡し』

ショートショート『勇気渡し』

「ココちゃん、逃げよう!」

そう言って悠斗が家を飛び出したから、心音は急いで後を追った。おかあさんに叱られないか心配だったけど、ふたつ年下でまだ小学1年生の悠斗をひとりにするわけにはいかない。裸足でスリッパを履き、できるだけ早足で歩く。最初の角を曲がったところで追いついた。狭い路地に佇む悠斗が、不思議そうにこちらを見上げる。

「どうしてそれ持って来たの?」

心音の手にはカップラーメン。お湯を

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ショートショート『二世作家』

ショートショート『二世作家』

「このたびは、受賞おめでとうございます」

インタビュアーに祝福されるも、まだココロは実感が湧かなかった。無理やり口角をあげてはみたが、ちゃんと笑顔を作れているのか不安になる。さっき金屏風の前で写真撮影をしたが、どんなふうに写っているのだろう。

こんな日が本当に訪れるなんて、思ってもみなかった。一時は小説を書くことをやめた。けれど、やめられなかった。もしかしたら、これが血というやつなのかもしれな

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ショートショート『月の名前で遊ぶ夜』

ショートショート『月の名前で遊ぶ夜』

「満月の名前って、こんなにあるんだね」

僕は、美玖が差し出したスマホの画面をスクロールする。ウルフムーン、スノームーン、ワームムーン、ハンターズムーン、ビーバームーン。確かにいっぱいある。

「どうしたの?急に」

「いや、これ食べてて思い出したから」

指でつまんでいたのはイチゴだった。

「イチゴの収穫が6月だから、その時期の満月をストロベリームーンって呼ぶようになったらしいよ。月が赤とかピ

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ショートショート『彩りはモノクロを越えて』

ショートショート『彩りはモノクロを越えて』

「昔々、世界には色が無かった」。僕は子どもの頃、そう思っていた。厳密に言えば、色があった事実を信じ切ることができなかった。親が見せてくれるのは、モノクロ写真ばかりだったから。町にも、空にも、着ている服にも、そして、人間にも色が無い。母親に聞いてみたことがある。

「お母さんが小さかったとき、空はこんな色をしていたの?」

「今日みたいな青い色をしていたよ。空は今より綺麗だったかなぁ」

若かりし母

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ショートショート『黒塗りの生卵』

ショートショート『黒塗りの生卵』

下校中、凛香を見た。彼女の視線の先には、信号待ちの黒塗りの車。権力者の象徴だ。周りの空気が小刻みに震えて見えるほどの迫力を纏っている。

今から2年前、凛香の父は突然の心筋梗塞で息を引き取った。

その日は高校の入学式で、私もはっきりと覚えている。隣に座っていた凛香は、担任から静かに声をかけられると、式を途中退席した。すぐに病院に直行したが、間に合わなかったらしい。

後に「過労によるストレスが原

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ショートショート『王様の影』

ショートショート『王様の影』

空にきれいな満月が浮かぶ夜。お城の中の王の間(ま)で、王様はひとりの男と向き合っていました。部屋には二人きり。他に召使いはいません。

立派な椅子に腰かける王様の前に直立する男。その顔は、なんと王様と瓜二つです。深く刻まれた二重の目や鼻の下に蓄えた左右に伸びる髭、大きな鼻に少し尖った耳、それから薄い唇や右頬にあるホクロの位置まで全く同じ。着ている服の素材が絹か麻かの違いを除けば、どちらが王様か見分

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ショートショート『凪の凧』

ショートショート『凪の凧』

地面をずるずると引っ張られているのは凧だった。

リビングで寛いでいると呆れ顔の妻がひとり帰って来て、すぐ近くにある公園に娘を迎えに行くように命じられた。「凧があがるまで帰らない」。駄々をこねているという。

つっかけを履いて外に出ると、空には雲ひとつない。冬のわりに暖かく、無風だった。歩いて数十秒の公園に向かうと、娘の凪(なぎ)が項垂れながらぐるぐると歩いていた。無抵抗な凧が一定の距離を保ちなが

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ショートショート『虹色おじさん』

ショートショート『虹色おじさん』

僕が育った田舎町には「虹色おじさん」と呼ばれる人がいた。正確な年齢は知らないが、今思えば「虹色おじいさん」と言った方が適切だったかもしれない。ただ、僕が物心ついた頃には呼び名が定着していたから、ずっと前から「虹色おじさん」として生きて来たのだろう。

名前の由来は誰が見ても明白で、いつも虹色に包まれていた。虹色のオーバーオールに虹色のキャップ。畦道や水路橋、どこにいてもかなり目立つ。誰かが声をかけ

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ショートショート『コーヒーカップが消えた朝』

ショートショート『コーヒーカップが消えた朝』

夢から覚めると事件が起きていた。

コーヒーカップが消えたのだ。

僕はパニックの最中にいる。食器棚や食器乾燥機の中、どこを見ても昨日まであったコーヒーカップがない。我が家にあるコーヒーカップは、僕と妻の二つだけ。どうして予備を買っておかなかったんだと昔の自分を責めるが、すぐに反論された。「コーヒーカップが消えるなんて想定外だ」。割れたり欠けたり、そんなことはあるだろうが、それでもコーヒーカップは

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ショートショート『しゃぼん玉模様』

ショートショート『しゃぼん玉模様』

ありったけの青色で塗り切ったような雲ひとつない晴天で、英太は腹が立ってしょうがなかった。雨が降っていれば、それはそれでイラついていたに違いない。だとしても、せめて曇っていてくれさえすれば、鬱屈を紛れさせることはできたはずだ。自分だけが白日の下に晒されているようで胸くそ悪い。

ギターを抱え、ストリートライブに向かうが、英太の足取りは重かった。昨晩、ライブハウスのオーナーに紹介してもらったプロデュー

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ショートショート『透明人間だった梓と透明人間になりたい京香と』

ショートショート『透明人間だった梓と透明人間になりたい京香と』

「透明人間になりたいと思ったことない?」

校舎の屋上。こんなところのベンチに座ってお弁当を食べたがるのは、京香という人間を如実に表している。まさしく青春っぽいシチュエーションと、それを謳歌できる自分に酔っているのだ。

梓は、屋外で食事をとるのが好きではない。虫が苦手だし、紫外線も気になる。テニス部に所属して健康的に焼けている京香には口が裂けても言えないけれど、梓には透き通った白い肌くらいしか自

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