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ショートショート『アミェ』

木村雨水は雨が嫌いだ。

雨の日には頭痛がする。最近では「気象病」とも呼ばれているそうだ。頭がガンガンして気が滅入る。今朝もベッドから出られない。布団で全身を隠すが、そんなことで現実から逃避できるはずもない。ノックもしないで部屋に入ってきた母親に布団をはぎ取られ、それでも枕に顔をうずめていると、お尻をぴしゃりと叩かれた。

いつから、こんなに憂鬱になったのだろう。それはたぶんわかっている。学校で漢字を習い始めた頃からだ。

「雨」に「水」と書いて「あめみ」と読む。クラスメイトたちは雨が降るたびに繰り返した。

「あめちゃん、雨だよ」

最初は笑って付き合ってやった。でも、あまりにも何回も言われると反応に困り、表情は薄い苦笑いへと変わっていった。別に怒っていたわけではない。ただ、疲れただけ。だけど、彼らは彼らの望む反応を得られないことに対して一方的に憤った。「つまんない」「ノリが悪い」。傲慢だが、それが「子どもらしさ」なんだろう。だけど、えてして大人たちの言う「子どもらしさ」は、立場が対等な子どもたちにとって時に残酷だ。

「あめちゃんがいるから雨が降るんだよ」

雨水たちの学年は、なぜか小学校でも中学校でも運動会や音楽会といった学校行事に雨が降ることが多かった。「雨女」と罵られるが、私に雨を降らせる力なんてない。くだらない言いがかりだと自分に言い聞かせても、陰口を叩かれている事実に落ち込んだ。

なんで、こんな名前つけたんだよ。あのバカ親。

雨水は、学校も親も、それから自分の名前も呪った。生きるのが、とても苦しかった。

干ばつが続きやすいこの村では、みな雨が降るのを待ち焦がれている。雨水は大学を休学し、海外ボランティアとしてやってきた。村の長老も青年も、赤ちゃんを抱える女性や小さな子どもも雨水を見つけては笑顔で話しかける。

「こんにちは、アミェ」
「元気かい?アミェ」

村人たちは雨水のことを「アミェ」と呼ぶ。

村の広場で初めて自己紹介をしたとき、みな目を丸くした。緊張で早口で話しすぎたかも。雨水が再び口を開きやりなおそうとすると、一瞬の静寂のあと、大きな声があがった。

それがすぐには歓声とは気づかなかった。ある人は舞い踊り、ある人は口笛を吹いた。戸惑う雨水に年老いた村長が握手を求めてきた。そして、たどたどしくも丁寧にこう言った。

「私たちの村の言葉では、神の使いのことを『アミェ』といいます。あなたが来てくれた、その奇跡に感謝します」

木村雨水は雨が嫌いだった。

たまにしか雨は降らないが、ここでは不思議と頭痛はしない。

fin.

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