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ショートショート『FM FNC』

<5月17日 PM8:45>

「さぁ、この人に最高の舞台が整いました。9回裏、2アウト満塁、3点差。一発出れば逆転サヨナラの狂想曲。その時を待ちわびるように杜の都・仙台のボルテージは最高潮を迎えています。早瀬投手コーチがマウンドに駆け寄り、内野手が集まります。ネクストバッターズサークルの村崎。相当なプレッシャーを感じていることでしょう」

「そうですねぇ。彼にかかる思いは、もはや少年やそのご家族にとどまらず、今や日本中に広がっているわけですから。これは凄まじいですよ。私なら逃げ出したくなります」

「事の始まりはSNS、病に苦しむ少年のお母様の投稿がきっかけでした。『手術を怖がっている息子。それでも、手術前日に村崎選手がホームランを打ってくれたら僕も頑張ると言ってくれました。どうか神様、村崎選手に、そして、息子に力をお貸しください』。これが拡散され、メディアも巻き込み、今日に至っています。あくまで平静を保っているように見られる村崎ですが、今シーズンの好調が急に影を潜め、今日の試合はこれまで3打席はノーヒットに抑えられています。見逃し三振、セカンドフライ、サードゴロ。やはり、さすがの村崎も硬くなりますでしょうか?」

「ここまで社会の関心が高まっているわけですから、そりゃ緊張もしますよねぇ。でも、私も見たいですよ。期待しましょう」

「さぁ、内野手が散り、いよいよ村崎が左のバッターボックスに向かいます。場内は割れんばかりの大歓声。構える村崎。ピッチャー、セットポジションから第1球を投げました。外側高めの真っ直ぐ、外れてボール。カウント、ワンボールノーストライク」

「見逃し方は良いですよ。今までの打席と比べても違いますねぇ」

「ピッチャー、セットポジションから第2球を投げました。打って一塁方向へのゴロ、ファール。カウント、ワンボールワンストライク。村崎、ここで大きく深呼吸。日本中が祈っていることでしょう。ピッチャー、セットポジションから第3球を投げました。打ち上げたー、レフト方向に浅いフライが上がる、レフト、ショート、サードが追う、追う、風に流されてスタンドに入った、ファール」

「いやぁ、こちらまでヒヤヒヤしますねぇ」

「カウント、ワンボールツーストライク。村崎、追い込まれました。次が勝負の1球。おっと、ピッチャー、ここで間を空けます。バッターボックスを外して屈伸する村崎。球場内には、悲鳴のような歓声。異様な雰囲気の中、さぁ、仕切り直し。構える村崎。ピッチャー、セットポジションから第4球投げました。打ったー、打球が伸びる伸びる、届くか、どうだ、少年に届け、ライトスタンド最前列、入ったー、逆転サヨナラ満塁ホームラン。やりました、村崎。2塁ベース上近く、高らかにガッツポーズ。ゆっくりとベースを回って、チームメイトが待ち受ける中、今ホームイン。5対4、仙台パンサーズが東京マグナムズを下しました」

「いやぁ、すごい。鳥肌が立ちましたよ。まさにドラマですねぇ」

「やはり、村崎はスターだった。もう、拍手が鳴りやみません。放送席からは涙を流して喜ぶ人たちも見えます」

「日本中が一体となって応援する。スポーツの底力を感じますよねぇ」

<県立こども病院>

「れんや、村崎選手がホームラン打ってくれたよ。こんなこと、本当に起こるなんて」

「パパ、どうして泣いてるの?何か嫌なこと、あった?」

「いや、とてもうれしいからだよ」

「れんやも明日の手術がんばらないとね」

「ママ、僕、がんばるよ」

<5月17日 PM9:00>

「さぁ、9回裏、2アウト満塁、3点差。一発出れば逆転サヨナラですが、マウンドには東京マグナムズの守護神、笹森が立ちはだかります。早瀬投手コーチがマウンドに駆け寄り、内野手が集まります。ネクストバッターズサークルにいる村崎は、今日はノーヒットながら最近は絶好調。笹森、抑えることができるか。場内は笹森コール一色。内野手が散り、勝負のとき。バッターボックスに向かう村崎、構えて両者対峙。笹森、セットポジションから第1球投げました。初球、打ったー、打球はセンター方向に伸びる伸びる、しかし、フェンス直前、打球が失速、センター掴んでスリーアウト、試合終了。笹森、今夜も見事な火消しでした。4対1、東京マグナムズが仙台パンサーズを下しました」

<特別養護老人ホーム「虹色の森」>

「笹森さん、息子さん、今日の試合もしっかり抑えてくれましたよ」

「……」

「明日、朝一番の飛行機でこちらに戻って来られるみたいですから、それまでがんばりましょうね」

「……」

「はい、こちらFM FNCです」

「夜分遅くにお電話差し上げてすいません。『虹色の森』の小向です。本日は、ありがとうございました」

「いえいえ、我々は仕事をしたまでですから。それより、笹森さんのご容態はいかがですか?」

「予断を許さない状態ではあるのですが、どうやらラジオは聞こえていたみたいでして、安心したような表情にも見えました」

「そうですか。どうにか明日まで持ちこたえてもらって、笹森投手に会わせてあげたいですね」

「それが叶わなくても、ヒーローとしての息子さんを耳に焼き付けてくれたのなら、私どもとしては恩返しができたかと」

「恩返し、ですか?」

「はい、入居者様の最期を看取るのは、ときに厳しいものですが、生き抜くということはどういうことなのか、身をもって教えてもらっている気がして。だから、少しでも恩返しがしたくて、せめて良い気分に浸ったまま旅立ってもらいたいんです。事情はどうであれ、愛する息子さんが日本中から目の敵のように思われているのって、親としてはつらいはずですから」

「小向さんは温かい人なんですね。また何か放送が必要でしたら、いつでもご連絡ください」

<FM FNC>

FM FNC。

正式名称は、FM Fake News Creation。

誰かを救うフェイクニュースを流すラジオ局。

fin.

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