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日本の高層建築における施工技術の変遷第3回 プレファブ化

この記事は「建築士2019年2月号」(日本建築士会連合会)に掲載された原稿の文章・図を修正したものです。

サイトプレファブ

トップの写真は1950年代にフランスで開発され、オランダでも施工実績のあるポルトデリラ工法の建て方である(「Systems Building」, Thomas Schmid, Carlo Testa, 1969, Pall Mallより転載)。写真では10階建て程度の鉄骨造建築であるが、全階分の鉄骨柱と梁(2層ずつ)を地上で組んでしまい、一気に建て起こす。鉄骨の揚重階数を減らすとともに、接合作業を地上で行うことで安全かつ迅速に施工ができるのがメリットである。現代的なプレファブ工法の原点の1つ(文献1)とも言えるティルトアップ工法(地上でコンクリートのパネルをつくり、建て起こして壁にする工法)の大型版・鉄骨版とも言えるし、水平方向に揚重機が逃げながら建て方を行う鉄骨の建て逃げ工法の極端な例とも言えるだろう。

ポルトデリラを高層建築に応用するのは難しいが、高層建築においても工期短縮やコスト削減、安全性向上を意図したプレファブ化の取り組みは多く見られる。日本の高層ビルで代表的なものをあげれば、2棟のビルの連結部分を地上で組み、これをワイヤーでリフトアップした梅田スカイビル(1993年、高さ173m)、アトリウムを覆う大屋根トラスを、ビル頂部で組み立て少しずつ水平方向にスライドさせた新宿NSビル(1982年、高さ133m)等が思い浮かぶ。

ポルトデリラや梅田スカイビルのように、施工現場の一部を工場に見立てて、大型の部材をつくり、これをとりつける施工法をサイトプレファブと呼ぶ。セキスイハイムのユニットのように工場で部品・ユニットを製造することに比べて道路等の運搬による制約が少なく、大型のプレファブ部材も可能である。サイトプレファブの工場を地下に設ける例もある。下図は第1回にも登場した東京卸売りセンター(1970年、高さ45m)施工時の地下の図面である。地下のグリッド空間を工場のラインのように整理し、連続的にPCa(プレキャストコンクリート)パネルが製造されている。PCaパネルは蒸気養生により養生時間を短縮し、製造されたPCaは台車によって揚重孔まで運ばれた。ここまで大型化・工場化した例は少ないが、都市部の敷地一杯に高層ビルを建設する事例が増える中で、サイト工場設けるか、またどこに設けるかは大きなテーマと言える。

東京卸売りセンター

図 PCa床版製作工場レイアウト(建築技術1970年6月号より転載)

モード学園コクーンタワー(2008年、高さ203m)でも、地下2階にサイト工場を設け、サッシが斜めに入った複雑なカーテンウォールを組み立て、エレベータシャフトを使って最上階に揚重した。エレベータシャフトを使うのは風の影響を受けない利点もある。こうした工夫はバブル期の1000m級の超超高層ビル建設の計画にも見られる。また、地下を使わず、敷地に余裕がない場合にサイト工場を立体化する取組も見られる(タワークレーンからの距離等も検討する必要がある)。近年では、設備を取り付けたフロアユニットを9枚一度に製造するために、これを縦に積み高さ18mのタワー型のサイト工場を設けた例なども見られる(下写真)。

積層サイト工場

写真2 タワー型フロアユニット生産設備(建築技術2013年12月号より転載)

設備のプレファブ化

こうしたプレファブ化の要請は現場労働者が不足する時期や好況の時期に高まる。労務賃金が上昇すると、部品や建材を工場で組み立てる費用や運搬する費用がかかったとしても、現場作業を減らした方が安くなる。高層建築では繰り返しの部品や作業が多く、鋼製型枠などプレファブ化のための初期コストを回収しやすい。また、好況期には施工期間をなるべく短縮しようとするので、プレファブの効果は高まる。

中でも、複数の職種が入れ替わり立ち替わり作業するような箇所をプレファブ化するメリットは大きい。代表例は第1回にも登場したホテルニューオータニ本館(1964年、高さ72m)のユニットバスである(下写真)。防水、タイル、配管など複数の工事が錯綜するバスルーム工事は当時1室に1ヶ月程度の工期がかかっており、1044室の客室で従来通りの工法で施工すると、17ヶ月という工期には当然間に合わない。そこで大成建設から依頼を受けて、東洋陶器が開発したのがユニットバスである。風呂、トイレ、洗面等を工場で組み立ててから現場に搬入し(輸送の問題から上下2分割)、現場では簡単な作業のみにとどめることで、2時間で設置することができた。1日20室から30室を取り付けたとされる。浴槽等の素材としては当時新しい素材であったFRPが使われているが、土足で使われることを考慮して床にFRPは使われずタイル仕上げとなった(文献2)。

ホテルニューオータニバスユニット(壁パネル取り付け前)

写真 ホテルニューオータニ本館バスユニット骨組(壁パネル取り付け前)、完成した躯体内で水平移動させるため上下2分割できることが分かる。梅村魁編、建築生産の技術、丸善、p.73、1978年より転載

霞が関ビルディング(1968年、高さ147m)のトイレでも画期的な開発が行われた。従来、水平配管は床に埋め込まれ、縦配管はトイレ内の床を縦に貫通して配管が通されていた。この方式だと縦配管であれ、横配管であれ、詰まった場合は仕上げのタイルやコンクリート床をはつって配管を修理したり取り替える必要があり、施工も床躯体やタイルなどと取り合いが多い。霞が関ビルでは柔構造理論によって設計されるため、床等に埋め込んだ配管が地震時に損傷を受ける危険もある。そのため、霞が関ビルでは床上の水平配管ユニットが開発された。開発されたユニットは、床上に水平配管を設置し、縦配管に直接接続させる。この方式であればコンクリートの床を貫通したり、埋め込んで配管する必要がなくなる。また、ユニット内に配管しておけば、ユニットを並べて便器や配管と接続するだけでよく施工が簡略化される。ユニット製造について、衛生陶器メーカーの東洋陶器、伊那製陶から配管は専門ではないと断られたため、家具等を手がける岡村製作所がユニット本体を製作した(同社は数件手がけた後、床上配管ユニットからは撤退した)。下図を見るとトイレ内に縦配管があり、さらに横引き配管は壁2面で固定するといった特徴が見られる(3面固定になると誤差を目地等で吸収する必要がある)。このように多くの職種が関わる箇所をユニット化・プレファブ化できるとその効果は大きい。

霞ヶ関ビルの横引き配管

図 霞が関ビルディングの床上汚水配管システム(鈴木二郎氏蔵、「日本の建築を変えた八つの構法」、内田賞委員会事務局、2002年、p.79より転載)

プレファブ化と労働者

好況期にはプレファブ化の要請が高まるが、逆に言えば、不況期や労働者が余っているような時期であれば、プレファブ化の必要性は薄れる。また、工期を短縮するにも、多くの労働者を一度に投入するといったことが可能になる。エンパイアステートビル(1931年、高さ373m)の工事においても、1929年の世界恐慌により失業した安い大量の労働力を水平搬送等に用いたことが工期短縮につながった。一方で、テナントはなかなか埋まらずEmpty State Buildingなどと揶揄された。しかし、現在の日本や先進諸国は基本的に現場労働者の高齢化や不足という課題をかかえており、高層建築のように多職種・大量の労働者を必要とするプロジェクトでは現場労働者の確保やいかに少ない現場労働者で施工するかは大きな課題である。

現場の労働者数を減らす視点からプレファブ化や各種の合理化技術導入を積極的に進めているのがシンガポールである。シンガポールではBuildability Score(設計)やConstructability Score(施工)と呼ばれる指標を用いて、設計時や施工時にどの程度の合理化を図ったのかを数値化し、これが一定の基準以下であれば確認申請や着工許可を認めない、着工後でも申請したスコアを満たせない場合は使用を許可しないといった厳格な仕組みを導入している。また、各プロジェクトで雇用が可能な外国人労働者の数(主として技能者が対象)は請負金額から定められており、これを超えると多くの雇用税を負担する必要がある。そのために、発注者、施工者はプレファブ化を含む様々な合理化技術の導入に積極的に取り組む。シンガポールの建設現場で働く労働者はほぼ100%が中国、インド、バングラディッシュ、ミャンマー等から来た外国人労働者である。シンガポール政府としてはこうした外国人労働者の数を減すために、工業化技術を積極的に導入するインセンティブを設け、現場作業がなるべく減るようにしている(文献4)。

シンガポール

写真 シンガポールの施工現場(合理化工法の使用が見られる)

こうしたシンガポールの合理化の取組は日本の建設会社を参考にしたものと言われる。中でも1980年代以降、建設会社各社が集中的に取り組んだ「複合化」は、オムニア板など主にPCa半製品を使って現場作業の削減や工期短縮、コスト削減を図るものとして知られる。複合化の代表例として、設備を組み込んだ床のユニットを工場や現場サイトで製造し揚重・取り付けを行うユニットフロアがある。初期の事例として、三角形平面チューブ構造の新宿住友ビルディング(1974年、高さ210m)では、基準階事務室部分に3m×11.2mの鉄骨ユニットが使われた。これは鉄骨の大梁・小梁・デッキプレートがユニット化されたもので、現場で隣のユニットと溶接され、上部に軽量コンクリートが打設される。

新宿住友ビルディング

図 新宿住友ビルディング ユニットフロア(「日本の鋼構造 新宿住友ビルディング」、鋼材倶楽部、1974年より転載)

1980年代になると建設会社各社でハーフPCa板等を用いた大型のユニットフロアが見られるようになる。梅田センタービル(1987年、高さ125m)のPCaフロアパネル工法は、デッキプレートの仮床から一歩進んで本設の鉄筋コンクリート床と鉄骨梁を合成梁にしことで、施工現場での加工工数とコンクリート養生時間の削減に繋がった。更に、パネルを大型タワークレーンで揚重可能な重量の限界(パネル1枚:約3m×14m、12t)まで大型化することで揚重回数を削減した。大型部材の大量搬入が困難であったことからサイト工場でパネルの製造が行われた。

東北で初めて高さ70mを超えた仙台第一生命タワービルディング(1985年、高さ90m)では、建物の外装はアルミサッシを横連窓にしたPCa板によるカーテンウォールであり、工数の大幅な増加が予想された。これを克服するために、PCa板の周辺部位・機能を複合化した「ト型PCa板」が開発された(下図)。在来型のPCa板に床を跳ね出すことで鉄骨との取付を容易にしている。更に、防水機能や剛性の確保といった副次的な効果も得られた。ト型PCaは現在では、おそらく輸送効率の問題から使われていないが、床とカーテンウォールの取り合い部分をPCa化する取組は、現在の超高層建築の多くで使われている。

仙台第一生命ト型PC

図 仙台第一生命タワービルディングのト型PCa(建築の技術 施工、1986年2月号、彰国社、p.75より転載)

何をどこまでプレファブ化

このようにプレファブ化を行ったとしても、プレファブ化した部材同士の接合部をどうするかという問題が残り、完全に乾式で接合できる場合は少ない。高層マンション等で用いられる柱・梁構造の場合、柱と梁の接合部であるパネルゾーンにのみ現場打ちのコンクリートを施工する場合も多い。近年はここも型枠等の施工をせずグラウト等のみで施工する動きが見られる。一例として下写真は三井住友建設のスクライム工法である。PCa部材に細長い孔が空いており、そこに太い鉄筋を差し込み、隙間をグラウトで充填する。これによってほとんど型枠なしでも接合することが可能である。スクライム工法では水平方向から鉄筋を差し込むが、パネルゾーン用に穴の空いたPCaをつくり、柱から上方に突き出たPCaに差し込む通称「蓮根PCa」など、建設会社毎に様々な工法が見られる。

スクライム工法

写真 スクライム工法(三井住友建設HPより転載)

こうした工夫を行っても鉄筋を差し込むには、その裏側に差し込むだけのスペースが必要である。スクライム工法もPCa化率は9割としている(文献5)。これを100%に高めたのが、赤坂Kタワー(2012年、高さ157m)の構造アウトフレームである。ここでは、柱・梁に加えて、コの字、ロの字、L方のジョイントピースを用いることで現場打設のパネルゾーンはなく、出隅部では斜めにした鉄筋を2方向に差し込みながら納めるという。ここでは品質向上、工期短縮等を意図しているが、プレファブ化の視点から見ると逆に現場作業が増えている気がしないでもない。

赤坂Kタワー

図 赤坂Kタワー(新建築2012年3月号より転載)

冒頭のポルトデリラに戻ろう。学生時代、ポルトデリラの建設途中の写真も印象的だったが竣工後の写真はさらに強く印象に残った。あれだけ過激な工法を使ったとしても完成した建物の見た目は普通なのだ。考えてみると、今回紹介した多くのプレファブ化工法も、精度等を除けばできあがった建物の見た目に関係はない。

プレファブ化工法を採用するかという意思決定には、意匠、構造、労務費・技能レベル、敷地条件など多くの条件がからみ、設計のなるべく早い段階からの検討が必要である。さらにそれをできあがった建物の付加価値に結びつけようとすると問題はどんどん難しくなる。好況期になるとプレファブ化の要請が高まると書いたが、そこで定着しないのは、工場/現場作業に加えてプレファブ化による設計手間の検討や、一般に施工条件と呼ばれるものまで視野に入れて設計を進めるよう流れを見直す必要があるからとも考えられる。現場労働者の不足によりプレファブ化等の工夫が求められる現在、設計時点からの意識付けやそれをどのように価値に結びつけるかが問われている。

ポルトデリラ竣工後

写真 ポルトデリラ竣工後(前掲書)

参考文献
1.高田博尾、「現場は、いま、複合化・・・」、建築の技術 施工、1991年1月号
2.建築技術支援協会LLB技術研究会編、「設備開発物語 建築と生活を変えた人と技術」、市ヶ谷出版社、2010年
3.インダストリアルデザイン・アーカイブス研究プロジェクトインフィル分科会、「工業デザインとしての住宅デザイン史研究、工業化住宅におけるインフィル製品開発」、2018年
4.志手一哉ほか、「シンガポールの建築生産システムに関する研究―日韓6プロジェクトへのヒアリングを通じて―」、第31回建築生産シンポジウム論文集、pp.137-144、2015年
5.日経アーキテクチュア、2009年3月23日号