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福岡の夜と小さな銭湯

写真・文:Gota Shinohara(@gotashinohara

銭湯が好きで、よく行く。家の小さなお風呂ではなく、大きなお風呂に入ってぼんやりしていると、一日の終わりを気持ちよくむかえられるような気がする。

それに、ひとりで入る家の風呂とは違って、銭湯にいけばいろんな人たちがいる。たまたま聞こえてくる知らない人同士のおしゃべりや、桶にお湯をくむ音、そんな周りのちょっとした騒がしさが、疲れた体には不思議と心地いい。

かつて「ちゃんとメシ食って、風呂入って、寝てる人にはかなわない」と語ったのは、コピーライターの糸井重里さんだ。

その言葉を受けるなら、「メシを食う」こと、「ちゃんと寝る」ことに加えて、お風呂に入ることもまた、自分の仕事や生活、それらをすべてひっくるめて、毎日を良くすることにつながるのだとおもう。

銭湯みたいな大きなお風呂だったら、もっといい毎日になるはずだ。

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この前、旅行で福岡に泊まった。福岡には何度も来たことがあるけど、銭湯に行ったことはない。

どうしても気になってしまうのか、ホテルにお風呂がついていても、最近では旅先でわざわざ銭湯をさがすことも多くなった。

予め知人に教えてもらっていたところは、たまたまその日が定休日だった。なので、少し考えて、Googleマップで見つけた別の銭湯へ行ってみることにした。もちろん初めて行くところだ。

こういう時に、Googleマップがあってよかったと思う。初めていく場所でも全く困らない。

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福岡の中心・天神から南に10分ほど歩いたところに、「本庄湯」という銭湯がある。

入口の雰囲気からしてとてもレトロで、どうみても半世紀以上は続いていそうな老舗という感じがする。

さっそく中に入ると、入り口のすぐ横に番台があった。最近の銭湯は昔ながらの「番台」ではなく、スーパー銭湯のようなフロント形式にしているところが多いので、今となってはめずらしい光景だ。

番台に座っていたおかみさんは、初めての客である僕にも、嫌な顔ひとつせず終始にこやかに対応してくれた。

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昔ながらの銭湯だけど、きっと初めて来た人や旅行者にもやさしいところだ。その証拠に、手ぶらで来てもタオルを1枚10円で貸してくれる。

脱衣所は男女別の玄関からそのまま続いていて、そこには大きくてレトロな木のロッカーが置かれていた。

室内にあるもの全てが、まるで時が止まったかのように「昔の雰囲気」を残している。これだけ古いものが取り替えられることなく、そのまま残っている銭湯もめずらしい。

ロッカーの端には、常連さんのものと思しき洗面道具や石鹸・シャンプーなどが置かれていた。数えてみると20個ぐらいはあったかもしれない。

あと30分ほどで閉店だったので、お客さんも少なく、のびのびとお風呂に入ることができた。

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お風呂から上がると、最後のお客さんもいなくなっていた。

せっかくだったので、番台でジュースを1本買ってのみつつ、座っていたおかみさんから、いろいろな話をきいてみることにした。

この本庄湯は、創業から60年ほど経った銭湯で、番台に座っていたおかみさんを含めたご家族で経営されている。おかみさんの旦那さん(ご主人)は今年で85歳。もう既に金婚式もすませたのだと教えてくれた。

そこに息子さんを合わせた家族3人で、交代で仕事をしているそうだ。

昔は脱衣所に人があふれるほどお客さんが多かったというこの場所も、今では昔からの常連さんがぼちぼち来てくれる程度になったという。

それでも常連さんにとってこの銭湯は、ここに来ればなじみの人たちと会えるような、大切な交流の場所なのだ。そういう人たちがいるかぎり、お店を続けていきたい、と話してくれた。

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銭湯だけの話ではないけれど、古くから続くお店を守って、その商売を続けていくことは、とうぜん簡単なことではない。

昔はお湯をまかなっていたという井戸水が、福岡の街にビルがたくさん建って、水位が下がって使えなくなってしまったという話や、煙突から出る煙に苦情がくるようになったので、値段の高い重油を使わないといけなくなった、ということも教えてくれた。

福岡は100万人以上が住む大きな街だ。銭湯のお客さんになりそうな人だってたくさんいるように思える。しかし現実はそうではない。

時代の移り変わりとともに、そんな大きな街でさえ、昔からの銭湯にとっては商売が難しい場所になっている。

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中の雰囲気が気に入ったので、よければ写真を撮らせてくれないかとお願いをした。おかみさんは快くOKしてくれた。

ここに載せている写真は、そうやって一枚一枚撮らせてもらったものだ。

お言葉に甘えてひととおり写真を撮り終わると、すっかり閉店時刻になっていた。この後でお風呂掃除をすると、どんなに早くてもあと2時間はかかってしまうという。

僕には、銭湯で働く友人たちがいるので、なんとなくわかるのだけど、基本的に銭湯の仕事というものはそれなりの重労働だ。掃除や後片付け、開店前の準備、タオルを畳んだりといった作業ひとつひとつが、かなりの体力と時間を必要とする。

ましてや、ご高齢の夫婦にとっては、どれだけ負担のかかることだろうか。

そんな仕事を半世紀以上、いや60年以上もご家族で続けてこられたということは、本当にすばらしいと思う。

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おかみさんに、とても素敵ないい場所でした、と話すと、「全部昔のままで、大したことは何もしてませんけどね」と謙遜しながら答えてくれた。

はっきり言って、ここは特別な銭湯ではない。

中の設備や雰囲気をみても普通だし、最近のきれいでかっこいい銭湯と比べてしまうと、どうしても見劣りしてしまう点がたくさんある。

それでも、自分たちの場所をしっかりと守ってきたという自負が、おかみさんの言葉からは感じられるのだ。

こうした人たちと話をしていると、この移り変わりの激しい時代の中で、一つのかたちをじっくり守り、長く続けていくということも、また美しい生き方なのではないか、と考えさせられる。

新しいことを立ち上げたり、始めることだってすごいことだけど、昔からある場所をずっと守っていくことでさえ、十分に素晴らしいことなのだ。きっとそうに違いない。

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ちゃんとお風呂に入ったので、寒くなった帰り道を歩いていても、体が温かいままだった。

振り返ってみると、こうして思いがけない形で、旅先で素敵な場所に出会えたこと、素敵な人たちと出会うことができたのはとても幸運なことだ。

いつもと違う街で、いつもと違う場所に行き、初めて会った人たちと話す。そんな、いつもと違う時間の流れを体験できるのが旅のいいところでもある。

それは、ネットの情報とか、人から聞いた話だけではわからないものがたくさん詰まった体験なのだ。自分の目で見て、聞いて、感じることをこれからも大切にしたい。

そして、余談にはなるけれど、そんな体験のそばにこうしてカメラがあれば、もっと楽しくなるんだと思う。

またここに来ようと思う。

次に福岡へ行ったとき、おかみさんが元気だといいなぁ。

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