#デリヘル女の誕生日 (2377字)
「―――今日、お誕生日を迎えられたあなたに、実りある一年となりますように! Happy Birthday!」
ラジオ・アプリの向こうで、陽気なラジオDJが言った。
今日誕生日を迎えたリスナーがリクエストした曲が紹介され、甘いイントロが流れてきた。ダウンリズムなパーカッションと優しいストリングス。この曲はよく知っている。今流行りの洋楽曲。
確か、彼女は、わたしより少し年が若かったはず。等身大の恋を歌う彼女は、音楽家の家に生まれたらしい。ラジオでも紹介されていた。きっと、教育も、人脈も、シンガーとして大成する才能も持っていたのだろう。その彼女が、[普通の恋]を歌っていた。
わたしは気に入らなかった。彼女に比べて劣った存在であるわたしには、普通の恋すら難しいのだと、そう言われているような気がしたからだ。そして実際そうだった。
「―――流行ってんだから、わざわざ誕生日に流す必要なくない?」
イヤホンの片耳を外した。ラジオ・アプリも切った。わたしは部屋を見渡してみた。
わたしのいるお店は閉店時間を迎えつつあった。待機中の女の子たちもまばらだった。時間が時間だから、直帰する子もいて、つまりここに残っているのは昨晩の売れ残り。わたしの店は広いワンルームマンションの一室を待機部屋にしてるから、週末の女の子たちが賑わう時間を過ぎて月曜日の朝ともなると、殺風景な部屋に、色んな意味で腐った売れ残り同士が肩を寄せ合い憂鬱で静かな朝を過ごすことになる。わたしの、一番キライな時間。
敗者の時間。
「待機中、なにしてるん?」
「んー。なんやろ。ケータイ見たり?」
わたしは口を離した。顎がつかれてきたから話しかけられるのはナイスタイミングだけど、手は動かし続けないといけないのよね。この仕事は案外マルチタスク能力が求められる。上下する右手。上目で見つめ、時には目で気持ちを伝える。口は受けでも攻めでも臨機応変。左手は、客の右手を握っている。
「今日、やけに手を繋ぐな」
感づかれたか。わたしは言った。
「手、繋いどったら、安心すんねん」
「惚れたんか?」
「あほいえ」
「ほな惚れさしたろか」
そう言って、男はわたしの脚を高く持ち挙げた。あっちゃー。作戦失敗。あんた、がしがしするから痛いんだよね。あー、いきます行きます活きます逝きます。ホンマ勘弁してや。
「すっごいのがきた(嘘)」
「せやろ? 惚れたか?」
「わかんない」
惚れるかバーカ。
とにかく待機中なにしてる? は、よく聞かれる質問なのだ。客としてはただの世間話のつもりだろうが、プライベートや嗜好が特定されやすいから当たり障りのない答えをいうようにしている。「ケータイいじってます」「動画見てんの?」「YouTube、見ない」「まじか。なに見てんねん」「んーなんでも?」「好きな音楽とか、ないのん?」「オンガク?」「ゆいチャンは、ほんまなんも知らんなぁ」「そうなの。バカだから」
嘘だよバーカ。音楽、めっちゃ語れるくらいにマニアだよバーカ。てめぇの腐れにわか知識なんて聞いてらんねぇよバーカ。[オザケン]好きすぎて誕生日にはいつも[オザケン]の推し曲をラジオ・リクエストしてんのに一度も採用されなくて落ち込んでんだよ、このブァーカ。
話は変わるけど、デリヘルやってると、歳は切実。
太客には若いキャピキャピした子が当てられる。そりゃそうだろ。どの店だって、金払いが良くてクレームの少ない客を奪い合っているんだ。反対に歳がいってくるとマニアックな要求をしてくる客やクレーマー、つまり難客を当てられるようになる。若い子には、できないことだからってそういうけどさ、けっこう大変なんだよ? 時短にイカセイカサレ、マニアなテクをご披露されて、時には強要され、痛みと虚しさに消費されるわたしたち。
「サービスしてぇや」
はいはい、確かに金貰ってるからね。でも割引クーポン握りしめ、安いホテル探してくる貴方はハズレなんだよ。わたしが来たのがその証拠。きっと、お店が手放したくないのは太客よりもなによりも看板張れる若い娘なんだ。
月曜朝の売れ残りは、こうして朝陽に腐りゆくのだ。
「すす、すみません。ど、どいてほしい、です」
かすれた弱々しい声。朝日に腐り尽くしたわたしが待機所のドリンクサーバーの前で呆然自失に座り込んでいると、売れ残りの女の子から声をかけられた。
「ああ。ごめんごめん」
全然、思ってへんけど。彼女は多分、学生。いつもノートにガリガリ何かを書いていたり、必死にスマホやPCに文字を打ち込んでたり、最近の学生さんは、大変だなあ。てか、わたしより若いよな。なんで若いあんたが売れ残ってんだよ。わたしが見つめていると、彼女は、おどおどしながらコーヒーを入れていた。
「あの、なにを聞いていますか?」
彼女が恥ずかしそうに聞いた。
「あー。これ? ラジオ。もう切ったけど」
「ラジオ?」
「アプリで聞けるの」
「へー、スマホで聞けるんだ」
「聞くの?」
「はい。車で。リクエスト、全然採用されなくて」
「あはは。わたしも送ったよ。誕生日リクエスト」
「えっ? わたしも送りました! 今日、誕生日リクエスト!」
「まじか。なにを?」
「オザケン」
「まじか」
こんな奇跡って、あるんだな。気づけば閉店時間は過ぎていた。帰る時間だ。
「あんたの車、乗せてよ」
誕生日の今日、わたしはオザケン好きの友達を得た。売れ残っても、腐る必要はないんだ。彼女は言った。
「いいよ。わたし、アユ。川野鮎。普段は小説書いてるの。音楽、語れるくらいに好き。オザケン仲間ができて嬉しい」
わたしも嬉しいよ。
「小説、わたしも書いてみたいな」
それを聞いて嬉しそうに笑う彼女がとても可愛く見えた。
売れ残りにも福がある。
と、いうことか。
[おわり]
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