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わたしのメンタルさん




 わたしのメンタルさんはいつもポッケに隠れていて、誰かに話しかけられたりすると慌ててポッケから飛び出してしまう。

 内気で恥ずかしがり屋だから。

 あっという間にスタコラサッサと逃げてしまう。



 仕事の昼休み。
 女子らしい中身のない会話が飛び交うわたしの職場。

 キャハハ……
 まじやばいよね
 そうなの、信じられない
 まさか彼がねー
 あんた言ってやりなよ
 えー、やだよー
 アハハハ……

 わたしはつねづね思っていた。彼女たちの会話は日本語を使っているように聞こえるが、実は日本語じゃないのかもって。
 だって、お弁当を食べながら聞いてても、彼女たちがなにについて会話をしていて、なにについて笑い合っているのか、まったく理解できないから、彼女たちの話す言葉はたぶん、日本語じゃないと思う。バイリンガルは意外と身近にたくさんいるってこと。みんな、すごいや。

 彼女たちの会話に感心して「うん、うん」とひとり頷いていたら陽キャっぽい同僚がわたしに話しかけてきた。

 「さっきから頷いてるけど、私たちになにか言いたことでもあるの?」

 出ました、被害的妄想!

 てか急すぎてえっと、えっと……。お母さん以外と話すの久しぶりすぎて声が出ないや。そういえばメンタルさんはどこに行ったんだろう。わたしはポケットをごそごそ探った。ポケットはもぬけの殻だった。

 どうしよう。メンタルさんがいないとなにも喋れない。顔を上げると廊下に向かってスタコラサッサと走り去るメンタルさんの背中が見えた。待ってよ、メンタルさん。

 わたしはすぐに立ち上がって逃げたメンタルさんを追っかけようと廊下に向かった。すると背中の方で声が聞こえた。

 「あの子、感じ悪いよね」
 「ねー、陰気過ぎてキモい」
 「少しは喋れよって言いたいね」

 って、わたしに聞こえるように。大きな声で、悪口を言われた。わたしの声にならない声が叫ぶ。

 ちゃうねん!
 わたし、ちゃんと話せんねん!
 メンタルさんが逃げたから追っかけてるだけやねん!

 そう思っていても、メンタルさんのいないわたしは言い訳すら出来ないのだ。だから頼むから。メンタルさん、逃げないで。



 ☆

 わたしのメンタルさんは上司が苦手。上司の声を聞くと、机の引き出しに隠れてしまう。

 「山川さ〜ん」

 上司が呼んでる。いちいち呼ぶ声が大きいんだよね。わたしは机を引っ散らかしてメンタルさんを探した。

 メンタルさん、どこ?
 ああ、そこにいたの。
 また引き出しの隅に隠れて。
 上司が怒ってるよ。
 メンタルさんがいないと、わたしまたなにも喋れないじゃない。

 メンタルさんは引出しの隅でぷるぷる首を振った。行きたくないって言ってるんだね。でも行かなきゃね。わたしはメンタルさんの小さな手をつまんで引っ張った。メンタルさんは引出しの隅を掴んで離さない。

 「おーい、山川〜」

 怖いよう。上司の声に怒気が混じってるよう。早くメンタルさんを連れて行かなきゃ。なにか喋らないと、すごい怒られる。嫌だなあ。わたしはメンタルさんを引っ張った。メンタルさんは顔を真っ赤にして引出しの隅を離さない。

 ほら。
 手を、離しなさいよ。
 お願いだから、離してよ。
 は・な・せって……
 いってるでしょうがあ。

 「ヤマカワ! 早く来い!」

 ひえ〜本気で怒らせちゃった!
 はいはい、只今〜

 メンタルさんのいないわたしは何も喋れなかった。わたしは皆が見てる前でさんざん怒られた。悔しくて悲しくて、少し泣いた。だけど、わたしはちゃんと知っている。机の引き出しからこちらを心配そうに見ているメンタルさんの申し訳なさそうな顔を。




 「はあ、今日もさんざん。メンタルさんがいないから、なにも喋れなかったよ」

 しょんぼり仕事の帰り道。わたしはジャケットのポッケに入っているメンタルさんに愚痴を言っていた。ってゆうかメンタルさん、わたしの話、聞いてるの?

 わたしのメンタルさんは、ポッケの縁から身を乗り出して、夜のコンビニを見つめていた。

 「寄っちゃう?」

 わたしの言葉にメンタルさんはコクコク頷いた。わたしは知っているのだ。わたしのメンタルさんは、このコンビニの店員さんが気になっている。これを恋と言うのかはよく分からないけど。

 お会計の時。ピッ! ピッ! ピッ! と鳴りながら彼の操作するレジからブイーンとレシートが出てきた。レシート要らないんだよなあ、と思いながら、彼の手からお釣りとレシートを受け取るわたし。

 「いつもありがとうございます!」

 彼の「いつも」という言葉に、わたしのメンタルさんは真っ赤になった。メンタルさんがポッケの奥深くに慌てて隠れてしまったものだから、わたしも危うくお釣りとレシートをひっくり返すところだった。危ない危ない。

 お釣りを仕舞い終えたわたしに彼が言った。「これ、僕も好きです」って。へぇ~、そうなんだ。わたしはメンタルさんに話しかけた。

 メンタルさん。
 良かったね。
 彼が話しかけてくれてるよ。
 あんたの好きなシュークリーム、彼も好きだって。

 メンタルさん。
 ちょっとくらい出てきなさいよ。
 彼が話しかけてくれてるよ。

 わたしのメンタルさん、あなたのことが大好きなんだけど、突然話しかけられて、びっくりしてるみたい。わたしがなにか気の利いたことを言えればいいのだけど、メンタルさんがいないと、わたし、何もできないの。



 ☆


 「ありがとうございました〜!」

 彼の朗らかな笑顔に送り出されたわたしたち。コンビニを出て夜の道を歩いていると、ポッケからもぞもぞとメンタルさんが顔を出した。わたしはメンタルさんに言った。

 「彼、かっこよかったね」

 わたしが話しかけるとメンタルさんは赤い顔で嬉しそうにうなづいた。

 ふふ。メンタルさん。
 耳まで赤くなっちゃって。
 彼のこと、ほんとうに好きなんだね。

 耳まで真っ赤にしてうつむくメンタルさんを見て、なんだかわたしも恥ずかしくなってきた。これじゃまるで、わたしが恋してるみたいじゃないか。そう思って、ちょっとムッとしたわたしはメンタルさんにこう言った。


 「明日はさ、ちゃんと出てきなさいよ、わたしのメンタルさん!」



[おわり]

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