星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた

 自動車整備工場を営んでいるセキと申します。
事業所規模は最小認証、これまで多くの方と出会ってきました。

「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」

 25年~30年前だったと思う。スーツ姿にハット、蝶ネクタイのいでたち、なんともハイカラ年配方が訪れた。身なりには随分気を使っているようだが・・・乗ってきた車はボロボロだ。古い国産車だがメンテナンスをしている車とそうでない車は見て大体当たる。洗車さえしてない風でフロントガラスは汚れて前が見えないほどだった。
 こう言う方は時々居る。それにしてもよく乗って来たな。

 そのハイカラ年配方は近所に住んでいるようで、第一声が「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」だ。
 
「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」

 小学校か、中学校か、どこかの校長先生だったらしく一緒に訪れた奥様も品の良い身なりをしている。
 「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」
 さっき言ったことをまた言っている。どうやら私がそれなりになびかないと納得しないらしい。だが受け流した。その様子を見ていた奥様は「まあ、おホホホ」と微笑みながら場を作った。漫画のような光景が実際にあるもんだ。

「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」

 それから数回に渡り、元先生の車の点検、修理をした。
とにかく車に気を使わない人で、やはり今までメンテナンスらしきものをした様子もない。そもそも点検整備の概念がないのだろう。車検はと言うと直近数回分のユーザー車検代行明細が入っていたので法定点検までもしていないことになる。それ以前は点検記録簿がなかったのでわからないが、これを機に私は遠慮なく提案した。
 「このままではダメですよ。車は消耗するんですよ。今のうちにいろいろ替えて下さい」
 その返答の前にまたまた「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」だ。
 どうやらいちいち言わないと気が済まないらしい。3回ほどの入庫で10回は言われたんじゃないかな。そのたびに私が受け流すので、何らかの反応が返ってくるまで意地になっていたとも考えられる。

電話での「星の数ほどある整備工場で、貴方のところに来てあげた」

 ある日、元先生からオイル交換をしたいと電話がかかった。
 「先生、オイル交換くらいしましょうよ」と提案していたので少しは気にしていたのだろう。だがその時は忙しく、近所とは言えオイル交換くらいは「来てほしい」と言う思いから後日入庫を促した。
 その瞬間から先生の様子が変わったのが電話口でもわかった。

「・・・私が言ったことが聞こえなかったのかね。星の数ほどある整備工場で、貴方のところを選んであげてるんだぞ」と、これまでと違う言い表し方になった。

 「選んであげてる」とはその通りかもしれないが、偉ぶる態度がだんだん鼻について素直にお礼を言いたくは無かった。それどころか今まで受け流してきたことも含めて腹立たしく思えてきた。
 「先生、その星の数ほど・・はやめてくれませんか。言われる側は気持ち良いものではないですよ」
 「・・・君は何を言ってるんだ。いいから来なさい」
 「あ~はいはい、すみませんけどお付き合い辞めます。オイル交換は星の数ほどある工場で選んでくださいな」
 「君!電話切るぞ!切ったらおしまいだぞ!他所の工場に行くぞ!」

 「はいどうぞ」言いながら私は電話を切った。
 最初からぎくしゃくした関係性であったから、心残りなどは一切ない。

 先生とはそれきりだったが、その後数年はその車が駐車場にあったのを見かけたので、どこかが面倒みたのだろう。


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