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人生の道しるべ

沁み入る味わい その三(湯浅竜起先生)
井のほとり片葉の葦が素枯れゐてただしらじらと雨降れりけり

                     市山盛雄

手児奈が身を投げたといわれる井戸のほとりに作者はしばらくたたずみます。その井戸のめぐりに立っている葦は、色あせて素枯れてしまっています。きっと葉先も茎にまつわるように下垂れてしまっていたと思われます。みるからにさびさびとした古跡の風情なのです。作者はそうしたあたりのたたずまいにこころ触れつつ、感傷ふかく手児奈の故事に思いをはせていたことでしょう。そのしずかなひととき、雨はその深い思いをいよいよ深く誘い込むように降っているのです。何も語りかけはしないが、しみじみとした、言葉にならぬきびしさを象徴するかのように降りつづいています。雨はしろいのです。はげしくもならず、やみもせず、ただ無心にさっきから同じように降りつづけているのです。あとは、物音ひとつしない吸いこまれるような静けさに包まれていたと思われます。そのときの、静けさといっても足りない、しみ入るようなといってもいいつくせない、しかもただ単に寂とした淋しさというのでもない、そうした感じに打たれている作者の心のうちを、上の句につづいて、「ただしらじらと雨降れりけり」という下の句で訴えているのです。降りつづいている雨はもはやただの雨ではありません。作者の深い思いを濡らしている雨なのです。そこをしみじみと味わいたいと思います。

                湯浅竜起著 「短歌鑑賞十二か月」より

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