真夜中の戯れ言

眠れない夜にそっと寄り添うナイトエッセイ&ショートショート集です。やさしい夜に…

真夜中の戯れ言

眠れない夜にそっと寄り添うナイトエッセイ&ショートショート集です。やさしい夜に、なりますように。 (2018年8月〜2019年3月まで睡眠情報サイト「フミナーズ」に掲載されていた記事を公式に転載しています)

最近の記事

光について

 夜に外を出歩いていて、ふと通りすがりのマンションを見上げる。そしたら、いろんな部屋に光が灯っていることがわかる。その瞬間、ちょっと不思議な感覚にならないかな。光の数だけ、誰かの生活がそこにはある。    一つ一つの部屋に誰かが住んでいて、その一人一人に青春があって、いろんな悩みや喜びを経て、今その部屋で何かをしている。その膨大な数。そのほとんどに触れることもなく、すれ違うことすらせず、ぼくたちは生きていく。    夜景を見て、「きれいだな」と感じるのも、そういうこと

    • 指と舌と夜

      女の恋愛は上書き保存と言うけれど、だからこそ、女の胸にいつまでも留まり続けられる男は素敵だ。 そして、私にとってそういう男というのは、”昼の”男よりも断然、”夜の”男なのである。 彼が私の前に現れるのは、決まって夜だった。 彼について知っていることは、そう多くはない。 私は彼の昼のステータスに敬意を払わなかったし、彼もまた、私のそれに対してそうだった。 彼の口から出る退屈な自己紹介なんかより、私は彼の肉体そのものをはるかに欲していた。 彼はいつも特殊な匂いを漂わせ

      • 強い女の子

         私は笑っちゃうほど強い。この前駅で女の人にぶつかりながら歩いているおじさんを見かけたので、走って追いかけていって腕を掴んで「ぶつかったんだからちゃんと謝ったほうがいいよ」って声を掛けるとおじさんは私の手を乱暴にはらって「うるせえよブス」って言うもんだから「おっさん誰に向かって言ってんだよ」って言い返したらおじさんはよく聞き取れないことをごちゃごちゃと呟きながら足をもつれさせ逃げるように去って行った。「まぁお姉さん強いのねぇ」と通りがかったおばあさんが褒めてくれたので気を良く

        • 更新する彼女、道具としての僕

           彼女と最初にセックスをしたのは代々木上原にあるマンションのゴミ捨て場だった。行為後、彼女はパンストの伝線をチェックしながら、このマンションは元カレと4年間同棲していたマンションだと僕に教えた。なんて人だ。  19時  代田橋駅  南口にて  仮に第三者がこの事務的なLINEを覗き見たとして、僕らの関係に気付く人はどれほどいるのだろうか。帰宅ラッシュの京王線で6歳上の彼女が住む街へと向かいながら、今日もまた道具で終わるんだろう、と憂鬱になる。  1月終わり頃、僕の30回

          これはダンスではない

           ぐちゃぐちゃ考えて小難しい文章ばかり書いているから眠れなくなるんだ。彼女はそう断定した。わたしの書く文章はそんなに難しくない。考えごとをする時間だって少ない。仕事を終えて家に帰ってごはんを食べて口をあけて薄ぼんやりしているだけで夜中になる。困ったものである。もっとものを考えたほうがいい。  わたしはそう思う。思うけれども、彼女に比べたらたしかに多少はものを考える人間だとも思う。彼女はおおむね「気持ちいい」「気持ちよくない」で人生の道筋を決めている。学生の時分には光る水着み

          これはダンスではない

          やがて僕たちの星は天使で満たされて

           どこかの国のことわざで、話している途中でふと会話が止まることを、「天使が通る」という。  話題と話題の繋ぎ目、思わず言いよどんでしまったとき、言葉が尽きた瞬間、お互いにちょっと気まずい時間が流れて、「ああ、天使が通ったね」と目配せして笑う。  その言葉をうのみにすると、ぼくたちの生活のなかには、たくさんの天使が行き交っていることになる。初めて両親に挨拶する恋人たちのあいだを。気だるい身体を送り届けるタクシーのなかを。久しぶりの電話で話し疲れた瞬間を。  ある日、夢にあ

          やがて僕たちの星は天使で満たされて

          真夜中のビター・スウィート

           バレンタインの夜、絶対にかけてはいけない人に電話をかけた。  「もしもし」  聞き慣れた低い声が聞こえたとき、驚いて思わずスマホを落としそうになった。  夢にまで出てきた愛しい人の声が、はっきりと耳奥に響く。  唇の動きまで、想像できそうなほどに。  「……絶対、出ないと思った」  声が震える。言葉をつなぎたくても、脳の奥がじんとしびれて舌が回らない。  「君と話したくて、待ってたんだ」  時計の針はもうすぐ12時をさす。バレンタインが終わる。  テーブルの上に

          真夜中のビター・スウィート

          夜が終わり切る前に

           彼の予約してくれていた店は小さなスペインバルで、私達は二人用のテーブルに向かい合って座った。彼とはずっと昔から知り合いだったけれど、人気者の彼のまわりには決まっていつもたくさんの女性たちがいたので、彼とちゃんと話したことは、これまでに一度もなかった。ふと、女性たちの監視の目が緩んだ隙に「今度、ご飯でも行きましょう」なんて挨拶代わりに言い合うことはあっても、それは単に、大人同士の社交辞令に過ぎず、きっとみんなに同じように言っているんだろう、そんな風に思っていた。  だから2

          夜が終わり切る前に

          「食事が出来た」と知らせる機械が、僕を呼ぶ

           サービスエリアのフードコートでチャーシュー麺を待ちながら、回りくどく話す母親の電話にイラついてしまったことを反省する。  静岡に住む叔父が体調を崩してからというもの、母親からかかってくる「時間があるなら顔見せに行ってあげて」という電話を煩わしく感じていた。「なに、そんなに叔父さん悪いの?」と聞くと「そんなことはないみたいだけど、最近会ってないでしょう」と返される。  そもそも僕は、母親の兄である叔父のことをあまり良く思っていなかった。小さい頃は親に連れられ、叔父の家に行

          「食事が出来た」と知らせる機械が、僕を呼ぶ

          旅がわたしを眠らせる

           屋根の下で眠りまともな食事をとり好きな仕事をして誰に殴られることもなく暮らしている。そのような現実をわたしはあまり信じていない。それがわたしの現状だと理解してはいる。同時に、どこかで嘘だと思っている。職場に行けば席があり、家に帰れば鍵が開き、道は行き先に通じている。それは現実と呼ばれている。けれども、わたしにとってはひとつの仮定にすぎない。わたしはそのように寄る辺ない。覚えているかぎりずっとそうだ。  どうしてか知らない。花粉症であることと同じような、持って生まれた体質だ

          旅がわたしを眠らせる

          目を開けたら、魔法のように、2人は。

          目を開けたら、魔法のように、2人は。 体温計を口にくわえながら、最後にした会話を思い出していた。 あのときの吐息を覚えている。それはため息に近いのだけど、どちらかといえばあきれて、気持ちの離れていく音で。 彼女の瞳は、目の前のぼくからピントが外れて、どこまでもどこまでも、離れていって。 体温計が鳴って、この微熱は二日酔いでも恋でもないことを教えてくれる。 「ミケ」 飼い猫に話しかけた。ふっとぼくの顔を見て、すぐ目をそらす。彼女と同じように。 外はぽつぽつと雨が降

          目を開けたら、魔法のように、2人は。

          虎になったインフルエンサー

           李徴がまじすげえカッコで薮の中から現れたから、おれはびっくりしてとりあえず写真を撮りまくった。  「ちょちょちょ、おまえやめろって。ツイッターにアップすんなよ」  「わり。だってお前、新しい服買ったときにはいつも写真撮れって俺に言うじゃん」  アップしようにもここは電波の届かない深い山の中だ。人里の明かりが山の辺の向こうにちらちらと燃えている。  「何、お前、そのカッコ。とりあえず配信した?」  「してない。お前にしか言ってない。肉球ツルツルして、スマホもうまく掴めないし」

          虎になったインフルエンサー

          クリスマスだからって全部許されると思うなよ

           「もっと甘えていいんだよ」  彼はいつも私にそう言うのだった。  彼は今から10年前、私がまだ二十歳になったばかりの頃、ほんの一瞬、私の恋人だった。当時のアルバイト先だったカフェのオーナーで、私より15歳年上。でも、そんなことを感じさせないほど屈託なくよく笑う、少年のような人だった。なのに不思議と、背伸びして大人ぶる同い年の男の子たちより、はるかに大人に見えた。  彼がいくら恋人であったって、もっと甘えていいと言われたって、あの頃私には、その方法がまるで分からなかった。

          クリスマスだからって全部許されると思うなよ

          三十路で出会う趣味は尊い

           久しぶりに同年代の友人たちと会う機会があったので、レモンサワーを片手に「30歳以降に出会いハマったもの」をみんなに聞いてみた。  というのも、僕は仕事に限らず苦悩や努力するほど熱中しているものがないのが長年のコンプレックスなのだ。10代の頃からさまざまな趣味にタッチしてきたが、結局ベースはリサイクルショップに面倒見てもらったし、一眼レフは試し撮りだけして物置に眠っている。自分は飽き性なのだと痛感してからは、チャレンジすることすらしなくなっていた。でも、なんとなくなにかを始

          三十路で出会う趣味は尊い

          自由落下の恋人

           落下は重力に依存する。重力にのみ依存するものを自由落下と呼ぶ。空気などによる抵抗がゼロの状態で落ちていくことを指す。美しい熟語である。でもそれは概念にすぎない。体験することができない。空気がなく重力のある環境などまぼろしである。落下の感覚が好きな人間の多くは遊園地にあるような装置をはじめとする遊びで満足するが、なにしろそこには空気があるのだ。より純粋な落下を指向する人間はだから、物理的な落下でない体験でその感覚をつきつめようとする。  そこまで感覚的なよろこびを追求する人

          自由落下の恋人

          夜中、猫についていってみると

           私、菊池良はフミナーズの原稿に何を書くか思案していた。今日が締切当日で、日も落ちて外はすっかり暗くなっていた。タイムリミットは刻一刻と近づいている。しかし、何も思い浮かばず、自宅の仕事部屋でパソコンの前に座って途方にくれていたのだった。周囲をペットの猫がうろちょろしている。  「何か面白いことはないかねえ」  傍らの猫に話しかけると、「ありますよ」と返事が。  「ついてきてください」  そう言う猫のあとを追いながら、私は「どうせ、プレステ4でしょ」とぼやいた。面白い

          夜中、猫についていってみると