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小説書いてみました。第四話

今、意識のある時間軸。過去でも未来でもない。一秒間という間に70回と同じビートを刻む鼓動。このすべてに過去に作られた意識などが関係なく平行に交差して存在している。その時の心情。そして想いは言語や音楽を通じて、昔から受け継ぐ。更にはそれを通り越して新たなる物の創造を行う。

 時間軸で表すことのできる過去。それは、自分の世界に取り込むことによりその世界観に入り込める。それは、4次元、5次元的空間におけるタイムスリップではなかろうか。更には、自分で世界を想像しそこにいろいろな生き物や存在、事物を活かすことができるそれは、音楽という高次元的生命体と魂という高次元的生命体のハーモニーが世界観を創造しているのではなかろうか。次元と時間そして、音楽には奇妙なほどに相似点が散りばめられいる。

 そんな事に思い耽ていても、人の脳というのは空腹を感じる。生きるための先人たちの礎、果たしてそれは今必要なのだろうか。そんなバカな事を考えながら手際よくカップラーメンを棚から出し、鍋に水を入れて火をつける。このじれったい時間。Aは嫌いではなかった。ぽつぽつと気泡が目立つようになってきたのを見て、容器をコンロの傍に起き沸騰していないだろうお湯を入れる。そこからまた三分間という時間を要求され、頭の中は考えでいっぱいになる。「一体なぜ、あのおじさんは俺に構うんだよ。こんなめんどくさいこと、ごめんだ。」あのおじさんの行動は、どうも不可解。何のメリットがあり、ただのAのような高校生にちょっかいをだすのか。

 その日また夢を見た。何もない暗闇。しかしそこには確実に何かの存在がいる。奇妙な生き物たちは聞き取ることのできない音楽を聴きながら動きを、合わせている。「俺も仲間に入れてくれないか。」と呟き連中の中に入るが、合わせることしかできない。自分が楽しむことができない。それを続けていると自分だけが更に黒くなる。周りとはかけ離れ黒くなり、やがて日陰となり存在が集合体の意識から消される。

 はっと目が覚めた。今のは何だ。どんな意味があるんだ。急いでベットから飛び起きて椅子に座り乱雑にノートへと書き込む。見たものすべてを書こうと自然と手が速くそして荒くなる。気づいた時には、ノートの原型など残っていなかった。答えは一体何かなんかわからない。仮にあれが発問だとしても答えられない。不思議なことにこれと同じような夢が数日間続いた。その夢は過去の記憶の産物なのだろうか。それとも、日々の劣等感から作り出したのか。1つ言えることは、夢は夢のままで良い。現実など夢でしりたくもない。

 

 日曜日私は、とある音楽大学の奏楽館に来ている。チケットを取得した時の記憶は鮮明ではない。気づいたら、手元に今日のチケットがあった。それだけ、魂が音楽を求めたのだろう。欲求不満が私をこうさせたのかもしれない。演奏する作品は、フランツ・リストから「les preludes」だ。この曲の始まりは、弦楽器による不穏な雰囲気から始まる。しだいに金管楽器がうまれたことへの称賛をするべく華やかに歌う。Aは確信する。音楽はやはり時間をも越した高次元的な存在だと。リストは「les preludes」も死によって奏でられる未知なる物への前奏曲だ。という想いを込めた。第一部は。弦楽器による不穏さ。それは、生まれてくることで背負わなければならない死への恐怖という宿命。その音を聞いた時、リストの思い。それが情景として脳内で浮かび未熟ながら共感をしてしまう。これが意味することそれは、やはり音楽は時間をも超越する高次元的事物だということだ。音楽という高次元的事物と、生物の心の奥底に存在する魂という同じく高次元的存在が調和しハーモニーを作ることで新たなるユニバースを形成し、中にへと入り込む。その瞬間それらは創造主という道を確立するのだ。これは、危機感を覚える事にもなった。世の中には、様々な魂が交差して存在しているが、それらに触れ合わない事にはハーモニーは築かれない。すなわち、自分自身の確立が難しくなり依存的になってしまう。Aは思う。「世の中には存在してならないものはない。否定的というのは依存的である。

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