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アルバムを利く〜その3

THE WHO 「WHO ARE YOU」1978年


このアルバムをリリースした直後に名物ドラマーのキースムーンは死んでしまったのでファンには忘れられない作品である。しかしアルバムとしての評価は高くない。バンドの中心的ソングライターであるピートタウンゼントもこの作品をあまり評価していないようだ。
だけどぼくはこのアルバム、最高傑作だとは言えないけどけっこう好きだ。何枚かあったザ・フーのアルバムはみな手放してしまったけど、何年か前にふと聴きたくなってこのアルバムは買い直したのだ。
①new songはフーらしい勢いのあるど派手なナンバー。この頃キースムーンはかなり不調で(そしてそこから回復することなく亡くなってしまった)ドラムを叩いても精彩を欠くことが多かったという。たしかにそれは事実だったのだろうけど、この曲でのキースは彼らしい走りまわるようなドラムを叩いていて違和感は感じない。前進する姿勢みたいなものは感じられないけど。
「新しい歌を」というテーマは新しい世代であるパンクスたちがロックシーンに登場したこの時代にふさわしい。パンクスたちへの解答はこのアルバムのテーマである。
「オレたちは新しい革袋に古いワインを入れんのさ!」という歌詞は新約聖書の「何者も新しき酒を古き革袋に入れじ」という文句のもじり。引用ではなく意味をひっくり返すのがいかにもオリジナル・パンクスのピートタウンゼントらしい。
②had enoughと③905はベーシストのジョンエントウィッスルの書いた曲。この二曲は挫折した企画「ライフハウス」用のものなのかな?でもこのアルバムの流れの中にうまく収まっている。ジョンの曲はずっとアルバムの中で「ヘンな曲担当」という立ち位置だったけど②はまるでピートが書いたみたいなザ・フーらしいロックナンバー。大げさなストリングスはパンク世代にはおっさん臭かっただろうけど、上品なバッキングトラックをバンド全体でぶっ壊してくような演奏がじつにザ・フーだと思う。曲の最後にこのアルバムのキーワードのひとつ(だとぼくが思う)「世界の終わり」という言葉が出てくる。
③はボーカルもジョン。シンセサイザーのシーケンスに乗せてアコースティックギターのリズムが入るこの曲は名盤「who's next」の中の「going mobile」を思わせる。そこはかとなく漂う詩情がぼくは好きだ。試験管から生まれた人工受精ベビーの少年を歌ったSFソングだがこれを均質的な生活を送る都会の少年の比喩として読めば
パンクスへのメッセージというアルバムのテーマと響きあってくる。歌詞の後半に出てくる「開かれた扉」はこれもキーワード。
④sisters discoは当時流行っていたプラスチックソウル(まがいもののソウル)なディスコソングに「あばよ!ディスコねえちゃん!」と別れを告げる歌。エンディングに奏でられるアコースティックギターの必然性はよくわかんないけどピートらしくて聴いていて嬉しくなる。
⑤music must changeはちょっとジャジーでちょっとブルージーなフーには珍しい曲調。キースはハチロクのこの曲のリズムを叩けなかった。その時にキースは「でもオレは世界一のキースムーンスタイルのドラマーだ」と言ったという。ぼくもキースの言ったとおりだと思う。とにかくキースはこの曲を叩けなかった。この曲にドラムは入っていない。「音楽は変わらなければならない」と「音楽は開かれた扉」という歌詞はこのアルバムの芯となるテーマ。


ジョン作の⑥trick of the lightは売春婦との一夜という、アルバムのテーマとは関係ない曲。ちょっとした気分転換、といった感じかな。でも「ねえちゃん、オレと一緒にここから抜け出さないか?(Lady of the night, won't you steal away with me?)」という歌詞はアルバムのテーマのひとつである「世界の終わり」からの脱出をほのめかしているようにも聞こえる。
⑦guiter and penは直接的にパンクロックのミュージシャンに向けられたメッセージ。「キャデラックに乗って」という歌詞は①new songにも出てくる。ここでのキャデラックはロックスターとして成功することの象徴。①ではザ・フーのメンバーが乗っているが、ここでキャデラックに乗るのはパンクスたちである。
そしてアルバムの最後は名曲⑨who are you。たしかに名曲だが歌詞は酔っぱらいのタワゴトのようではっきりと何を言っているのかわからない。たぶん英語圏の人たちも歌詞は聞き取れても何について歌っているのかはよくわからないのではないかと思う。きっと作者のピートにしかわからないことなのだ。わからないけど、パンクスたちの台頭に対して苛立つピートの気持ちは伝わってくる。
中間部で音がシンセサイザーだけになってピートの声が「フーアーユー」というコーラスを繰り返す部分がある。ここ、よく聞くと
「who are YOU ARE WHO are you」
と言っている。「フーアーユー」は「お前は誰なんだ?」という問いであると同時に「お前がフーなんだ」という答えでもある。
「世界の終わり」はザ・フーというバンドの終焉である。このアルバムと「who are you」という曲はザ・フーの遺書なのだ。ピートはパンクスたちに語りかける。ザ・フーの世界が終わっていくとき音楽という開かれた扉を通ってフーの衣鉢を継ぐのはお前たちなんだと。
「who are you」という曲はたしかに名曲だけど
ベスト盤で聞いてもこの感じは味わえない。「who are you」というアルバムを通して聴いて感じられる物語がある。だからぼくはこのアルバムが好きなのだ。
結果的にキースムーンという持ち出し禁止のドラマーを失ってもザ・フーというバンドの歴史は終わらなかった。ふたりだけになったピートとロジャーは今も活動を続けている。何年か前には新しいアルバムだって出した。だがそれはまた別の物語だろう。大切なものを失ってもなお、ガタガタ言いながら進んで行くというのもまた実にこの人たちらしい。



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