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地球の歩き方は無教養@タイ

微笑みの国タイ

『気球の歩き方』『ロンリープラネット』に記載されている
チープな言葉は知識にもならずより深く知ることができない!

ってことでnoteを書きます!!

3度目のタイに行ってきました!
タイは何度でも行きたくなる国で
本当に魅力に溢れた国

タイに行ったことがある人なら
微笑みの国と感じるでしょう。

行ったことがない人でも
微笑みの国タイ
ってフレーズは聞いたことがありますよね

実際に公式サイトで検索してもヒットし
タイの旅行記事を読んでもたくさん出てきます。

でもまずはかなり時代を遡ってみましょう。


Land of smiles

これは一部の西洋人が呼んでいた言葉です。
そもそもアジアを『微笑みの国』と呼んでいても
最初はタイのことではありませんでした。

『Das Land des Lächelns』

オーストリアの作曲家レハールが1929年に公演したオペレッタ
舞台は中国の宮殿で東方趣味的な作品です。
これの英語訳がLand of smiles

最初は中国のことを呼んでいたのです。
そしてアジア人ではなく西洋人が使っていたことが重要です。

まだ移動手段が発達していない時代、
西洋人は船で中東やアフリカに行っていましたが
汽船航路が発達してユーラシア大陸に興味を持つ人が増えた。

アフリカや中東は多くの西洋人が
あまり良くない環境にしかめっ面、「怖い」イメージでした。
しかしユーラシア大陸の東にはニヤニヤした奴らがいると
知られるようになったのです。

最初は今のような言葉の意味はなかったのです。


最初に呼んだのはイギリス人!?

数年後イギリス人W.A.R Woodが
1935年に「Land of smiles」を出版します。
それから『微笑みの国タイ』と呼ばれるようになりました。


では日本でのタイは?

日本でタイ=微笑みの国になるのは70年代頃。
大阪万博の盛り上げ役として16頭の象がタイからきて
神戸港から会場までなんと歩きで移動しました。
それによりタイの人気が右肩上がりに!!!
それから両国の交流が深まり、
タイ=微笑みの国となりました。


このキャッチフレーズ知っていますか?

『タイは、若いうちに行け』

今となってはわざわざ言うか?と感じてしまうほど
若者にも浸透したタイ旅行

1996年から1997年にタイ国際航空がいしだ壱成さんを起用して
キャンペーンをした時のキャッチコピーです。

このフレーズを知ってる人は40代くらいでしょう。
note愛用者にはピンとくる人も少なくないはずです。

このキャッチコピーを聞くと当時は若者に人気がなく
ってことは女性にも人気がなかったのだろう。

バッグパッカーやおじさんの行く国だったようだ。

キャンペーンをしただけではそんなに人気にならないでしょって
思って調べてみると

僕の大好きな
『沢木耕太郎さんの深夜特急』
『電波少年のヒッチハイク企画』

何回も読み直し、旅に行くときはマストアイテムだ。
深夜特急が出版されたのは1986年

ガイドブックとしては不向きだが
当時の事情を知ることができるし
何より読んでいてどんどん吸い込まれる。

深夜特急がテレビドラマ化されたのは1996年

そして

今でも活躍している人気芸人が多数出ていた電波少年
猿岩石さんがヒッチハイクをしたのも同じ1996年

これを機にイメージが変わったのか分からないが
少なからず影響していると思う。

そして2018年では過去最高の160万人がタイを訪れています。


なぜいつも笑っているのか?

普段から笑顔を絶やさないタイ人
細かいことを気にしない、優しく温厚な性格

彼らの大好きな言葉が3つあります。
マイペンライ=問題ない
サヌック=楽しい
サバーイ=心地よい

この3つが大好きなことから笑顔を絶やさない訳が伺えます。

タイ人は悪いことが起きると
「これ以上悪いことは起こらないから笑おうよ」
という理由で、笑みを浮かべるそうです。
そしてそれは子どものときから教育されています。
笑うことが文化になっているのです。


ではタイ人は怒るのか?

さすがのタイ人も怒ります。
タイ人にこんなことを聞いたら
ムエタイばりのキックをされるでしょう。

怒るのは国王と仏教

ちなみに日本人よりも怒ると超怖いです。

国王や仏教を馬鹿にすることは超絶タブーです。
日本人の感覚では考えられないことですよね。

そしてミャンマーを嫌うタイ人もいます

観光客に人気の
アユタヤ王朝はビルマによって滅ぼされ
仏像を破壊しまくりました。


まとめ

Let's go Thailand



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