さよならスローガン。

―野島さんって、会社辞めたんですよね?
やめたよ。

―で、なんで会社辞めたんですか?
人の夢を借りて、夢を見られるようになったからね。

―なに言ってるんですか、後輩呼び出して。
まあ、簡単に言ってしまえば俺、地元では神童だったわけよ。

―はい、いったん聞きましょう。
特になにもしなくても日能研のトップクラスに入れて、御三家に進学できたわけよ。早稲田には特待生として入学したし。
で、刹那的な楽しさに身を任せてたら、特待生の資格を剥奪されて。

―無様ですね。
そしたら、急に虚しくなったわけ。俺なにやってるんだろうって。親の金で大学まで通って、一応は受験勉強とかそれなりに頑張ってたのに、その成れの果てがこれかって。
俺って誰の、何の役にもたってないじゃんって。

―いわゆる大学生が、人生に意味意義を探し始めるってやつですね。ぼくもニーチェとか読んじゃってました。
それで、このままじゃダメだと思って何か行動しようってなったわけ。友人が子ども向けのワークショップやってるからって手伝ってみたり、学生団体つくってみたり。
で、そこで今でも親しい恩人に出会ってるのよ。

―先の話が見えないですが、このまま聞きますね。
まぁ付き合ってよ。当時の俺って、学生団体とかやって、早稲田特待生で。いわゆるイケてる学生だったんだけど、その人に完全に鼻を折られちゃったわけ。で、そんな恥ずかしい自分を隠そうとしてたら「もう逃げるなよ」って、正面切って言われちゃって。
なんでこの人、こんな自分に一生懸命になってくれるんだろうって。土足で人の人生に踏み込んでくるんだろうって。
そこで、俺の人に対するスタンスが固まったのよ。俺もこうありたいな、カッコいいなって。

―野島さんって、人の人生に土足主義ですもんね。
そうね。でも、それでも自分自身がどう生きていったらいいかって分からなくて。やりたいことって何なんだろうって思ってたわけ。
そんなときに伊藤さん(スローガン社長)と出会ったのよ。

―ついに、伊藤さん登場ですね。どんな話だったんですか。
素直に相談したわけ。「やりたいことがわからないです」って。
そしたら「そんなの当たり前じゃん、働いたことないんだから」って返された。

―ヤバいキャリア相談ですね。
でも、当時の自分はその通りだよなって。働いてないんだからわからないよなって。

―素直の鏡じゃないですか(笑)
じゃあ、インターンでもしようかなって思ったんだけど。なかなか、それでも踏ん切りがつかなくって。
その時、たまたまスローガンのインターン採用説明会があって。最後にアンケートが配られて「情報を希望します」「選考を希望します」って二択があったわけ。

―懐かしいですね、その二択(笑)。
でしょ(笑)。いつもなら、選考とか受けたくないしって「情報を希望します」なんだけど、このままじゃいつまでたっても自分は変えられないなって思って「選考を希望します」に丸つけたのよ。

―ほぉ!そしたら?
めっちゃすぐ電話かかってきて、面接に来いって。

―まあ、そうなりますよね。
そしたら伊藤さんといきなり面接で。なにやれんのって聞かれたから、「営業ってガラじゃないし、俺って賢いキャラだからメディアでもやります」って。じゃあ、いつから働けんの?って話になってすぐにインターンとして入ったわけ。

―すごいスルって入りましたね。
そう、そしたら入社2日目に営業になった。人が足んないって。

―笑。
でも、当時の自分にはガムシャラになるものが必要で。
人の学びとか、人材開発ってものに興味が湧きはじめてたから、当時、東京大学大学院にあった人材開発・組織開発系の研究室に入ろうとしたのよ。そしたら、推薦状までもらってたのに、受験料払い忘れて。

ーは?
そう、当時の俺は郵便局が15時に閉まることを知らなかったのよ。
で、泣き崩れた。

―またも無様ですね。
そうなると、もう頑張るしかないじゃん。やりたいとか、やりたくないとかってことじゃなくて、とにかく頑張るしかないって。俺にはこれしかないって。で、頑張ってるうちに営業としても成果が出せるようになってきて。仕事面白いなって。

―じゃあ、結果オーライだった訳ですね。
で、ある日、伊藤さんと神田で味噌ラーメン食べてたら「Tさんは入社決めたけどね」って言われて。

―同期のTさんですね。
じゃあ俺もってことで入社を決めたのよ。
伊藤さん曰く「入社していいとは言ってない」らしいけど。

―で、晴れて中退して入社したわけですね。ちょっと話長そうなんで、飲みながらでもいいですか。
なんでだよ(笑)、まあいいよ。

―失礼しました、どうぞ。
そうそう、それこそ入社して1年目のときに溜池山王で飲んでたときに「野島、一人暮らししたかったよね」って話になって。
「京都いってこい」って。片道切符の出張が決まって、そっからは京都。

―いきなり(笑)さすがベンチャーっていったら怒られそうですね。
でも、まあそれが楽しかったわけ。経験もない、想像もできないところに飛び込んで。そこで必死にもがいて。
俺、仕事してるなって思えたのよ。色んな人との縁もできたし。

―謎のバー通いとかしてましたもんね。
まあ、それはいいんだけど。京都に最初にいったときも、はじめて学生向けにセミナー開いたときに、「今日、京都支社だすことになりました!オフィスないけど、インターン募集します」って言ったら。なぜか5人も、希望者がでちゃったの。自分で募集しててなんだけど、マジかよって。
そのなかにいた一人は断ったんだけど、なぜか断ってるのに、諦めてくれなかったから「立ち上げのタイミングにはこういう精神が必要だ」って採用することにして。結局、そこから二人採用して。
ほんとに、自分ひとりじゃここまで頑張れなかったって経験が沢山あって。

―なんだか、急にいい話ですね。
そのときのメンバーはいまでも戦友で、一生関係が続いてくんだって思うよ。

―ここ揚げ餃子がうまいんで、どうぞ。
おう。

―で、その後、東京に戻ってくるんですよね?
まあ、このままずっと関西にいるって考えじゃなかったし、次のチャレンジもしたいなって思ってたから。
で、イスラエルいったり、お世話になってる社長のカバン持ちして働いたり。

―なぜか、スローガンのお金でインターンしてましたよね(笑)。で、なんでそんなお世話になったスローガン辞めることにしたんですか。
冒険をしない理由を探し始めちゃってたんだよね。結婚もして、そこそこ社内でも重宝されていて。そしたら、だんだんと冒険することが怖くなってきて。
せっかく好きで入ったスローガンなのに、スローガンに残る理由を探し始めちゃってたわけ。

―よくわからないですけど、野島さんはスローガンでよかったんですか?
よかった。スローガンを選んでよかった。この人の夢を追っかけたいって心底思えたからこそ、冒険することができたし、自分のやりたことも見えてきたわけだから。

―その、野島さんがやりたいことって何なんですか?
やりたいことがあって会社を辞めたわけじゃなくて、会社を辞めたらやりたいことが見えてくるんじゃないかって楽観的だったんだけど。
正直、パッとは言葉にならなくって。仕事に夢中になってイキイキと働く人を増やしたいなって。

―正直言っていいですか。なんだか、ショぼいですね。
そう、恩師にも、なんだそれクソだなって言われて。そんなことお前じゃなくても言えるじゃんって。
お前の10年間はなんだったの?お前だから語れるオリジナリティのある問題とか、仮説、解決策ってないのって。

―そう思います。
そうやって考えてたら、「やりたいことがない」ってのが当時の自分みたいに、いまの学生や若手社会人のペインなんじゃないかって。
やりたいことがないからって理由で、みんな最大公約数的な、リスク回避的なキャリアの意思決定をするけど、それじゃ頑張れないよって。いつまで受験気分で意思決定してんのって。マッコリ飲む?

―飲みます!なんか、ノッてきましたね。
こいつホント優秀だな!って学生って毎年いて。そういう学生と数年後に再会したときに、ガッカリすることもあるわけ。「仕事で貯めた金を、溜めたストレスの発散につかってて金ないです」って。おい、マジかよ!って。
いまのキャリアって、危機感は煽るくせに希望がないじゃん。仕事なくなりますよ、だから市場価値をあげたほうがいいって。でも、市場価値あげるだけじゃ頑張れないわけよ。

―ほう。
みんな市場価値をあげるために、業界とか職能に対する適性や志向性を探すけど、自分のレベル上げっていうモチベーションには限界があるじゃん。
俺もそうだったけど、限界突破するには、他人の責任も必要だなって。スローガンの看板汚せねーな。京都支社立ち上げなきゃって。そうしたら仕事って楽しいわけよ。

―なんだか、立派な人に見えてきました。
でしょ(笑)。じゃあ、楽しく仕事するには、どうしたらいいのかって考えてたんだけど。そしたら、あんまり仕事の中身って関係ないんじゃないかって。

―ほぉ。
これ、いま一緒に仕事している米田さん(元・JT執行役員)に聞いてハッとしたんだけど。「自分で考えて、行動して、成果が出る」、この3条件が全て揃うと、どんな仕事も面白いじゃないかって。でも、成果が出るまでは少なくとも3-5年はかかるわけじゃん。それが自分のスキルアップだけの動機じゃ踏ん張れないって話。多くの人は、そんなに辛抱強くないし、頑張れないよ。

―でも、そうすると選べなくなっちゃいますよね。好きを仕事に!みたいな安っぽい話になっちゃいません?
もちろんトレンドとかは大事よ。でも、この人たちと一緒だと楽しいな。この組織のためなら精根尽きるまで頑張れるなって。そういう組織、仕事選びでもいいんじゃないかって、そう思えてきたわけよ。
結局、突き抜けた人たちって自分自身のコアがあって、それと会社・事業とを結びつけながら無我夢中に仕事してて。その原動力って、チームのためにとか、ミッションのためにとか、そういうドライバーの方が大きいよ。
とくに最後の1年間、米田さんと一緒に仕事して心底そう思った。社風とか、理念とか、改めてそういったものに立ち返ったわけ。

―なんとなくやりたいことってのがが分かってきましたけど、具体的な話ってあるんですか?
いくつかご縁で手伝うことになったり、進んでる話はあるけど。まあ、あとは流れに身を任せてって感じかな。

―急に旅人なモードですね。
これまでの人生も面白かったよ。ただ、これまでだけが自分じゃないなって。過去の経験からつくられた思考より、もっと直感的な好奇心に従った方が面白くなるんじゃないかって。だから勇気をもって考えないことにした(笑)。
そういえば、この前、野島っていうポケモンカードをつくるとしたら、どんな感じって話になってさ。そうしたら「どきどきわくわくおじさん」だった。

―なんすかそれ(笑)
いつも好奇心に踊らされていたいじゃん。
そろそろ帰るわ。割り勘でいい?あと領収書ちょうだい。

―・・・・・


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