「上を向いて歩こう」

いつもの帰り道、少し変わったことがあった。夕食の材料を買って、自転車をこいでいると、あの有名な「上を向いて歩こう」という一節が、聴こえてきたのだ。

聴こえてきたのは、大人の男性の、深くて、かっこよくて、味があって、そんな歌声だった。前を見ると、リズミカルに杖をつきながら、こちらに向かってくる人がいる。

グレーの中折れ帽に、同じ色のスーツ。大学生の私がスーツを着ても、どうしても背伸びして頑張っている感が出てしまうものだが、その男性の体には、スーツがぴったり馴染んでいた。

男性の年頃は60代というところだろうか。長年勤めていた会社をやめ、今は自分の好きなことを楽しんでいます、というような雰囲気だった。


彼を見て、顔は全く似ていないけれど、自分の祖父のことを思い出した。


前を向いて、私の方など見向きもせず、通り過ぎていく男性に、私は称賛の意味を込めて、ほほえみを向けた。

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