ショートムービーを作ってから・・ぼっちの世界。ぼちぼちと・・

なぜだか、アニメーションを見るようになった。それは、音響効果の入れ方、BGMの入れ方など、勉強になるから・・。

オレンジディズの冒頭部分だけみて、音楽の挿入方法。などなど、アニメにしろ、ドラマにしろ、いままで、シナリオの流れ、画像の美しさ、内容で、感動していただけだが、それが、一作品として作られる、作業工程なども、なんとはなしに、想像、というか、思い描くようになった。

音の入れ方、このときの導入部分は、この音楽、曲調により、緊迫感がどんどん増す様子。一難去ったときの、曲調。などの違いにより、かなりの効果をあげていることなど・・。音と音とのミックス、音を重ねる、音をずらす、音を繰り返し、大から小、小から大、そしてスピード調整。など、目にみえないところの苦労、というか職人技のようなものをひしひしと、感じ取るようになった。

ショートムービーの前のスライドショーは、知人に送ることができ、いい反応がでました。それだけでも、うれしかった。

とても、手前みその素人のスライドショーと、アニメ、ドラマ、映画は、比べようもないが、とりあえず、自分でやってみること。自分のできる範囲内で、自分の色を加えること。自分らしさが出れば、それでいいのではないかと。

もう歳だから、あまり無理はできないし、また、なにか、これはと、思い立ったものを、作品として残しておこうと思った。高望みはしない。実験的でいいのである。実験を繰り返して、まとまりそうであれば、まとめる。

健康であること、興味をもつこと。ただそれだけでいいのであった。

物事が、違う視点から見ることができるようになったのが、最大の成果のような気がする。

人を理解する、文句をいう前にその人の裏の労苦を考えろ!!と・・。結局、あまり考えすぎて、何にも云えなくなって。マスクがここで、ドーン、カーンか。何があっても、我慢するしかない。消えるしかない。まあ、人間なんて、つまらないものだし、自分自身なんて、もっとつまらない、ゴミクソ!!という確信が・・。

今回、きっかけが、危機をむかえると、なにクソ!!と思うところから、何か作品につながったり・・。絵にしろ、その他もろもろ・・。限界を見極めた上で、まあ、ここで妥協しようというのが、いつもの自分流。所詮、金にはつながらぬ、ただのボランティアだったり、自己満足であったりするわけでして。でも、そこには、点のような。ご縁でもなく、自分というものを作品を通して知ってもらえる、数少ない人々。それを積み重ねるだけなのである。正体不明の幽霊は、幽霊でしかないが・・。点、点点点。

執着しない、流れる水のように・・・。

歳よりには、学習は無理でも、「楽習」はよろしいと、生涯学習の極意の言葉をふと思い出す。



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