山形県山辺町を踏破<日本全市町村踏破>

前回の記事の通り、8月11日夜、河北町で肉そばを食べた後、再び南下して、未踏の東村山郡山辺町へ向かう。

山辺町は、その名の通り山の裾野で、山形盆地を見下ろす位置にある。町役場付近からは、山形市の夜景を望むことが出来た。市街地の高層ビルも見える。

このあたりから、町西部の山中に入った。前々回の投稿に書いた白鷹山の麓に、大小の湖沼があって、一帯が「県民の森」になっており、湖畔に無料のキャンプ場があると聞いた為だ。そして、深夜、そのキャンプ場の駐車場に辿り着く。

……八月お盆の連休だというのに、駐車場には一台の車もなし。人気も全くない。人気がないのは静かで結構なのだが、沢山の「熊出没注意」ののぼり。さらには「熊目撃情報」の看板。

なるほど、誰もキャンプなんてしない訳だ。寝てるところを熊に襲われたのでは、ひとたまりもない。いかに若い頃山岳遭難し、無人駅、オブジェ、電話ボックス等、数々の荒くれた宿泊を経験して来た私とは言え、流石にこれはヤバイということで、撤退。

これだけしつこく熊出没注意ののぼりがあるところでは、車中泊さえ躊躇われたので、別の場所に移動した。霧も濃く、すぐそばに熊がいても分からないので、車から降りることすらせず、そそくさと撤退。おかげで、写真を撮るのも忘れてしまった(苦笑)

県民の森から一旦町の中心部まで引き返し、もっと北の方の、同じく山の中にある、玉虫沼という変わった名前の沼の畔に移動したところ、トイレ付き駐車場があったので、そこで車中泊することにした。

このあたりには熊出没注意ののぼりもない。実際のところ、大して距離が離れている訳でもなく、のぼりがないのは単に来訪者数の違いでしかないだろうが、流石に本州に住むツキノワグマ程度では、車の車体を壊す程の膂力はないだろうと思い(十年程前、岩手の山中で、熊に襲われた老人が柔道技で投げ飛ばしたというニュースもあった)、ここに宿る事にした。

今回借りた車はスイフトであり、車中泊するには車長が足りないのではないかと思われたのだが、後部座席をフルに倒し、助手席を目一杯前にスライドしたら、足を伸ばして寝られる事が判明。結構快適に寝る事が出来た。

それにしても、どうせ車中泊するなら、熊の危険のない平地にすればよく、しかも町の中心部に一度戻ったのに、なぜまたこんなところに行ったのか、筆者は頭がおかしいんじゃないのか、という声もあるだろう。

それは、玉虫沼が特別な由緒を持った沼だからだ。中世、山辺町に山辺城という城があり、そこに玉虫という美女が仕えていた。彼女は働き者で城主や奥方からも気に入られ、炊事を任された。すると、彼女が炊くご飯は美味しいと評判になる。やがて、彼女の人気は、他の女中達の嫉妬を買い、玉虫は蛇を入れて米を炊いているという噂が立った。その噂を確かめようと、奥方が、玉虫の炊く釜を確かめてみると、何と白い蛇がとぐろを巻いている。その夜、玉虫は城中から姿を消し、次の日には、玉虫の遺体がこの沼に浮いていた、という言い伝えがあるのだ。

上に書いた筋書きは、翌朝撮ったこの案内板の内容を要約したもの。伝説というものは、基本的には口伝えであり、話の内容に様々なバリエーションがある。玉虫が釜に入れていた蛇は、神から授かったものとも言われている。また、畔に祀られる玉虫明神の縁日(5月11日)の明け方や、空が澄んで月の明るい夜には、沼に玉虫の姿が見えると伝わる。

そういう訳で、深夜の玉虫沼にやって来たが、玉虫姫の姿はない。もっともこの日は雨だったのだが。なお、玉虫が身を投げた8月13日には必ず雨が降るとも言われているが、ここにやって来たのは、8月12日の0時を周ったばかりの時刻で、一日違い。

こうして玉虫沼の畔で眠りにつき、朝、起きてみると、駐車場は満車。全て釣り客のようだ。

夜には分からなかったが、駐車場から歩いて1分もない、沼に突き出た岬のようなところに、玉虫明神が祀られていた。沼、女性、蛇という要素からして、玉虫姫伝説は、水神信仰が変化したものに間違いないと思われる。蛇は水神と見なされる事が非常に多く、水神は弁才天や宗像三女神など、女神が多い。特に東北には、秋田県にある田沢湖の辰子姫や、福島県にある沼沢湖の沼御前など、女性が大蛇や龍と化して沼の主になるという伝説が目立ち、関連性がありそうである。古くは、蝦夷に蛇体の水の女神の信仰が強くあったのかもしれない。

玉虫明神の境内に立つ沼の堤の改修記念碑には、玉虫沼は六百年前に築造された溜池ということである。溜池も、ここまでの歴史を持てば、水神を思わせるような伝説も生まれるだろう。以前訪ねた高松市郊外の平池は、平安末期の築造で、人柱になった少女の伝説があり、畔にはその像が立っていた。玉虫姫の伝説は、人柱の伝説が変形した可能性もあるだろう。

溜池とは言え、霧に覆われる六百年を経た沼は、神秘的な雰囲気である。水の女神が住まいするにふさわしい。

山形県全市町村35のうち、踏破済34、残り1。

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高橋御山人

神話・伝説 旅と考察

「神話伝説研究家」としての本文。日本全国、ときに世界の神話伝説を研究・考察し、伝承地へ足を運ぶ
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