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小説「ノーベル賞を取りなさい」第31話

あの大隈大の留美総長が、無理難題を吹っかけた。




 行方をくらました中川を探せども見つからず、加えてあの放送が流れてからは受験生の出願がぴたりと止まり、石ヶ崎のいら立ちは極限に達した。中川が暴露した事実を確かめようと、サツマイモ畑に囲まれた晴道学園大のキャンパスには連日多くのメディアが殺到したが、これに対しては幼なじみの足山幹事長から報道各社へ強い圧力をかけてもらい、ようやくさいたま市の田園地帯は平穏を取り戻した。
 ところが、石ヶ崎の心中は平穏どころではなかった。メディアは抑えられても、SNSでは「最低にして最悪の大学」、「Fより下のGラン大学」などと蔑まれるようになり、もはや大学の偏差値向上の夢を絶たれてしまった激しい怒りの矛先は、見当違いも甚だしく、いつしか大隈大に向けられるようになったのである。
 
 初めて「あ行五人組」が勢揃いした大宮の料亭で、石ヶ崎が足山に言った。
「ねえ、アッシー。戦車とかミサイルとか手に入らないかな」
「イッシー。そんなもの手に入れて、どうするの?」
 足山が訊くと
「大隈大の新宿キャンパスを、メチャメチャに破壊してやるんだ。そうしないと気が済まないんだよ、もうっ」
 と、石ヶ崎。
「イッシー。いくら僕が政権与党の幹事長だからといって、そこまでは無理だよ。憲法に戦争放棄を定めている国が、国の中で戦争しちゃあいけないし」
 と、足山。
「そうだよ、イッシー。新宿キャンパスのビルの中には、この僕もいるんだ。いずれ総長の座に就く、僕の大学を壊さないで」
 と、牛坂。
「キャンパス全体ではなく、ターゲットをこれという人物に絞ってはいかがでしょう。たとえば大隈大の代表者である総長とか」
 と、学長の江指。
「それはいい考えだね、エッシー。現総長は上条留美という女で、帝都大の文一を蹴って大隈大に入学したことをいまもなお鼻にかけてるイヤなやつ。晴道学園大のことを小学校以下だときっと思っているよ」
 と、牛坂。
「それでは決まりですね、上条総長を亡き者にするということで」
 と、事務長の押村。
「よし、オッシー。さっそく作戦実行のための精鋭部隊を結成しよう。話が早いなあ、五人組が揃うと」
 石ヶ崎が上機嫌な声で言った。

「スピルギッツ博士へのお手紙を、きのう送ったわよ。あとはアメリカン・エコノミック・レビューへの論文の掲載を待つばかりね」
 大隈大の総長室で、留美が言った。
「それにしても柏田さんと由香ちゃんは、たいへんなお手柄だったわね。ノーベル経済学賞獲得チームの存続の危機を救い、あの泥棒大学を地獄に突き落としたのだから」
「そのおかげで、こっちは目の回る忙しさですよ。連日メディアの取材に応じてばかりで、新しい論文を書く暇もありません」
 と、柏田。
「あなたの名前が売れるのは、大隈大にとってもたいへん名誉なことだわ。ご褒美に、なにかご馳走をしなくちゃと思ってたら、いいアイデアが浮かんだの。ねえ、みんなで忘年会旅行をしない? 冬の味覚が満喫できる北陸の温泉宿、たとえば和倉温泉の『さざ屋』とかで。冬休みが十九日からだから、その前の週末、十六、十七日あたりの一泊二日がスケジュール的にはいいと思うんだけど」
 留美が提案すると、皆がうれしそうに声を上げた。
「賛成! ズワイガニ食べたーい!」
 と、由香。
「賛成! ノドグロ食べたーい!」
 と、亜理紗。
「賛成! 寒ブリ食べたーい!」
 と、柏田。
「賛成! 岩ガキ食べたーい!」
 と、牛坂。
 最後の声を聞いて、留美が言った。
「あら、牛坂さんも参加されるおつもり? 私たちじゃなく、晴道学園大の忘年会にでも出席なさったらどうかしら?」
 皮肉な留美の発言に対し、牛坂が問うた。
「いったい、どういうことですかな? この私がノーベル経済学賞獲得チームの会合から外される理由とは?」
「それはご自分の胸にお訊きになったらいかが? いずれにしても次の理事会に諮りますけど、あなたの懲戒解雇処分については」
「そうですか。分かりました。どうぞ、ご随意に」
 そう言って部屋を出た牛坂は、携帯電話を取りだして掛け
「十二月十六、十七日。石川県和倉温泉、さざ屋に四人」
 と、相手に伝えた。

      

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