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小説「ノーベル賞を取りなさい」第32話

あの大隈大の留美総長が、無理難題を吹っかけた。




 キャンパス内の武道館を石ヶ崎と押村が訪れると、稽古中の部員たちの中から四人の男が歩み出て横一列に並び、揃って最敬礼をしたのち、直立して発声した。
「剣道部監督、鷲峰周作であります!」
「弓道部監督、鷹巣与一であります!」
「柔道部監督、蛇沼治五郎であります!」
「空手道部監督、鰐淵倍達であります!」
 自己紹介を受けると、石ヶ崎は男たちに向かって言った。
「うむ。皆、頼もしい面構え、それに良い名前だわい。このたびの作戦を実行する精鋭部隊を、ワシとお前たちの五人で結成することにしたのは他でもない。相手の命を奪う本物の戦だからだ。競技大会なら学生たちが戦う。しかし人殺しを若者たちにさせるわけにはいかぬ。お前たち各武道部の監督を起用することにしたのは、そういうわけだ。分かったな」
 石ヶ崎の話に
「オス!」
 と、四人が声を揃えた。
「作戦の実行は、十二月十六日の夜。場所は、石川県和倉温泉の旅館、さざ屋。敵は、男が一人に女が三人。そのうちババアの首をとれば任務は完了となるが、邪魔だてするようであれば、構わん、他の三人も殺せ」
「オス!」
「剣道部監督、鷲峰。当日は竹刀ではなく、真剣を使え。ワシが貸与する」
「オス!」
「弓道部監督、鷹巣。弓につがえるのは、毒矢だ。これも当日、供与する」
「オス!」
「柔道部監督、蛇沼。締め技を使え。相手を窒息死させるのが、いちばん早い」
「オス!」
「空手道部監督、鰐淵。貫き手で脇腹、喉、目を狙え。反則技ほど美しいものはない」
「オス!」
「よし、みごとババアを仕留めた者には、たんまりと褒美をとらせる。ただし、ワシも大将として戦いに加わるから、褒美を横どりされんようにな」
「オス!」
「敵は温泉地にあり!」
「エイエイオーッ!」

 石ヶ崎と押村が理事長室に戻って数分後、部屋のドアがノックされた。押村がドアを開くと、女性事務員が一礼をし
「愛宕様がお見えです」
 と告げた。
「おお、来たか来たか」
 石ヶ崎がそう言い、来客を部屋の中に招き入れるよう右手を振って合図した。事務員と入れ替わりに入室してきたのは、大きなダンボール箱を抱えた二人の男たちだった。
「ご注文の品、お届けに参りました。まずは鎧でございます」
 床に下ろしたダンボール箱の梱包を解いていくと、きらびやかに装飾された鎧が中から現れた。
「どれどれ」
 さっそく石ヶ崎が上着を脱ぎ、男たちに手伝われて鎧を身に着けると
「なんだ、こりゃ。やけに軽いな」
 との言葉が出た。
「すべて木製ですので」
 と、押村が応じ
「本物の甲冑専門店に問い合わせたところ、身長一九〇センチ、体重一二〇キロの理事長の巨体が着用できる物はありませんでした。そこでオーダーメイドを依頼したのですが、そんな短いスケジュールではとても間に合いませんと断られました。残る手段は、五月人形の専門店に作ってもらうこと。幸い、さいたま市には人形作りで名高い岩槻区があります。その中でも老舗の愛宕人形店さんに、こうして甲冑作りをお願いした次第なのです」
 と言葉を継いだ。
「そうだったのか、オッシー。まあ、軽いほうが動きやすいから、いいや。敵から矢や鉄砲で攻撃されることもないしね。それと兜はちゃんとできたかな。僕の要望通りのものが」
 その言葉に、もうひとつのダンボールの梱包が解かれた。中から出てきたのは、やはり木製だが、直江兼続の兜にそっくりだった。
「愛」の字に瑞雲の立物が、「憎」の字に代わっているほかは。
 兜を被った石ヶ崎は、理事長室の奥に設けられた床の間へ歩いていくと、飾ってある日本刀を左手で取り、右手で柄を握ると、一気に刀身を引きぬいた。そうして掲げながら言った。
「こいつはレプリカではないぞ。その昔、鬼が打ったという伝説の刀、鬼神大王波平行安だ。ババアの首、きっと刎ねてくれるわい」
 
            

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