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「いい音」ってなんだろう(その1)

いい音。音楽を聴くときによく話題になる。音楽と言っても生演奏より録音された音楽について「これは音がいい」とか「これはひどい音だ」と言う風に、音楽を聴く行為そのものであるかのように口にしている。
近年再び、アナログレコードが「いい音」として見直されているようだが、CD以前はそのアナログレコードにも「いい音」というのがあったから、アナログであればすべてOKというわけではないはずだ。今はCDはもとより俗に「フィジカル」と言われる「物体」で音楽を聴く人も減っているし、そういうデジタルの世界では一応に「いい音」で音楽を聴くことができるから、それでもアナログがやはりいいんだというのには、いささか頭でっかちな印象をもってしまう。
僕が音楽を本格的に聴き始めたのは1970年代初頭からだから、当時はちょうどFMが音楽ソースとして浸透し始めた頃だったと思う。それまでのAMに比べて「いい音」だし、しかもステレオだというまるでLPを聴いているかのような体験が出来るようになった。そこで僕はカセットにどんどんエアチェックをして好きな曲を集め始めた。ちょうどビートルズに目覚めたときだったので、彼らの曲が掛かる番組はできる限り聴いてカセットに落としていった。
それでも電波に乗って音楽が飛んでくる訳だから受信状態に大きく左右された。僕は埼玉県浦和市に住んでいたので、最初のうちは聴けるFM曲はFM東京とNHKFMくらいしかなかった。そのうちNHKのローカル局が始まって、NHK FM浦和なんてのがいい状態で聴けるようになった。しかし、横浜や千葉のローカル局からの電波は弱く、聴きたい曲が掛かってもジリジリノイズの向こうから聴こえてくるので、エアチェックは無理だった。
でも、当時はLPというゴールがあったから、アルバイトをしてお金が入って、安いながらもオーディオコンポを揃えると、LPを買うようになった。エアチェックも引き続きやっていたが、カセットだとどうしてもヒスノイズがあるからいい音で音楽を聴けても、音楽が消えたあとの「サー」と言うノイズから逃れることはできなかった。
ここで、LPならぜんぜん問題はないのか?と言うことになるが、「いい音」を体験するにはポータブル電蓄では物足りず、最低限のオーディオセットが必要だし、オーディオの話をすれば、「いい音」はオーディオ機器に投資するお金に比例していた。僕はオーディオにお金をかけるならその分レコードを買った方がいいと言う主義だったから、ハードスペックは妥協していた。一方、レコード盤そのものも「いい音」とそうでないものがあり、録音の質から始まって、それをレコードとして仕上げるまでのテクニックとノウハウが音に影響を与えていたし、盤質そのものも問題になった。ドイツ盤の”REVOLVER”が安く入荷していたので嬉しくなって買ってみたら、盤質が悪くドイツ盤なら質がいいだろうと言うのが幻想であることを思い知らされた。盤質だけでなく、ときにはレコード盤がワープしていて、ターンテーブルの上でぐわんぐわん針が上がったり下がったりしてるのもあったし、微妙にセンターずれしてるのもあった。”Lovin’ Spoonful”のカーマストーラレーベルのベスト盤がそれで、「魔法を信じるかい?」が変なふうに歪んで聞こえた。よく見ると回転は小さな楕円を描いているではないか!
さらにLPは周辺である一曲目は音がいいが内側に行くに従って劣化するという話もあった。そしてLPは聴けば聴くほどすり減っていくから「いい音」で聴けるのは厳密には最初だけという宿命もあったはずだ。
(続く)

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