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流れ星をあげる

後藤大 ウエダケイタ 愁人(ネコレクション)
アコースティック3マンライブ
流れ星をあげる

大盛況で終了しました!!

愁人さんから首2本はえてるみたい(笑)


イベントを一緒に過ごしてくれたみなさん
ありがとうございました!


セットリスト
1 synchronize music
2 水銀燈
3 Smile to Smile
4 Missing
5 マッドハンド
6 mine

ライブでsynchronize music歌ったの何年ぶり?
全然思い出せないけど久しぶりに歌いたくなりました:-)


写真の1番前の方は
Live bar Nのボス のんぺさんです。
空中投歌というバンドのボーカリストでもあります。

昨日はそんなのんぺさんの誕生日週間
僕らのイベントを混ぜていただいておりました!

こういう時に関わらせてもらえるのって
嬉しいなって思うようになりました。
うん、うれしい。
その人の大事だなって思う時間に自分がいられるってことですもんね。


限定CDもありがとうございました!!!

聴きまくってください!



ライブ楽しかったですか?
心に何か残りましたか?


僕は昨日 自分が「いいライブ」をしたのかどうか分からないんです。

それはダメだったって意味じゃなくて
客席のみんながどんな感じか見えないぐらい
歌の中に入り込んでたってこと。


いつもは

今日は盛り上がったな!
いいライブができたな!
気持ちよく歌えたな!

そういう実感があったりして
自分の心も高揚してるんですけど

昨日はライブが終わった後もどうなってたのかあまり分からなくて
胸の奥がギュッとなってるような
心が削れているような
そんな感覚がありました。


初めてなような、昔はこうだったような
うまく言えないですけど
理屈じゃない部分で歌が歌えたのかなって思ってます。
自分の歌が帰って来たような気がする。


SNSもブログも好きだけど
もう全部やめちゃって
歌だけ歌ってられりゃいいのにって思うことがあります。


いろんなもんに振り回されずに
純粋に歌ってられたらって。


でも昨日歌ってる間だけは
自分の心と歌が一本の線で繋がったような感じがあった。

それは決して 楽しい や 嬉しい ではなかったけれど
今もまだ反動が残っているんだけれど
本当の自分の歌が歌えたような気がした。


この、歌に自分が入り込むというか
自分が歌になったような感覚を探り当てたい。

きっと昔は自然にできてた。
それがいろいろ考えるようになっちゃってできなくなってた。


マキバオーって漫画知ってますか?


競馬の漫画なんですけど
何も知らない野生の頃の走りがものすごかったんですよ。
でも、ちゃんと訓練を受けた影響でその頃の走りができなくなってしまった。

その後あるきっかけでその走りを思い出すんですけど
今ちょうどそんな時期に差し掛かったのかもしれないです。


無自覚にはもどれない
本能のありかをちゃんと知って歌いたい。



僕も昔は流れ星に願い事をしていたような気がする。

いつからかそれはただの隕石だって分かって
願い事なんかしても何も起こらないって知った。

それでも願い事をする気持ちはずっとなくなっていないんだな。


こうなりたい、ああなりたい。


心の中の流れ星に願い続ける想いは
何かを叶えてくれるかもしれませんね。


僕が歌って 誰かの心にスッと星が流れたなら
止まっていた願いが動き出したなら
それもひとつの「流れ星をあげる」なのかもしれないな。


そして僕のそばにいてくれる人たちが
僕にとっての流れ星なのかもしれません。


ありがとう。



「流れ星をあげる」

大人になるって
諦めたふりをすることかな
願い事をしなくなることかな

色々わかって
脚立では到底届かないとか
あの光だって隕石だとか

妄想したって どうしようもない現状(いま)を
想像しちゃってる 暗い 狭い 空に
彗星に沿って 描いた軌道上
偶然に逆らって 流れ星をあげる




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