後藤イラスト赤

できないことがあるから。

株式会社ニンゲンジン。それが僕の就職先だ。

僕の母親はいわゆる教育ママというやつで、塾はもちろんピアノ、絵画、書道からお料理教室まで幼稚園の頃からいろんな習い事をさせられた。学校はもちろん私立。保育園からエスカレーター式だった。

これといって得意なこともなかったけれど、苦手なものもなくどの教科もどの習い事も人並み以上にはできた。理数系は学年でも10位以内をキープしていたし、書道と絵画では賞をもらったこともある。

だけど僕にはできないことがふたつあった。


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中田くんは成績は下から数えた方が早かったけれどクラスのお調子者キャラで友達が多かった。見た目はイガグリのように絵に描いたようなわんぱく少年。

出席番号が前後だったことで僕にもよく話しかけてきた。別にそれほど好きと言うわけでもなかったけれど、邪険にする理由もない。親友と呼ぶには遠く、知り合いというには近い普通の友達だった。

「やったあ!30点!」

決していい結果とはいえない点数に毎回一喜一憂する中田くんはその中でも国語が苦手だった。いつもの点数が牛丼並盛りだとしたら、三種のチーズ牛丼肉増しぐらいの価値がこの30点にはあった。そして僕の点数を無理やり覗きにきては落ち込んで席に戻っていくのが恒例行事だった。


結城さんは中田君よりもさらに成績が悪かった。髪を整えるのがめんどくさいらしくいつも黒のヘアゴムでひとつくくりにして、あちらこちらに枝毛が散らばっていた。顔立ちは伝わりにくいと思うけど例えるならばこんにゃくだろうか。

「そんなに手入れが面倒ならショートにすればいいのに」とクラスの子に言われていたけどそれはどうにも違うらしい。他人の考えはわからないものだ。

特別かわいくもないし、妙にプライドの高いところがあって取っつきにくいのだけども、そんな彼女にはひとつだけ誰にも負けないものがあった。

3歳の頃からドラムをやっていて小学1年生の頃に投稿した「7歳の天才ドラマー!」というタイトルのYoutube動画は100万再生を超えている。学校の外では高校生とバンドを組んでいたらしい。

決していいとは呼べない点数に心から喜べる中田くんや、たったひとつ本気になれるものがある結城さんがうらやましかったような気がする。


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驚いたことに中田くんは弁護士になることが決まったらしい。何かに情熱を注げる性格だったからきっとそれに値するものを見つけたのだろう。

結城さんはドラムの腕前は確かだったけどそのプライドの高さとドラム以外への無頓着さでバンドをいくつも抜けたり解散させている。就職はせずにまた新しいバンドを始めるらしい。

僕は大学2年の時に初めて彼女ができた。

同じ講義の少し離れた席に彼女は座っていて、学祭かなんだったかの打ち上げ、終電も近くなって一緒に歩いた帰り道で告白されて付き合った。人を好きになるって気持ちもよくわからなかったけど僕らはその日キスをして別々の終電に乗って帰った。

初めは楽しかった。ベタだけど映画を見に行ったり平日パックが安いカラオケでのんびり歌ったりした。でも次第に彼女には不満が溜まって、僕もついに好きの気持ちは理解できないまま一方的にあれやこれやをまくしたてられ別々の駅に向かって別れた。

それ以外は相変わらずつまづくこともやりたいこともなく就活の時期が来た。何となく目についた会社名に引き寄せられるように就職したのは

「人の気持ちを考えてない」

喧嘩のたびに言われたその言葉が引っかかっていたからかもしれない。


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Aさんに話を聞いて真意を読み取り、翻訳してBさんに伝える。
人と人の間と書いて人間。その間にいる人。
それがニンゲンジン。新しい僕の仕事だ。

何でも教えられてきて、だいたい何でもこなせてきた。
成績も良かったし賞ももらった。
心から満足したことはないけれど、大きな不満を感じたこともなかった。

なかったはずだった。

どうしてだろう、毎日失敗ばかりだ。

Aさんの言っていることを理解したつもりが全くの的外れでクレームの電話が入る。上司は僕のために薄くなった頭を下げてさらに薄くなってしまうんじゃないかという心配を他人事のようにしていた。

だけど少し心に知らない感情が生まれていることにも気がついた。


「悔しい。」


ハッとした。


僕は何でもできると思っていた。別にできないことがあってもいいと思っていた。だけど中田くんがうらやましかったのは、結城さんが輝いて見えたのは、あの子に散々言われた言葉が引っかかっていたのは、一生懸命になりたかったからなのかもしれない。

できないことがあるから、できると嬉しい。嬉しいから楽しい。
きっと、ずっと僕はそういうものを探していた。

「あの時、喧嘩のたびにそう言ってくれてありがとう。」

彼女だったあの子に感謝を込めて2年ぶりの連絡をしたら思いの外すぐに返信がきた。

「相変わらず人の気持ち考えてないね。」

と書いてあった。


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人の気持ちどころか自分の気持ちも分からない。でも伝えたいことばかりですね。

後藤大
シンガーソングライター/作曲家/文章書き
『それでもがんばりたい』と思いながら生きています。
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あとがき(このnoteを書いたきっかけなどを書いています。)
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