研究者に向いている人・向いていない人

理系の学生の多くが研究職につくか、それともそれ以外の仕事につくべきか悩むことがあると思う。僕もそうである。世間には、能力的に向いているか、それとも向いていないか議論している人も沢山いる。しかし、僕は仕事を選ぶ際には能力の多寡で決めるべきではないと思う。今日はかなり長文になりそうな予感がする。

 例えば理科系の博士学生がいたとしよう。彼はそこそこ研究能力がある方である。テーマ設定から、実験計画の立案・実行、そして論文としてまとめるまで、自分で考えて出来る。それでいてコミュもしっかりとり、猪突猛進にはならない。学振などの奨学金も頂いたり、あるいは留学経験もある。ハードワーカーでもあり、多少の失敗でもめげないタフさもある。

 いかにも研究職に向いてそうな学生である。しかし、彼が本質的に研究者という職業に向いているかどうかは上の情報からでは全く分からない。本当に職業として研究者を続けいけるかどうかは、能力ではなく、性質によると思う。それは、世間で何が起こっていようと、寝ても覚めても1つのこと(自分の研究)を脇目もふらず考え続けることが出来るような性質である。企業で研究職をやろうが、アカデミックで研究職に就こうが、やはりこれが決め手であると思う。

 研究は上手くいかず、なかなか解が得られないことが多い。何ヶ月も取り組んでも、結局得られるのはネガティブデータ(ND)のみということは良くある。それでも世間は変わり続けるし、進歩していく。研究は世界の最先端を行くというが、それはあるベクトルのみで、他の方向からは取り残されてしまうかもしれない。しかし、そんなことを気にしているようでは、自分の領域で最先端になることも叶わなくなる。寝ても覚めても1つのことだけを考え、研究に集中出来ない限り、どんなに能力があってもトップになることは難しい。論文を書いている時、実験をしている時、テーマを練っている時。あなたはそのことだけに思いっきりワクワクして、本気でのめり込んでいるだろうか? それとも他のことに思いを巡らしてしまっていないか?

 沢山の研究者の方を見ていると、この世界には二種類の研究者がいることに気づく。寝ても覚めても研究のことばかり考えているような人。彼らは別に他のことに興味が無いのでは無く(実際多方面でご活躍のスーパー研究者もいる)、シンプルに研究のことが一番好きなのだ。何のために研究をしているか。1に研究、2に研究、34が無くて、5に研究である。この後にお金、社会貢献や教育、果ては起業など続くかもしれないが、必須の原動力は研究そのものである。こういう人たちは本当に希少である。100年後、数十年後のテクノロジーはこういう人たちの頑張りから生まれる。絶対にサポートし続ければならない。

 もう一種類は、そうではない人である。本当に本気になれないでいるのに、惰性に身を任せ、変化を嫌い、ほかの可能性に目をつぶってしまった人である。

 サイエンスが好きな人は沢山いると思う。僕もそうだ。でも、職業としてそれをやっていけるかどうか、やはりずっとそれにのめり込んでいけるかどうかに依ると思う。これは実際のところ、外から見ても判別がつきにくい。自分の心の声に耳を、しかも慎重に傾けるしかないのだ。無理に自分から、研究職しかない!と決めつけるのは良くない。そう簡単には人の本質は変わらない。他にも道は沢山あるはずである。視野を広くもってもいいのではないか。また新しいコトに挑戦できると考えれば、ハッピーになれると思う。最後に尊敬する岡本太郎の言葉を引用しておこう。

『人生は積重ねだと誰でも思っているようだ。ぼくは逆に、積み減らすべきだと思う。

財産も知識も、蓄えれば蓄えるほど、かえって人間は存在さを失ってしまう。』 

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Nori

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