STORY4:酔いどれ妖精

「それじゃー、音頭はトップである所長に取ってもらいましょ~!」
「えーめんどくせぇ…そんじゃ、こほん、皆様お集まりいただきありがとうございます。本日はお日柄もよく…」
「カンパーイ!!」
「おいテメェ!!!」
とある天気の良い日の夕暮れ時、ディア・クローノの面々は事務室兼応接室に集まっていた。
きっかけはテリーの一言だった。マットという新人を迎え、所員全員で歓迎会をやりたい、とカイルに言い出したのだ。カイルはすぐにテリーの魂胆を見抜き、「ただお前が事務所の金で飲みたいだけじゃねぇか」と指摘した。
しかし、横で聞いていたアンリが「歓迎会か。それはいいねえ」と同調したためテリーはすかさずその背に回り込んだ。虎の威を借る狐だった。歓迎会という名の飲み会が開催された際、酒や料理を用意したりその費用を経費から計算及び管理するのはアンリである。そのアンリが「いい」というのなら、「歓迎会をやってもいい」ということなのだろう。
それでも最後のOKを出すのは所長であるカイルである。カイルは「どうせオレも飲むんだから勝手にしろ」と投げやりなOKを出した。
「というわけでして~、今日はマットの新人歓迎会を行いたいと思いま~す!皆さん、じゃんじゃん飲んで食いまくって、マットと仲良くなりましょ~!」
「…それって本当に仲良くなれるの?というか、こんなことしてもらわなくても皆さんと仲良くしてもらってるんだけど…」
「そんなこと言うのは野暮ってもんだよマット!みんなが集まる機会なんてこの頃なかなかなかったんだからね!」
「そうなのかなあ…」
「…あの~、すいません…」
「はいっ、何かなティム君っ!」
「僕、未成年なんですけど、お酒の席に付き合ってしまって大丈夫なのでしょうか…?一応、今日は家には新人歓迎会がある、とは伝えてありますが…」
「そのことに関してはアンリ隊長、しくよろっ!」
「大丈夫だよ、ティム君が参加できるように、早めに夕方からパーティーを始めることにしたからね。おつまみもご飯になるものを用意したから、お腹を膨らませていってね」
「は、はい…」
六人が座るソファに囲まれたテーブルには色とりどりの料理が並べられている。料理はすべてこの日のためにアンリが仕込んだものだ。もともとお祭り騒ぎをすることが少ないディア・クローノにおいては、珍しい光景だ。
「いっただっきまーす!」
「おいお前!さっきの乾杯には目を瞑ってやったが歓迎会の主役差し置いて勝手に飯に手を付けんじゃねぇよ!」
「それもそ~だね~。はいはいマット、早くなんか食べて!」
「え、えぇ…?じゃあ、これを…いただきまーす…」
会場はまだまともに酒が入っていないにもかかわらず混沌としていた。いったい誰が主役なのかが分からない。
所長カイルはお誕生日席でふんぞり返ってシャンパンの入ったグラスを傾けている。カイルの右手の方の長ソファにはアンリとティムが座り、アンリは自分のハイボールをキープしつつも他のメンバーのために料理を取り分けている。ティムにはコーラが差し出された。上流階級育ちのティムにとってコーラはジャンキーな飲み物の部類に入る。
カイルの左手側のソファにはテリーとセルジュがマットをはさむ形で座っていた。はしゃぎまわるテリーは片手にビール大ジョッキを持ち、セルジュはマットにべったりくっつきながら赤ワインを嗜んでいる。
「でも俺、お酒飲むの初めてなんです。成人してすぐにここに来ましたから…」
「そう聞いて薄めに作ってあげたからね、ゆっくり飲むといいよ」
マットは6月の誕生日を迎えてすぐにシエロ・ガルデーロへと渡った。実家で細々とした成人祝いはしたが、すぐに『ヘイヴンに送られる』ことは前から決まっていたため、とても酒を飲むような雰囲気ではなかった。
それから二か月近くたった今。マットの前に置かれた酒はオレンジジュースのカクテル。
「スクリュードライバーっていうカクテルで、作業員がドライバーで作ったのが名前の元らしいよ。ほとんどオレンジジュースだから飲みやすいと思うし、名前からしてマット君にぴったりだね」
「ドライバーで、ですか…洒落てますね。いただきます」
マットは生まれて初めての酒をあおった。
「どぉ?どぉ?おいしい?苦い?」
「もう酔っちゃいました?どうですか?景色歪んでません?おかしくなったら、すぐわたしに言ってくださいね?」
テリーとセルジュが矢継ぎ早にマットに問いかける。しかし、酒に少し口を付けたマットの答えは淡々としたものだった。
「オレンジジュース、ですね…」
「うん、本当に薄く作ったからお酒の味は感じないだろうね。ベースとなるお酒も元々味の薄いものだから。さあ、みんなどんどん食べて飲んでいってね」

「だ~からよぉ~、オレらみたいな人外ってのはよぉ~、人間より毒に対する抵抗強えんだからよぉ、酒なんて飲んだところでな~んの意味もないんだって~」
「赤ら顔でそういうこと言っても何の説得力もないって。はい、ベーコン巻きのおかわりだよ」
普段から不機嫌そうな顔をさらに歪めた赤い顔で管を巻くカイルに、アンリは食べ物を取り分けながら冷静に注意した。
元来、人外というものは人間より丈夫にできており、人間では致死量になる毒物に触れても平気でいる者が多い。
「そ~ですねぇ。わたしも薬には強い体になってますから、酔いよりもお酒の味を楽しむようになってますね」
「その点ボクはいい感じに酔えるからこういう席はありがたいね~!」
「だから、お前から歓迎会やりたいって言いだしたんだろ…事務所の金でただ飲みしてぇって」
「まーまー、お酒の席で野暮なこと言わない言わない!それよりマット、君も飲んでるかにゃ~?」
「マットさん、一杯飲み干してからずっとうなだれてますよ…」
「ん、どしたん?」
顔を赤らめて大ジョッキをあおるテリーは、横にいるマットに声をかけた。皆自分の酒に夢中でマットのことを気にかけていなかったが、向かいに座って唯一酒を飲んでいなかったティムだけがマットの異変を察知していた。最初はマットにべったりだったセルジュも、酒が入ってからは自分の食事に夢中だった。
テリーが見ると、マットのグラスは空っぽだった。そしてその前に座っているマットは、一言も何も言わずうなだれている。
「あら、どうしましたマット君?酔っちゃいました?気持ち悪くなりました?よかったらわたしと二人で医務室に…」
緊急事態とは思えない、マイペースでゆったりとした喋りをしながらセルジュがマットの腕を握り脈を計ろうとする。
「マット君、本当に大丈夫?気分が悪いなら、ドクターの言う通り下がってもらって…」
「だーいじょーぶでーっす!」
部屋の空気が一気に変わった。
セルジュの腕を振りほどくかのように、満面の笑みを浮かべたマットが腕を思い切り上げて万歳をした。
「全然気持ち悪くなんてありませーん!元気でーっす!アンリさんおかわりくださーい!」
突如、マットがはしゃぎだした。普段から元気なマットだが、その元気さとは明らかに違う異様なテンションだった。顔も赤いうえ、笑顔もどことなく緩んでいる。
「なんだ…こいつ酔ってんのか?スクリュードライバー薄かったはずなんだろ?それにしては回りすぎてねぇか?」
「失礼な—!酔ってなんかいませんよー酔ってなんか—!バカ野郎この野郎!」
「ばっ…」
素面のマットが他人に悪態をつくことなど皆無に等しい。唐突な脈絡のない悪態にカイルは怒りよりも驚きの方が勝った。と言うか、呆気にとられた。
「あー楽しい!落ち着いてなんかいられないやこの野郎!」
突然立ち上がったマットは、部屋の空いたスペースへとすたすたと移動し、そこでいきなり小躍りをし始めた。
突然のマットの行動に、一同はしばし呆気に取られていた。
「ま~かわいい!妖精さんのダンスなんてめったに見られませんよ!眼福眼福!」
「そ~だそ~だ!マットもっと踊れ~!」
「はーい!ルンルンルン…」
ステップは軽やかながらどこか不格好なダンスをするマットを、テリーとセルジュが笑顔ではやし立てる。他の三人はその光景を呆然と見守っていた。
「お酒って、人の隠し持っている感情を引き立てるって言いますけど…」
「そうだね、マット君も普段気丈に振舞ってるけど、急に環境の違う場所で暮らすことになったから、いろいろとたまっていたものがあったんだろうね。酔いが回りやすい体質なのかな?とにかく、楽しそうでよかったね」
「あれはよかったね、で済ませられるのか…?」
五人はそれぞれ違う感情をマットのダンスを見ながら感じ、それを新しい酒のつまみとして楽しむのだった。

「ん~…なんか、さっきから暑くない?」
「そうですか~?テリー君のお酒が回ってるだけじゃないですか~?」
「マット君は置いておくとして、この中でお酒に弱いのはテリー君だからね。何なら冷房強くする?」
「う~ん…そこまでじゃあないんだよなあ」
食事と酒もだいぶ進んだ。マットには最初より薄めに作られたスクリュードライバーのおかわりをもらい、それを持って部屋の中をウロウロしていた。その様子を、誰も咎めようとしなかった。
「やっぱ回ってんのかな~?おかしいなあ、ボクいつもならもっと飲めるはずなんだけどな~…ん?」
テリーは首を準備運動のように軽く回した後、ソファの背もたれに肩を置いて背中を反らせて後ろの壁の方を見た。すると、逆さになった世界に、幻覚としか思えない、この部屋にあってはならないものが目に入った。
「…なんか、燃えてない?」
「何言ってんだよ、やっぱお前飲みすぎじゃねぇの?」
テリーは背中を正し、がばっと立ち上がって部屋の中を見回した。
「やっぱ燃えてるー!!!」
部屋の中には、何本もの火柱が経っていた。
「!?」
マットを除く全員が気が付いてあたりを見回すと、部屋の中に火が回っている。そして、不思議なことにその火柱の中を平気でマットがスキップしているのだ。
「これは…!おいMMM、何やってんだ!?」
「なーんにもしてないですよぉ~、ただ、サラマンダーとちょっと盛り上がってるだけですよぉ」
「それだ!お前酔っ払った勢いで部屋を火の海にしようとしてんじゃねぇよ!アンリてめぇこいつにどんな酒飲ませてんだ?薄い薄い言ってホントは濃いめに作ってんじゃねぇだろな?」
「そんなことないよ、めちゃくちゃ薄く作ってるよ。よほどマット君がお酒に弱い体質だとしか…」
「マジかよ!」
カイルは徐に立ち上がり、炎の精霊を纏ってはしゃぐマットのもとへと駆け寄った。明らかに出来上がった緩んだ笑顔を浮かべているマットからグラスを奪い取って、一口飲んでみた。
「ただのオレンジジュースじゃねぇか!」
「だから言ったじゃない、薄く作ってるって」
「それ少し飲んだだけでここまで出来上がるか!?しかも精霊暴走させるってとんでもなくタチ悪いぞ!?…ってか、部屋どんどん暑くなってるぞ!」
「あははは~、所長の顔、おもしろ~い!」
「笑ってんじゃねぇ!それよりサラマンダーをどうにかしろ!うちの事務所燃やされたらたまったもんじゃねぇんだよ!」
「だぁいじょおぶですよ~、サラマンダーって燃やす物は燃やしますけど、燃やさないものは燃やしませんから~」
「言ってる意味が分かんねぇんだよ!」
確かに、炎の柱が上がっているにもかかわらず、部屋の床や壁には煤ひとつついていない。しかし、部屋の温度はどんどんと上がっていく。マットが笑ったりはしゃいで軽やかなステップを決めるたびに火力は上がっているようだった。
「くっそ…殴って気絶させて止めてやるしか…!」
「そんな手荒な真似はかわいそうですよ~。仕方ないですね、もうちょっとかわいい酔っ払いマット君を見ておきたかったですけど、こうなったらしょうがないですね~」
笑顔を浮かべたセルジュが呑気に立ち上がり、ゆっくりとマットの方へ歩を進めた。
「こ~ら、悪い妖精さんは、こうしちゃいましょうね~」
「は~い?は、は……」
マットと向き合ったセルジュが袖口から何かを取り出した。きめ細やかな砂の詰まった試験官だ。
試験官の蓋を開け、中の砂を少し手の中に出すと、緩慢な仕草でマットの体に振りかけた。
「はうぅ……」
すると、マットは空気が抜けた風船のようにゆっくりと体を床に沈めていった。完全に寝転んでしまうと、静かに寝息を立て始めた。それと同時に、火柱の幻影も姿を消し、部屋の温度も正常に戻っていった。
「これでよし、と…。久しぶりにサンドマンっぽい仕事をしましたね」
「はあ…やっと落ち着いたか…」
カイルは大きくため息をついた。もう少しで自分の事務所を高熱サウナにさせられるところだったのだ。
「はぁ~ビックリした。それにしてもマット、初めてお酒飲むっていうレベルじゃなかったよねえ、めちゃくちゃ酒癖悪かったんだねえ」
「僕も、成人してお酒飲むのが少し怖くなりました…」
「酒は飲んでも飲まれるな、だよ。体質によるんだろうねえ。妖精さんはお酒に弱いのかな?」
「…なんで、お前らは妙に冷静なんだよ」
「え、だって最初はビックリしたけど、見てたらなんか楽しそうだったし~、暑いだけでそんなに実害なかったし?」
「実害あんだよ!人の事務所無茶苦茶にされるとこだったわ!!」
すごい剣幕で悪態をつくカイルをよそに、他の四人は至極冷静にテーブルの上の空になった皿を片付け始めた。
「マット君も寝ちゃったし、お腹も膨れたしティム君の帰る時間もあるから、今日はこれでお開きかな。さあ皆できる範囲で片付け手伝って、ほらカイル君も」
「お前は冷静すぎんだよ!少しはさっきの状態を振り返って焦ろ!」
「そうだねえ、これからマット君とお酒を飲む時は気を付けるようにしようかな?」
「しようかなじゃねぇんだよ!もう金輪際こいつに酒飲ますの絶対禁止!」
「え~?じゃあもうあんなかわいいマット君は見られないってことですか~?」
「見て楽しむにはリスクがでかすぎんだよ!場合によってはもっと暴走してビルが爆発するかもしれねぇんだぞ!?酒の席だから、じゃ済まされねぇんだよ!」

次の日。目が覚めたマットにゆうべの記憶はほとんどなかった。
それに、頭がガンガンする。どこかぶつけたのだろうか。
「おはようございます!」
「おはよう、マット君」
「…はよ」
朝の支度を済ませ、事務室のドアをノックして開ける。カイルとアンリに挨拶すると、アンリはどことなく機嫌がよかったが、それに反してカイルの機嫌がすこぶる悪そうだった。
「…あの、すいません。俺、ゆうべの記憶が曖昧なんですけど、その間なにかありましたか?何か粗相とかしませんでした?」
「自分の胸に聞いてみろ!!」
「!!…!?」
カイルに急に怒鳴られて、痛い頭がさらに痛む。
マットには記憶がないためカイルの言葉の意味がさっぱり分からなかった。しかし、その横でくすくすとアンリが静かに笑っていたため、きっと、何か楽しげなことと大変なことがあったんだろうな…と、心の中で思うのだった。


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GOURDVINE

伏魔島ヘイヴン(ふくまとうへいう゛ん)

オリジナル小説「伏魔島ヘイヴン」の連載です。
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