STORY5:遠くて近い夢・2

「サイモン・カーマイン…と、その弟、シーザー・カーマイン…」
「うんっ、おいらサイモン!でもその『みょーじ』っての?なんかおっちゃんたちに施設から助けられてから別の施設に移されたときに大人たちがつけてくれたんだけど、まだしっくりこないんだよねー。そんなに大事なもんなの?」
「なるほど、上が戸籍作ってやったってわけか…あと誰がおっちゃんだ。おにーさんと呼べ」
「ああ、分かったよ、おっちゃん!」
「こいっつ…!」
「まあまあカイル君、君もいい年なんだから認めなさいって」
ディア・クローノ事務室内。
カイルは赤くなった鼻に絆創膏を貼り普段から悪い人相をことさら機嫌悪く歪ませながら、封筒の中から取り出した書類の一つを眺めていた。彼を囲むのは傍に控えるアンリ、そして、目の前にいるやんちゃそうな笑顔を浮かべる「サイモン」と名乗った少年と、その服の裾をつかんで離さない、少年より背の低い黒ずくめのローブを頭からすっぽりかぶった存在である。
マットはティムと共に、四人から少し下がった場所で立って待機していた。
「え~っと…これはどういうことなのかな?あの子たちが上層部からの『預かりもの』ってこと?」
「そうなると思います。多分あの子たち、前にうちが関わった仕事で出会った子たちです。その縁で、うちに預けられたんじゃないでしょうか」
「どういうこと?」
ティムはマットの小声の問いかけに答えた。
「半年くらい前でしょうか、うちに上層部から仕事の依頼があったんです。内容は、郊外にあるとある工場の内部調査。そこで、テリーさんが単身調べに行ってみたんですけど、中は工場に擬態したシエロ・ガルデーロから目を付けられていたマッドサイエンティスト組織の研究所でした。上層部はそれを睨んでいて、うちに調査依頼をしたんでしょうね」
「へえ…それで、どうなったの?」
「次の仕事依頼が来ました。単純に『その研究所をぶっ潰せ』と」
「へっ、ぶっつ…もごっ!」
思わず大声を出しそうになったマットの口を、ティムが慌てて手で押さえた。
「しっ、声が大きいです…それで、うちで前線で戦える人は所長とアンリさんのお二方しかいませんから、軍部から応援を借りて乗り込むことになったんです。でも、その研究所は思いのほか防御力はなかったそうで、お二人の力で制圧することが可能だったそうです」
「す、すごいね…じゃあ、あの子たちは?」
「はい、その際研究所の最奥に一際頑丈な扉があって、こじ開けてみると二人の子供がいたそうです。おそらく実験体か何かにされていたのだろうと、国で保護することになりました。おそらく、その子供たちと言うのが、あの子たちのことでしょうね」
「なるほど…でも、なんであの子たちがうちに来ることになったの?」
「さあ、そこまではちょっと僕にはわかりませんが…」
ひそひそ話をした後、二人は目の前を見やった。
カイルとアンリは先程黒ずくめの人物から受け取った封筒の中身である、大量の書類に目を通しながら、低い視点の先にあるサイモンとシーザーと名乗る幼い兄弟にも目をやっていた。
サイモンは笑顔で目を輝かせながら部屋の周りを見回して落ち着きのない様子であるが、おそらくシーザーというそれより小さな存在は、体を縮こませている様子でサイモンの傍から一時も離れようとしない。
「これからここでお世話になるねー、よろしく!」
片手をあげて元気そうにサイモンが高らかに宣言した。それを聞いたカイルは、顔を歪めた。
「…マジか、アンリ?」
「うん、マジだよ」
「…確かお前、『預かりもの』の内容をあらかた聞いてたって言ったよな?」
「だってカイル君がまともに聞こうとしなかったじゃない。だから私が受け付けたんだよ」
「で、その『預かりもの』がこいつらだと分かったうえで、オレに相談もせずOKを出したのか」
「うん。だって言ったらカイル君絶対反対したでしょ。うちは託児所じゃねぇんだぞ、って。そしたら上と一悶着起こしてディア・クローノの存続もままならなくなるでしょ。それを思って私の独断でOKしたんだよ」
「…それで、実際にこいつらが来て見て、オレが付き返すとは考えなかったのか」
「それはできないでしょう。もうカイル君のサインは上に行っちゃってるんだし、一度上から受け取ったものは返すことはできないのは知ってるでしょ、弱み更に握られるんだから」
「くっそ、どいつもこいつも…!」
「まともに書類に目を通さずサインした自分を恨むんだね…っと、君たちごめんね、うるさくして」
平然と答えを返すアンリに、カイルはやけくそ気味に悪態をついた。そんなカイルを気にすることなく、アンリは子供たちの視線に合わすため、巨体を屈ませて笑顔を浮かべた。
「今日からここが君たちの家だよ。慣れるまでは大変かと思うけど、何か困ったことがあったら遠慮せず私に言ってね。あと、こっちのお兄さんたちもちゃんとフォローしてくれるから」
アンリの後ろに控えていたマットとティムは突然話を振られ、姿勢を正した。
「あ、はいっ!えーと、サイモン君とシーザー君だっけ?よろしくね!」
「僕の方もよろしくね!仕事の合間になっちゃうけど、一緒に遊ぼうね」
「うん、よろしくっ、兄ちゃんたち!」
サイモンは嬉しそうにうなずいた。
「…ったく、お前の子供好きは昔っから変わんねぇな…。んで、そっちの黒いてるてる坊主みたいな小せぇ方はどうなんだよ」
「あ、そうだったな、シーザー、ほらお前も挨拶しろよ」
「………」
カイルに睨みつけられたのが効いているのだろうか、シーザーと呼ばれた黒い影は兄のサイモンに促されても、小さく後ずさりするだけで一言も発しなかった。
「シーザー君、お顔を見せてくれないかな?部屋の中じゃそのローブは暑いんじゃないかな?」
「あ、そーだな、部屋ん中なら大丈夫だろ。シーザー、それ脱げよ」
「………」
アンリとサイモンに促されても、シーザーはサイモンの服を掴んだままで微動だにしない。
「もー、めんどくさいなー、ほら、脱がすぞ!」
しびれを切らしたサイモンが、シーザーの被っていたローブを頭から思い切り引っ張り、無理やりに脱がせた。
(わ~、か~わいい…)
すると、中から兄サイモンと同じ透けるような水色の髪と朱に輝く瞳が出てきた。兄よりは長く伸ばした癖のある巻き毛に、八の字に曲げた眉、その下で戸惑うようにくるくると動く大きな目。
やんちゃそうなサイモンとは正反対な、困り顔をした内向的そうな幼児だった。
具体的に言えば、その場にいる年長者の母性本能を激しく揺さぶる存在だった。
シーザーは眩しそうに大きな目を何度かまばたきさせると、怯えたようにさらに兄に寄り添った。
「ほら、お前も挨拶。今日からお世話になるんだからよ」
「…し、シーザーは、シーザー………」
サイモンに促され、シーザーはここで初めて口を開いた。しかし、その声はとてもか細いもので、今にも消え入りそうな自信のなさげな一言だった。一応自己紹介ではあるが、挨拶ではなかった。
「シーザー君だね、よろしくね。二人とも、お腹は空いてないかな?おやつでも食べる?」
「おやつ!食べる食べる—!」
「………」
怯えたままのシーザーを刺激しないよう、アンリはことさら優しい声色で二人に話しかけた。サイモンは『おやつ』と言う単語に嬉しそうにしたが、その横のシーザーは微動だにせず、ただサイモンの服を掴む手の力を強めた。
その瞬間、部屋のドアがけたたましく開かれた。
「子供たちがやってきたと聞いて飛んできました!!!」
部屋の中に、血相を変えたセルジュが飛び込んできた。その模様に部屋にいた皆がセルジュの方を向いた。シーザーに至っては、ドアが開け放たれた音に驚き怯んで「ヒッ」と言ったまま顔を硬直させている。
「はあっ、はあぁぁぁ……!」
「ど、ドクター?」
幼い兄弟を目の当たりにしたセルジュが、眩暈を起こしたかのように頭を押さえてその場に頽れた。その様子に驚いたマットが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「パ、パーフェクトすぎる…っ!」
「パーフェクト?」
「ガキ大将風味の兄…それに寄り添う控えめな弟…こんな光景、夢物語の中でしか見たことがありません…現実に存在していたなんて…!はぁっ、そんな子たちと同じ空間にいられるなんて…!」
心配した様子で背中をさするマットをよそに、興奮して息を荒くしたセルジュがうわごとのように幼い兄弟を見た感想を述べる。
「大丈夫ですか?呼吸が荒いですよ…お医者さんに診てもらった方が…」
「そいつがお医者さんだろうが…ったく、分かった。世話する奴はたくさんいるだろうからお前らはここに住んでも構わねぇ。ただ、オレの作業を邪魔しないようあんま騒ぐんじゃねぇぞ」
ため息をつくと、カイルはあきらめたように吐き捨てた。サイモンは話を聞いていたのかいなかったのかその場で嬉しそうに飛び跳ね、シーザーは必死にそれにしがみついている。そんな二人をカイル以外の皆が取り囲んだ。セルジュも、マットに体を支えられてよろけながらも二人の少年のもとへと執念でたどり着いた。
「ったく、ホントにどいつもこいつも…」
誰に向けるでもなく放たれたカイルの小声は、誰の耳にも入ることはなかった。

+ + +

ディア・クローノ内における食事事情は、アンリが一任している。
ビル内には大きなダイニングがあるが、人によって食事をする時間が違うため、多人数で食卓を囲むことは少ない。と言ってもカイル曰く「野郎だらけで食卓囲んだって何の得にもならねぇだろ」とのことだが。
マットの場合、アンリが用意してくれた食事を温めるなりしてひとりで摂ることが多い。アンリが忙しいときは外で買ってくることもあるが、アンリはよほど料理するのが好きらしく食事を用意しないことはめったにない。マットは本当にありがたく思い、毎日残さず食している。
ディア・クローノに幼い兄弟がやってきた今日、マットはその兄弟と一緒に夕食を摂ることになった。アンリはお手製のオムライスを三人の前に出し、満足そうに「召し上がれ」と言ってキッチンへと下がっていった。
サイモンの前にはマットのものよりやや小ぶりな、シーザーの前にはそれよりもっと小ぶりなオムライスが並べられていた。サイモンははしゃぎながら「いただきまーす!」と手を合わせると、すぐにスプーンを掴みオムライスにがっついていた。その横にぴったりくっついているシーザーは向かいに座ったマットでも聞こえるか聞こえないかのか細い声で「いただきます…」と言うと、恐る恐る自分のオムライスを口に運んで、ゆっくりと咀嚼した。
対照的な兄弟の行動は微笑ましいもので、マットは心を温めながら自分のオムライスを食べていた。しかし、気になる点が一つだけあった。
自分には飲み物としてミネラルウォーターが添えられている。それに対して、兄弟の飲み物は大量の野菜ジュースが用意されているのだ。兄サイモンは赤いトマトジュース、弟シーザーにはオレンジとニンジンのミックスジュースが与えられており、二人はそれらをごくごくと勢いよく飲んでいる。
もちろんオムライスも食べているのだが、オムライスがおまけでジュースをメインに飲んでいるようにも見える。それほどの量を摂取しているのだ。そういえば、オムライスにかかっているトマトケチャップの量も若干多い気がする。
「うまうま…ん、どしたのマット兄ちゃん?スプーン進んでないよ?もしかしてお腹空いてないの?よかったらおいらが食べちゃうよー?」
「な、何でもないよ…!ただ、二人ともおいしそうに食べてるなーって、見とれてたんだ!お、俺のぶんはあげないよ!」
自分では気付かないほど深々と観察してしまったようで、不意にサイモンに話しかけられてマットは我に返った。
「ちぇー。でもこのオムライスすっげえうまいよ!あのおっちゃん料理うまいんだなー!」
「うん、アンリさんはとっても上手だよ。オムライスだけじゃなくて、いろんな料理を作ってくれるよ」
「へえー。これから毎日いろんな料理食べられんのかー。そりゃー楽しみだなー!」
何とか会話を繋げてごまかすことができた。しかし、話を聞いていてこのサイモンと言う少年はかなり肝の座っている性格のようだ。これからここで暮らすことになるとはいえ、初めて来た場所なのにもかかわらず堂々としている。それに寄り添うは自分から喋ろうとは全くしない、今も小さな口でオムライスをゆっくり咀嚼している弟のシーザー。こちらは兄への依存度がかなり高いようだ。確かに、この兄なら頼りにしたくなるだろう。
(俺もここに来てからしばらくは緊張してたし、この子たち…特にシーザー君は慣れるまで大変かもしれないなあ…)
マットは自分のオムライスを口に運びながら、対面の幼い兄弟を眺めて思った。ティムから聞いた話の知識だけしかないが、ここに来るまでにマッドな組織の実験台にされており、それから救われてからは国で保護されその後どういう経緯かは分からないがディア・クローノに来ることになったのだ。これだけでも波乱万丈なのは分かる。その小さな体には、相当なストレスがのしかかっていることだろう。サイモンも気丈に振舞っているように見えても、本当は心に傷を負っているかもしれない。
「みんな、食べてくれてる?デザートもあるから楽しみにしててね」
「マジで!?わーい!!」
キッチンの方からアンリが姿を現した。笑顔で兄弟の方へと近づく。
カイルの言った通り、アンリは子供好きな様子が見て取れる。巨体を屈め、目線を子供たちと合わせて笑顔で接している。何でも、数日前からディア・クローノの中の空き部屋に子供用の家具やおもちゃをそろえて子供部屋を(カイルに内緒で)ウキウキしながら作っていたそうなのだ。
「ご飯の後は少し休んでから一緒にお風呂に入ろうね。パジャマも用意してあるから似合うといいなあ。ベッドも体に合うかな?」
「おいらどこでも寝れるからだいじょぶだよー。ただこいつ、シーザーは枕変わるとなかなか眠れないんだよなー。そうだよな、シーザー?」
「………」
シーザーは静かにうなずいた。
「そっか。もし今の枕が合わなかったら、すぐに別のを用意してあげるから安心してね。二人がここに慣れてくれることが大事だから」
「うん、ありがとー!」
「………」
喜ぶサイモンに対しシーザーは体を縮こませている。それを笑顔で見つめるアンリ。
(この人がいればこの子達は大丈夫だろうな…でも、問題は…)
マットが心配に思ったのは子供嫌いを隠さない様子のカイルだった。仮にも事務所の長である彼が新しい住人であるこの子供二人をずっと嫌っていたら、この二人もここに居づらいだろう。幼い二人が本当の意味でディア・クローノに馴染むことを祈りつつ、マットはオムライスの最後の一口を飲み込んだ。


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GOURDVINE

伏魔島ヘイヴン(ふくまとうへいう゛ん)

オリジナル小説「伏魔島ヘイヴン」の連載です。
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