STORY3:力持つ者・2

(あれ…見渡す限り真っ白だ…)
気が付くと、マットは純白の世界にいた。
自分は今まで何をしていたのだろう、直前の記憶が思い出せない。
でも、白いものならずっと見ていた気がする。そうだ、握っていた棍棒だ。
棍棒は自分の体の中のエネルギーから引っ張り出してきたものだ。そうか、ひょっとして自分は体の中に飲み込まれてしまったのだろうか。
いや体の中に体が飲み込まれるってなんだかおかしい。じゃあ今ここに存在する自分の体は何なのだろうか。
少し歩いてみよう。そう思って足を動かそうとした瞬間、体が宙に浮きあがる感覚に見舞われた。
おかしい、自分はまだ羽を展開していないのに、勝手に体が浮きあがっている。
周りは白一色なため、高さの感覚がよく分からないが、どんどんと上へとあがっていくことだけは分かる。
(体が動かない…勝手に空にあがってくんだけど…もしかして、これって…)
「昇天」というやつではないのだろうか。そういえば、意識もどんどんと朦朧としていっている。もしかして、気付いていないだけで、自分はもう———

「あ、気が付いた」
「…!!」
白い世界で意識を失ったマットが次に目を覚ましたのは、白かったが先程の世界と違いちゃんと天井だと分かる、見たことのない部屋だった。
おそらくベッドであろう、柔らかい寝床に寝かせられていた。そんな寝ころんだ自分を見下ろす顔が三つあった。そのうち一人は所長であるカイルがどこか面倒そうに見下ろしているが、揃って笑顔を浮かべた他の二人は見たことがない。一人は人懐こい笑みを浮かべた長い金髪をポニーテールにした派手な服装の青年、もう一人はおしとやかな笑顔を浮かべた少し癖のある美しい青い髪を垂らした中性的な顔立ちの白衣姿の男性である。
「ここは…」
「ああ、大丈夫ですか?無理なさらないでくださいね」
マットが上体を起こそうとすると、青髪の男性が丁寧な仕草でマットを支えた。
「ここは、わたしの医務室です。マット君、でしたっけ?あなたはそこにいるテリー君とぶつかって、気絶してしまったんですよ。それでここに運ばれたんです」
「医務室…?テリー君…?」
「ボクのことだよ~!さっきはぶつかっちゃってメンゴメンゴ!でも、ビックリしたよ~、屋上に着地しようとしたら何もないところからいきなり現れるんだもん、全然避けられなかったよ~」
「シールドの中は外からは見えにくいからな、たぶんお前がシールドを破ったと同時にこいつが飛び込んできたんだろ。ぶつかった、というか飛び蹴りくらわした形になるがな。っていうかお前いつも屋上から帰ってくんなよ、ちゃんと正門から帰ってこい」
「え~、だって屋上からの方が楽なんだもん」
テリー君、と呼ばれた青年がニコニコしながら陽気に謝罪する。というか、陽気な時点で謝罪になっているような気がしない。だが、マットは不思議と悪い気はしなかった。そんな二人にカイルが口をはさむ。
「それと医務室ってのはずっと前から『進入禁止』の張り紙がしてあったドアがあったろ。そこだ。ドクターは研究に没頭するとすぐ人払いするからな」
「ドクター…」
「あ、それわたしのことです~」
青髪の中性的な男性が自分の胸を押さえた。
「はじめまして、マット君。わたしはここディア・クローノで医療を担当しているセルジュと申します。しばらく研究で医務室にこもりっきりでお会いすることができませんでしたが、よろしくお願いしますね~」
「は、はあ、よろしくお願いします…」
確かに、マットはディア・クローノに来てどんな部屋があるのかとビル全体を見回ったことがある。その際に『進入禁止!近寄るな危険!』と張り紙がしてあった部屋があったため、カイルにこの部屋は何なのかと聞いてみたところ「あー、書いてある通り近付かない方がいい」と言われていた。この部屋の主は、どうやらこのセルジュという青髪の男性らしい。
「ボクはテリーだよ~!それにしてもキミ、マットだっけ?ボクの膝をもろに顔に食らってかすり傷だけってとんでもない頑丈な体してるねえ。気に入ったよ、よろしくね~!」
「は、はあ…よろしくお願いします」
そうか、自分はこの人の膝を顔に食らったのか、とマットは思った。しかし、この目の前のテリーという男は、笑顔で丸椅子に座ってクルクル回りながらマットにとっては反論してもいいようなことを話しているのだが、何故だか怒りは感じなかった。テリーが底抜けに明るい笑顔をたたえているからであろうか。
(ってか、医務室なんてあったんだ…)
謎の開かずの部屋に人がいたのも驚きだが、ディア・クローノに専属の医者がいたということも驚きだ。自分は戦闘員扱いではないが、戦闘になった際積極的に参加するカイルとアンリは傍から見て丈夫そうなので、そう言ったものとは無縁な生活を送っていると思っていた。
「…というか、カイルさ~ん、まさか新人さんがこんなに可愛らしい子だったなんて、どうしてすぐに知らせてくれなかったんですか?もし知っていたらすぐにでも研究切り上げて飛んで行って健康診断してあげたのに~」
「だから、ティムの時もそうだったが、あんたの好みなんて知らねぇって」
先程からニコニコとマットを見ていたセルジュが、何やら恐ろしげなことを語り始めた。少しびっくりして警戒したマットの心中を察したのか、セルジュが続けた。
「あ、安心してくださいね?私はただ『かわいいもの』が好きなだけで、決して恋愛感情ではありませんからね?かわいいものを見て愛でるのが好きなんです」
中性的な笑みに頬を染めてセルジュが語った。マットがふと気づけば、先程上体を起こした際に支えられたついでに、ずっと手を握られていた。脈を計られているのかと思っていたが、少し違うらしい。
「か、かわいい…ですか」
「はい、かわいいです」
確かにマットは自分で童顔である自覚はある。しかし、この歳になって正面切って『かわいい』と言われたのは初めてだ。
そう考えてみると、よく見ればセルジュも中性的な顔立ちで、おそらく『美人』と言っても過言ではないだろう。
「それならもっとボクにも仕事の無茶ぶりしないでもっとかわいがってほしいんだけどね~。こんなにカワイイボクなのに」
「何度も言います、テリー君はかわいくないです」
相変わらず丸椅子でクルクル回りながらテリーが軽口をたたくが、セルジュは笑顔でそれをかわした。マットから見て、二人の仲はかなりよさそうだ。
「それより、二人とも仕事の方は終わらせてくれたか?猫の方には報告と新しい調査を頼みたいんだが」
「ほいほ~い!それで呼ばれて帰ってきたんだったよねボク!」
「はい、わたしの方も完了していますよ。データはすでにアンリさんの方へ回してあります」
カイルが二人に声をかけると、二人は反応を見せた。テリーの方は椅子から飛びあがるように喜ぶようにリアクションしている。
「仕事…そっか、お二人もディア・クローノの一員なんですね。セルジュさんはドクターだとさっき聞きましたけど」
「あらぁ~、普段ドクターって呼ばれっぱなしですから、セルジュさんなんて丁寧に呼ばれるのは久しぶりでテンション上がっちゃいますね~。はい、そうです。わたしは医者なんですけど、皆さん丈夫ですからそれだけじゃやっていけないため、情報の整頓を担当しています」
「ボクはその情報をかき集めてくる役割だよ~!諜報部っていうか、斥候だね言っちゃうと!」
「斥候…」
「自分で諜報とか言っちまうとなぁ」
マットの目の前で笑顔で舞い踊る金髪ポニーテールの派手な男を見て、自分がイメージしている「諜報・斥候」とかなり乖離していることを認識した。カイルの言う通り、諜報部隊は自分で諜報部だなんて言わないと思う。
「えーとね、今回の調査結果はこれ!いつも通り所長に一応目を通してもらって、大丈夫だったらセルジュの方に回してね!」
「おう、お疲れさん」
テリーはポケットから小さなものを取り出し、カイルの方へ軽く投げてよこした。
それは角砂糖のような小さな白い立方体だった。小型だが大容量の電子データ記憶装置である。カイルはそれを受け取ると、後で確認しとくわと断り、ポケットに雑に突っ込んだ。
「それで、次の調査って何?」
「ああ、その話する前に見てほしいものがあるんだわ。おいMMM、動けるか?ついてこい。あいつに関することだ」
「あいつ…?ああ、もしかしてフロレスカランポのことですか?」
「おう。あいつがもし口割るとしたら話が分かるのはお前くらいのもんだからな」
マットはセルジュに支えられて、ベッドから立ち上がってみた。頭にほんの少し痛みがあるが、立って歩く分には問題はない。
「よいしょっと…うん、大丈夫みたいです。ドクター、ありがとうございました。ここからは支えてもらわなくても、俺一人で…」
「え~、ダメですよ。さっきまで倒れていた患者を診るのは医師の務めです。というわけでわたしもマット君についていきますよ~。なんだか面白そうですし」
「ええぇ…本当に大丈夫なんですけど…」
最後の一言は小声だったが、セルジュはマットにまとわりついて離れようとしない。
「はぁ…ダメだなこれは。いいぞ、お前ら全員ついてこい。ただ、オレの研究室だからな、多人数で来てあんまり騒ぐんじゃねぇぞ」
「は~い!」

—————————

「まあ~!こんなに大きな妖獣ちゃん、見たことない!」
『ヒギィ…』
四人はカイルの研究室の妖獣フロレスカランポの前にいた。妖獣は相変わらず針金に吊られたままガタガタと震えている。そんな妖獣を初めて見るテリーとセルジュは感心しきりである。
「ほ~んとデッカいねぇ。んで、ひょっとして、これがボクの調査内容?」
「まぁそうなるな。こいつは最近この辺りで現れた奴なんだが、お前の情報網で他の地区でもこんなレベルの妖獣が現れたって情報はねぇか?」
「う~ん、心当たりはないねぇ。ってか、今の時代こんなデカいの見つかったらニュースになるレベルだよ。普通の妖獣ってさ、もっと小っちゃくて虫とか食べてる普通の人間でも退治できる大きさだからさ。ここまで大きく育つのなんて稀だよ」
「それはオレも分かってる。でも実際こいつは街に現れて、こいつ…MMMな、とティムを狙ったんだ。誰にも見つからず、自然とここまで育ったか、何者かに飼育されていて放逐された…とにかく、出どころはあるはずだ」
「それをボクに探ってほしい、と」
「そうだ」
「それかなり難易度高くない?臨時ボーナス出る?」
「ボーナスは成果次第だが、場合によっては国のバックアップも受けられる仕事内容だ。いろんな情報網自由に使え」
「いやっほう、自由宣言出たぁ!ホントに自由に調べちゃうよ~!」
「ああ、自由にやってくれ…んで、MMM。お前の力でこいつの言いたいことって汲み取ったり出来ねぇのか?力を封じてるからしゃべれねぇし」
「あ、はい!何度も交信を試みてるんですけどね、なんか心を閉ざしちゃってるみたいで心の内も読めないんです」
「まあ!マット君は妖獣ちゃんの心もやれば汲み取ることもできるんですね!さすが妖精さん!私たちが住んでいる世界とは違う!」
「…いや、そんなに大袈裟なことじゃないですけど…」
テリーとセルジュはそれぞれ違った理由で興奮し始めている。そういえば、マットはここディア・クローノに所属している人数は自分を入れて6人だと教えられていた。この二人を入れると自分が出会ったメンバーはちょうど6人揃う。ということは、やっと全員と会うことができたのか…と改めて思った。わずか一ヶ月ほどだが、やたらと長く感じられた。
「あ、そういえば妖獣のコアに電極巻き付けて固定するのってもしかしてアレをやる態勢にしているんですか?コア取り出したらアレをやるのは恒例行事みたいなものですからね~。これだけ大きいコアなら、さぞかし美しい光景が広がるんでしょうね」
「アレか~!アレ見た~い!ねーねー所長~お願~い」
「アレかあ…アレは俺とティム君とで楽しむものかと思ってたんですが、結構常識だったんですね。これだけ人数揃ってたら見たいかも」
『ヒ、ヒギッ!?』
「おい…結局全部やるのはオレなんだぞ、勝手に話進めんな。まぁいいか。こいつにも少し刺激与えればなんか吐くかもしれねぇからな」
震えを大きくするフロレスカランポをよそに、四人は何やら盛り上がる。
「んじゃ、やるぞ?」
カイルは大きく指を鳴らすと、研究室のすべての遮光カーテンが閉まり、完全に外の日の光を遮ったわけではないが、部屋が暗くなった。
そうして両手の掌を合わせ、徐に擦り合わせると電気が発生した。カイルの両手は、稲光を纏った雲のようだった。魔法で静電気を強烈に増幅させているのである。
「そんじゃーいくぞー」
そしてその手を、フロレスカランポが入れられた容器の左右につけると———
『ヒギィィィイイイィ!!』
電気を帯びた白い玉が、暗闇の中で美しく七色に光りながら火花を飛ばし始めた。
「うわ~きれ~!さすがこのデカさになると指先サイズのコアとは全然レベル違うね~!」
「本当ですね~。妖獣自体街中で見かけることは珍しくなってしまっているので、こんな光景一生で一度見られるかどうかですね~…って、ここで飼われているのでしたら、いつでも見られますね~」
「そんなレアなんですか…そうとも知らずに俺はティム君と純粋に綺麗だなーって楽しんでました。みんな喜んでるよ、よかったね、フロレスカランポ!」
「だから電流放ってんのはオレだっての…ちったぁオレに感謝しろよ」
『ヒギ、ヒギッッーーーッ!!』
七色に輝くフロレスカランポが電流を受けてもんどりうつたびに、美しい火花が容器の中を飛び散る。そして妖獣自身の体もネオンのようにカラフルな光が川のように流れる。
見る者を笑顔にするフロレスカランポの美しい姿。しかし、その仕打ちを受けるフロレスカランポ本人(人ではないが)はひたすらに感情を殺すしかなかった。
そして、純粋な魂を食らうことで生きていた自分が純粋な魂を持つ者に返り討ちにされ、このような事態に陥ったことは事実である。彼らを襲ったことを深く後悔した。
そして、自分を飼いたいと言い出したティムのような、純粋な魂を持つ穢れなき者の報復は誠に恐ろしいものだ、と腹の底から思うのだった。


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GOURDVINE

伏魔島ヘイヴン(ふくまとうへいう゛ん)

オリジナル小説「伏魔島ヘイヴン」の連載です。
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