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僕らの世界の終末

「東京湾に行きたい」

その一言が終わりの始まりだった。友人Aの一言。友人Aには5年間片思いしていた初恋の人がいた。その彼と彼の恋人が結婚したのだと言う。確かにLINEのプロフィール画像は幸せそうに手を握りながら微笑むタキシードとウェディング姿の男女。私とAは大体同じ期間に違う相手に恋をしていて、Twitterで励ましあっていたから、その辛さは身に染みる。最も、私の方はすでに玉砕していて、適当な男に引っかかったり離れたり、それなりにクソみたいな経験を積んでいた。けれどAは一途でずっと彼のことを想っていた。私はAのその一途さを心から尊敬している。
『諦めました どう諦めた 諦めきれぬと諦めた』
この都々逸は友人Aにそっくりだ。
「終わったね、ついに」
「いつかそうなると思っていたけれどまさかこんなに早くとは」
私は何も言えなかった。どうやったってどう言ったってここから巻き返し満塁ホームランなんてほぼ不可能だ。私は黙って話を聞いていた。そうして気がついたら私たちはお台場へと繰り出していた。早朝4:30。私は家族に黙ってメイクをし、元彼に貢がせた一張羅のワンピースにGUのダウンジャケットを羽織って家を出る。
過保護気味の母からLINEが来たけれどそれとなく言いくるめておく。青春の一分一秒が不要不急だと誰が言うか。言われたとしても私を止める者はどうでもいい。夜の明けない街へと駆けていく。
6:30。駅の自販機で買ったハンバーガーを模したチョコを食べていたら、Aがやってきた。
「何それ」
「チョコのお菓子。食べる?」
「食べる」
ゆりかもめから見える朝焼けが綺麗だったことを話しながら公園へと向かう。このまま世界が終わればいいのに、とAは言った。痛い思いをして夢半ばで死ぬのは嫌だったけれど、頷いた。私がAだったらそう言うと思っていたから。

潮風の吹く公園に着くと彼女は持ってきた紙袋の中身を広げる。中にはかわいらしい缶だとか紙だとか彼から貰ったものからAのストーカー日記、彼が住んでいた共同住宅のパンフレットまで様々なものが入っていた。他者から見ればどうであれ、私には青春の全てに思えた。青春は、純情だけでなく憎悪やすれ違いなど思春期の汚いものも含めて青春だと思ったから。
Aは彼を隠し撮りした写真をその中から取り出すとライターで燃やす。潮風のせいであまりよく萌えなかったけれど、顔の部分は黒い炭となって消えた。私はそれをAの携帯で動画を撮っておく。
それから、LINEの彼のプロフィール画像を見せてくれた。レトロなタキシードとゴージャスなウェディングの男女がそこに写っていて幸せそうだ。
「センスないんだよあの女」
確かに、正直言ってレトロなタキシードにアレはない。服装のセンスに自信がない私でもどうかと思うレベルだ。Aは他にもプレゼントにセンスがないことや、センスのある男がセンスのない女を選ぶことに対しての不平不満を漏らした。友人であることを除いても私はAのセンスが好きだったからうんうんと頷く。今日もハイカラな羽織がキマっている。
「私がAだったらこの写真も現像して燃やすね!」
「現像して来ようかな。コンビニあるし。」
Aは海に向かって

お前の女センスなし〜!!!

と叫んでからコンビニへと向かった。私はその間Aの荷物から勝手にライターを取り出すと見ず知らずの彼の写真を燃やした。Aが私を大切にしない男に怒ってきたように、また私もAの気持ちを考えないこの男が嫌いで怒っていたのだ。写真は完全に灰になってスッキリしたけれど、黙って燃やしたのはバツが悪い。Aの神聖なる儀式を邪魔したように思えたから。

Aが戻ってくると、私たちは一緒に飲むヨーグルトを海辺で飲んだ。その後、Aが燃えた写真をもう一度確認した。
「あれ?さっきより燃えてる」
「私が燃やした」
「行動力の化身」
とりあえず怒っていないようで安堵した。次にどこで思い出の数々を投棄するかの問題が発生する。私たちが今いる海辺は少し急になっていてとても海の近くへと近付けそうになかった。Aは鉄製のざっくりしたフェンスをくぐり抜ける。
「来たくないよね?あなたルール破るの苦手そうだもん」
「うん。苦手。」
「それにお気に入りのワンピース汚したくないもんね。」
Aの優しさに助けられたと同時に私の特性を見破られていて感心した。私は自分がどういう性格か気づけずに占いじみた性格類型に手を出していたのに。やはり年数と質のいい友情は理論よりも勝るのだろう。
正直Aが戻ってくるまでおばさんとおじさんにジロジロ見られていて気が気でなく、まあまたそれとは別に違う場所を探すことにする。

いい感じに降りられる場所を見つけると鉄製の棒でできたガードを乗り越えるAをぼうっと見つめていると
「来ないの?」
と言われたので恐る恐る乗り越えた。なんだか不思議な気持ちになった。今まで校則違反をして怒られたことも無く、(1口だけノンアルコールを飲んだことはあれど)お酒を成人するまで頑なに飲もうとしないこの私が友人の言葉一つで不法侵入しているのだから。
大腸菌まみれと噂の海はやっぱり汚くて、ゴミは浮かんでいたし、よくよく見ると濁った緑色をしている。
Aは彼に電話を三度かけたがやはり出なくて、メッセージも途中まで考えていたのだけれど、なんだか思い詰めたような考えるような表情をしてからやめた。

それからしばらくしてついに思い出の数々を海に投げ捨てようという話になり、私だったら箱ごと捨てちゃう!と言ったら本当にそうなった。Aは眉をキリッとつり上がらせながら、投げた。箱は弧を描いて海の真ん中へぷかぷか浮く。

「さようなら、私の青春」

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