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【ポジショナルプレー第3回】“狭さ”を武器に戦う町田&広島の継続と変化

早いもので第3回。今回は主に2チームについて。資金力に勝る“降格組”達を物ともせず、J2で上位に着ける町田と、下馬評を覆し、今季のJ1を正に席巻している広島について。この2チームにはある“共通点”がある。今回はその“共通点”と“その後の変化”について掘り下げていきたい。

なお、できる事ならゾーンディフェンスに対する最低限の知識は事前に抑えておいてもらいたい。ゾーンディフェンスの基本から説明していたら日が暮れてしまうからだ。その際、上記の2つが特に理解の助けとなるはずなので、「基本が解らない」という方はそちらから読んでもらいたい。特に後者は電子書籍で安価に読めるのでお勧めだ。

そして当然、第3回という事は第1回、第2回がある。扱うチームは違えども、ポジショナルプレーについて順を追って解説しているので、読んでいない方はそちらからまずお願いしたい。ポジショナルプレーの基本原則や5レーンについての解説は第1回第2回で既に終えたのでこの記事で新たに解説する事はない。

ところで、皆さんはこういう言葉を聞いた事が無いだろうか。「攻撃は広く、守備は狭く」。リヌス・ミケルスを源流とするオランダサッカーから生まれたサッカーの大原則、セオリーの1つだ。ゴールは中央レーンにしか無いため、大外レーンにスペースを与えてしまう事は承知で、守備では縦横を圧縮して選手間の距離を縮め、スペースと時間を相手から奪うことでゴールを守る。また、選手間の距離を縮めた事で、1人が相手に抜かれたとしても、そのカバーリングも容易となる。逆に、攻撃ではそのセオリーを破壊するために奥行(裏抜け等で相手DFラインを押し下げる)と幅(ピッチの横幅一杯に選手を配置し、相手守備の選手間の距離を広げ、スペースを作る)が必要だとされた。つまるところこれはゾーンディフェンスによる守備と、ゾーンディフェンスを破壊するための攻撃のセオリーの事だ。これは現代サッカーにおいても変わらず通用する大原則となっている。

しかし、近年その大原則に反する形で結果を出し続ける者たちが表れた。アトレチコ・マドリーを率いるディエゴ・シメオネらである。彼らはサッカーの大原則に反し、「攻撃は狭く。守備も狭く」を志向し、戦果を挙げてきた。何故そのような事が可能なのか?彼らに影響を受け、「攻撃は狭く。守備も狭く」を実践し、今季序盤のJリーグを彩った町田ゼルビアとサンフレッチェ広島を例に解説していこう。

まず町田から。今季の町田は攻守に渡って442を採用している。数字の並びだけならオーソドックスなシステムだが、町田のやり方は特殊だ。全体を極端に片方のサイドに寄せる事で狭い攻撃と狭い守備を実現したのだ。

順を追って話そう。まず、狭く守るのはゾーンディフェンスのセオリーである。前述の通り、大外レーンにはゴールがないので、相手に大外レーンにスペースを与えてしまう事は承知で、442の縦幅と横幅を圧縮して選手間の距離を縮め、守備陣形の密度を高める事で中央レーン~ハーフスペースを防護する。そうすると、中央~ハーフスペースには時間もスペースも無いので、相手はサイドのスペースを活用して攻めてくる。そしてボールがサイドに出た段階で全体を一気にサイドへスライドさせる事で、縦横圧縮を維持したままサイドで相手を囲い込み(攻撃側は守備側とタッチラインに挟まれ、逃げ場を失う)、ボールを奪う。ここまでは一般的な守備と変わらない。問題はここからだ。

町田は奪った後、SBやSHがサイドに開いて自分達の陣形を広げる事はせず、片方のサイドに密集したまま数的優位を作り、奪ったまま狭く攻める。これには当然理由があり、狭く攻める事で、自分達がミスしてボールを失った瞬間(ネガティブトランジション)も、選手達が密集している事になる。つまり、ボールを失った瞬間から自動的に狭く守れる設計になっているのだ。失った瞬間から狭く守れるので、再び素早いプレッシングを行う事が可能。その時点で既に相手には時間とスペースが無い。また、狭く守っているので逆サイドには広大なスペースが広がっているが、失った瞬間から素早くプレッシングを行う事でサイドチェンジの長いボールを蹴る余裕を与えない。例えスペースがあろうと、「そもそも蹴らせなければ問題ない」という割り切った考え方だ。そうしてボールを奪い返し(ポジティブトランジション)、再び狭く攻めるのである。

サッカーには大きく分けて4つの局面があり、その4つの局面は境目なくシームレスに繋がっている。攻撃→攻~守の切り替え(ボールを失った際。ネガティブトランジション)→守備→守~攻の切り替え(ボールを奪った際。ポジティブトランジション)→攻撃、のサイクルだ。サッカーは野球とは違い、攻撃と守備が分断されたスポーツではない。攻守は表裏一体で繋がっているため、攻撃をしながら守備の準備をし、守備をしながら攻撃の準備をする必要がある。そうしなければ、切り替えの際に相手に付け入る隙を許す事になる。町田は狭く攻撃して狭く守る事で、攻守を可能な限り一体化させ、切り替えの際の隙を極力作らないようにチームを設計したのだ。何故か?サッカーの最大の得点機会はカウンターだからである。ボールを失った際の隙を減らす事ができれば、相手の最大の攻撃機会の芽を摘む事ができる。つまり失点が減る。そのために「攻撃は狭く、守備も狭く」を志向しているのだ。

こういった攻守を実現するために、アトレチコ・マドリーでは以下のような練習を採用している。守備側の4人は横幅を可能な限り圧縮し、攻撃側の縦パスを通さないようにゾーンディフェンスのセオリーに基づいたアプローチとカバーリングを繰り返す。攻撃側は横圧縮された守備を掻い潜り、守備側の裏に居る2人に縦パスを通す。2人は縦パスを受けられるように、ただ立っているのではなくパスコースを作る動きを繰り返し行う。これらは前述のような攻守に圧縮された状況でプレーを行う準備に他ならない。町田のトレーニングでも恐らく同じようにデザインされた物を見る事ができるはずだ。

また、以下はロイ・ホジソンに率いられたクリスタル・パレスの分析記事の翻訳である。主に442を用いる彼らの攻撃面の特徴を「直線的で幅をとらない攻撃」とし、「幅を狭める守備の一つの利点として、ボールを奪ったときにお互いの距離が近いことがあります」と記している。クリスタル・パレスもまたアトレチコや町田と同じゲームモデルを用いているのだ。

それでは実際の町田のプレー映像を見てみよう。

これらの動画を見ると、町田が442ゾーンで縦横を圧縮して相手をサイドに追い込んでボールを奪い、横幅を使わずに攻撃している事が理解できるはずだ。特にその3の動画が秀逸で、2トップがスペースの広い方から狭い方に向けて相手CBへアプローチに行っているのが解ると思う。これは相手CBからスペースの広いサイドへパスを出されるとボールを前進させられてしまい、後退を余儀なくされるので、広い方から狭い方に蹴らせるように追い込んでいるのだ。結果、相手CBはまんまと狭い方へ蹴らざるを得なくなっている事が見て取れる。それでも中央経由等で広い方へ出されてしまった場合は全体がラインを下げて裏へのボールを警戒する。この辺りもきちんと守備が整備されている事が解る。

そして町田の攻撃面の特徴はとにかくダイレクト志向。狭く攻撃して狭く守っているので、当然相手も密集している。そのため、相手にパスカットされやすい横方向へのパスは極力少なくし、縦に速い攻撃、ゴールに直結するようなパスを選択する事が多い。当然ボールタッチの回数も少ない。また、相手DFラインの裏へのロングボールを放り込むのにも躊躇がない。やはりここでも狭く攻撃して狭く守って密集しているため、例え相手に跳ね返されたとしてもセカンドボールの回収が容易なためである。放り込んでは跳ね返され、それを回収してまた放り込む等、このゲームモデルにおいてロングボールは有効なボール前進のための手段だ。

どうしても狭い所を通さねばならないため成功率が落ちる、攻撃の際のショートパスの精度(5/27時点でのチームパス成功率53%、リーグワースト)と時間が進むにつれて落ちるプレー強度という課題はあるが、町田は「攻撃は狭く。守備も狭く」というやり方で18試合を終えて9勝5分4敗32得点23失点でリーグ4位と好結果を残している事は評価に値するのではないだろうか。


それでは次に、上記の町田と同じように「攻撃は狭く。守備も狭く」を志向し、全体を片寄せする事で序盤のJ1で無敵を誇った広島の方を見ていこう。広島に関しては、4月の頭に1度分析をしたので、まずそちらを読んでもらいたい。

この通り、広島は右サイドに全体を片寄せし、数的優位を作って柏の守備を突破している。なお、広島の攻撃が極端に右に偏るのはSBの個性の違いから来ている。左SBにはフィジカルに優れ、対人最強の佐々木翔。右SBにはサイズ・フィジカルには難があるが、ポジショニング・パスセンスに優れた和田拓也。この和田の個性を最大限に活かすために右サイド偏重の攻撃が行われている。それと同時に、チーム内に左利きが少ないことも影響しているだろう。タッチライン際でボールを縦に前進させていく際、右サイドに右利きの選手を配置すればスムーズになる一方、左サイドに右足しか使えない選手を配置すると、相手に対して背を向けるトラップが多くなり、スムーズに前進できない事は前回の神戸vs鳥栖の分析で述べた通りだ。

こうして広島はSB和田、SH柴崎のサイドプレイヤー2人に加え、DH青山&稲垣の2人も極端にサイドに寄り、逆サイドのSH柏好文も右サイドに現れる。更にFWも1人流れてくる事も多く、6、7人がボール周辺に集結し、数的優位を用いて攻撃。ボールを失っても密集を活かして即回収、再攻撃に繋げている。仮に逆サイドにボールを出されてしまっても、そこには対人最強の佐々木翔が門番として待ち受けているのだ。柏戦では逆サイドの戦術兵器、SH伊東純也に佐々木翔を貼り付ける念の入れ様で柏の前半の攻撃を寸断してしまった事は記憶に新しい。

こうしてJ1序盤戦で無敵を誇った広島だったが、思わぬ落とし穴があった。長谷川健太監督が就任し、前年までの穴だらけの守備を改善。甘さの見えるプレーが減った事で上位に躍り出たFC東京に負けたのだ。FC東京は広島のミスから序盤で2点先取。その上に「数の暴力には数の暴力だ」と広島の数的優位による攻撃に対してFC東京も人数を揃える事で対抗。粘り強い守備で3-1の勝利に結びつけた。

この敗戦が切っ掛けとなり、広島は「攻撃は狭く。守備も狭く」のゲームモデルを覆し、攻守の再構築に着手する事になる。

FC東京戦から1週間経った清水戦。左SH柏好文のポジショニングが変わっていたのだ。今まで通りであれば右サイドに寄って攻撃する所を、左サイドに張っている。状況から考えるに、FC東京戦で数的優位による攻撃が対策されてしまった事で「やはり幅を使わなければ」と考えたのだろう。しかし、これがまた新たな問題を生む。清水戦から10日後の仙台戦では、渡辺監督が広島の戦術変更で生まれた新たな隙を見逃さずに見事な先制点を導いたのだ。

広島のスローインからの展開。ボールが投げ入れられた瞬間、左サイド高い位置に居たSH柏好文がサイドに張るべくバックステップしている姿が確認できる。そこから少し絞って中央レーン~ハーフスペースの境目辺りにポジショニングしている金髪の選手が佐々木翔だ。ここから広島は右サイドでボールを前進させようと試みる。しかし、柏好文が左サイドに張っているので数的優位が作れなくなっている。また、その影響でボールを奪われた際にも即時奪回が不可能になり、仙台に簡単に中央への展開を許してしまっている。以前ほど密集が作れないからだ。そしてここからが渡辺監督による仕込みの肝だ。1トップの石原直樹がセンターサークル付近まで降りて受けようとしているのが見えると思う。これは、広島のDH青山&稲垣が右サイドで数的優位を作るために右サイドに極端に寄っている事で生まれたスペースだ。しかし、前述の通り、広島は数的優位を作れてはおらず、即時奪回できるだけの密集も作れていない。つまり、「攻撃は狭く。守備も狭く」を中途半端に放棄した結果、DHが動くことで生まれたスペースを無防備に晒しているだけとなっているのだ。CB水本が慌ててアプローチに行くが、距離が遠い。石原に前を向かれ、逆サイドの大外レーンを駆け上がる蜂須賀まで簡単に運ばれてしまい、そこからのクロスで先制点を許してしまった。大外レーンにスペースがあるのは承知で「そもそもサイドチェンジさせなければ問題ない」という割り切った考えで攻守を構築していたのだから、サイドに簡単に運ばれてしまう時点で設計が狂っているのだ。

先制点と同じ理屈で殴られているシーンが他にもあった。このシーンは攻~守の切り替えの瞬間ではないが、同じくDHが空けた穴からである。広島の守備のやり方は、まず442の2トップが相手DFラインにプレスに行く。この時、相手が3バックであってもSHは出ていかない。2トップに頑張らせるか、もしくはDH、特に青山がFWと同じ高さまで出ていって数的同数プレスを行う約束事になっている。相手をサイドに追い込んでタッチラインと挟んで奪いたいので、SHが1列上がって数的同数プレスに参加するとサイドで奪えなくなってしまうからだ。ただ、広島の弱点はここで、数的優位を作るために右サイドに極端に寄る事も含め、「DHが縦横に動きすぎる」のだ。守備において一番手厚く防護しなければならないピッチの中央からDHが度々居なくなってしまうので、相手にしてみればそこは狙いどころである。以前の541森保式であれば、DH青山がFW佐藤寿人と同じ高さまで出ていってプレスを掛け、相手にわざと中央のスペースを晒した所でCB千葉和彦が迎撃。プレスのために1列前に出ていた青山を経由してカウンターを発動するという周到な罠が張られていたが、現在の広島にその様子は見られない。当時と違ってCBが奪い切る事もできていない。

よって、DHの空けたスペースを使われ、やはり中央経由で逆サイドに展開されてしまう。特に後半のシーンはSB和田が関口の突破を身を挺して防いだ事で難を逃れたが、広島の弱点はここにあると渡辺監督が見抜いている事も明らかだった。

対して、広島の攻撃はこれらの動きを見ると、「攻撃は狭く。守備も狭く」の数的優位による攻撃から脱却し、サイドで菱形を形成する位置的優位、つまりポジショナルプレーによる崩しを志向し始めた事が見て取れる。柏好文を左サイドに張らせているのもその一環だ。質的優位をもたらせる選手がサイドに居た事が城福監督にこの決断をさせた要因の1つである事は疑いようがない。

柏好文が左サイドに張り、佐々木翔とコンビネーションを見せる機会も増えてきたので、柏戦でそれぞれ10%15%75%と極端に右サイドに偏っていた攻撃が、仙台戦では21%20%59%と左サイドに数字が戻ってきている事が伺える。

そしてリーグ戦中断前最後の試合となったC大阪戦。ここで広島はポジショナルプレーへの移行をほぼ完了する。動画で確認しよう。

左サイドはSH柏好文がサイドに張り、右サイドはSH柴崎とSB和田が入れ替わりながらサイドに張る。基本的にSB・SH・DH・FWの4人でサイドで菱形を形成し、時に逆サイドでフリーになっているSHへのサイドチェンジも交えながらボールを前進させる事を志向している事が解ると思う。第1回から順を追って読んできた人は「見た事がある」と気付いたはずだ。そう、東京Vのゲームモデルと似ている

サイドで菱形を形成する事で、選手達のポジショニングで位置的優位を獲得し、逆サイドでフリーな選手を作り、相手に1対1を強いた上で質的優位で相手を殴る。つまり、広島が現在やろうとしているのは紛れもないポジショナルプレーである。右サイドに片寄せして数的優位で攻撃していた柏戦と比べ、両サイドで菱形を形成して位置的優位と質的優位で攻撃するようになったC大阪戦は左サイドから32%23%45%と、仙台戦より更に均等に攻撃している事がデータにも表れている。

この通り、序盤戦を「攻撃は狭く、守備も狭く」とディエゴ・シメオネに連なるゲームモデルで戦っていたはずのチームが、いつの間にかジョゼップ・グアルディオラに連なるゲームモデルを獲得しようとしていたのだ。これには目を疑った。しかし紛れもない事実だ。広島はこのW杯による過密日程の中で、人知れず戦術の大転換を成し遂げようとしていたのだ。

天皇杯2回戦を前に、城福監督は以下のように語っている。グアルディオラのポジショナルプレーを分析した記事の翻訳と比べてみよう。

城福監督「GKからのビルドアップ、中盤のエリアでの相手の広げ方、アタッキングサードでオプションをもつこと。それを、ここ数日ずっとやっている。その3つが少しでもいい形で出ればいい」

「グアルディオラのチームはフィールドの中心に優位性を求めています。常に中央を使うという事は、選手は常にパスの選択肢が与えられている事を意味します。グアルディオラが選手に望んでいるサポートとは、お互いに少なくとも2つ、より好ましいのは3つパスの選択肢があるという事です。当然ですがこれは3角形やひし形を形成することです」

「ゴールキーパーを使うこともDFラインで数的優位を作る方法です。相手の守備ラインを突破して攻撃の優位性をつくり前進します。”Salida Lavolpiana”は中央のディフェンダーが大きく広がり、セントラルMFがスペースに落ちる動き(4バックのCBCB間にDHが落ちて3バック化するビルドアップの事)のバリエーションです。ゴールキーパーを基盤として、ビルドアップのための3バックを作ることも一つの方法です」

この通り、城福監督が発したキーワードはポジショナルプレーの導入を進めようとしている間違いのない証だ。

出発点を同じとしながら、今も「攻撃は狭く。守備も狭く」のゲームモデルを貫く町田。まるで中断期間の存在を前提に2段ブーストを掛けるかの如く、対極にあるゲームモデルに手を伸ばした広島。最終的な成功を収めるのは自らの意思を貫く町田か、変化を求めた広島か。この2チームの今後の戦いぶりを今後も注目していきたい。

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