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スペイン留学_ VIAJE:コルドバ

¡Hola!
先週末に、cursos internacionales のアンダルシア遠足がありました!
セビージャとコルドバに行きました。
長くなるので、コルドバ編とセビージャ編に分けます!その様子を載せます(^^)

アンダルシアってどこ?

アンダルシア

スペイン南部のアンダルシアは、フラメンコに闘牛、イスラム時代の遺産が残る地方です。8世紀初めから約800年にわたってイスラム教徒に支配されたアンダルシアは、コルドバのメスキータやグラナダのアルハンブラ宮殿など、アラブの雰囲気が漂っています。
地中海沿岸は、1年中温暖な気候です。セビージャなどの内陸部は夏はとても暑いです。
お祭りもたくさんあります。
5月にあるコルドバのパティオ祭りの時期にもう一度行きたいです。

コルドバ Córdoba

メスキータの北側に広がる、迷路のように道が入り込んだユダヤ人街があります。白い壁が特徴的です。「花の小道 (calleja de las flores)」は写真スポットで有名です。

ユダヤ人街の街並み
sándwich mixta
あまり好みではないです。でもハムとチーズは美味しい。
観光客向けの馬車がありました。

アルカサル Alcázar de Reyes Cristianos


カスティーリ王アルフォンソ11世の命により、イスラム王の宮殿跡地に14世紀に建設されました。15世紀末にはイスラム勢力最後の砦グラナダを攻略する際の拠点となり、コロンブスは新大陸発見の資金援助を仰ぐためにこの城でカトリック両王に謁見したと言われています。異端審問の宗教裁判所としても利用されました。イスラム時代も、スペイン国独立のときも要塞として使われていたみたいです。
アラブ式の庭園をはじめ、ローマ時代のモザイクが展示されていました。

1994年に世界遺産登録
左の塔は異端審問をしていたところ
ローマ橋と小さくカラオーラの塔も見えます。
コロンブスがカトリック両王に謁見する様子


メスキータ Catedral de Santa María de Córdoba

コルドバは、5世紀には西ゴート族に、6世紀には東ローマ帝国の支配を受けていました。アブド・アッラフマーン1世が西ゴート時代の「サン・ビセンテ教会」を買取り、785年にモスクの建設を開始します。
メスキータは3回ほど拡張されています。
入口すぐのメスキータが初期に造られたものです。建築費用を抑えるために建造物の柱を再利用しているため、土台で長さの調整をしているものもあります。古代ローマの水道橋を真似しているらしいです。

メスキータ:オリジナルの部分
サン・ビセンテ教会の遺跡

848年にアブド・アッラフマーン2世によって拡張された部分は、レコンキスタの後カルロス5世によってカテドラルに改造され、1000本あったとされるアーチもスペースの確保のために850本に減ってしまいました。初期の柱は、レンガと石灰岩が使われていましたが、増築が進むにつれて石灰岩に色を塗っただけのところもあります。

「円柱の森」とよばれるメスキータ内部

下の写真はミフラーブ(メッカの方角を示す壁がん)です。961年のハカム2世による2度目の拡張の際に造られました。この豪華な装飾は、ビザンチンモザイクといい、スペインで唯一見ることができるものらしいです。偶像崇拝が禁止されているイスラム教の装飾は、植物や幾何学模様です。
ミフラーブについてガイドの先生が説明してくれていたのですが、知識がないまま訪れてしまったために、写真を撮り忘れてしまいました。

ミフラーブ
参照:Wikipedia


追記:自分で撮影したミフラーブの写真を見つけました
オレンジの中庭

ミナレットは、コルドバで一番高い塔で、ランドマークです。

ミナレット

さいごに

コルドバは歴史も魅力もたくさんで非常に興味深いです。つくられた歴史や時代背景を理解して訪れると、より魅力的に感じられることでしょう。
コルドバのメスキータは、大学1年生のとき、スペインの歴史を学ぶ授業で写真を見て、絶対行きたい!と夢見ていたところで、自分の目で見に行けて忘れられない思い出になりました!
次回は、アンダルシア:セビージャ編です!

¡Hasta luego!

参考:地球の歩き方

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