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日記:ビヨンセのコーチェラ見る前〜見た後

(5月6日に下書きで記録してあった日記と今日の日記を続けて読むと面白いかなと思うので2日分ですどうぞ。)

5月6日
ずっとずっと自分の作った曲をSoundCloudにあげてみたかった。ライブがしたいとかそういう気持ちはぜんぜんない。かつてそんなこともしていたけれど、わたしは結構神経質だから、ライブ前になるとかならず鼻の通りとかが病的に気になるタチで、発声練習を怠ると不安にもなる。

最近ビヨンセのコーチェラの音源をiPhoneでずっと聴いているけど、あんなのはマジのガチのスーパースターが成せる技である。だからこそかっこいいし、もちろん憧れる。でも低血圧で朝もロクに起きれないグダグダの私が持っているものとは明らかに色々と違う。

そんなこんなで喉や体の維持とか考えるとライブよりも録音のほうが、わたしは遥かに安心して気楽に音楽が楽しめる。歌うのは好きですけど。あと基本的に自信がないので活動の維持もメンタル面で難しいと思う。

念願だったサンクラに自分の曲を上げるのは、かなり勇気がいった。たった1分のものなのに…

友達に聞いてもらって帰ってきた反応はどれも嬉しいものだった。

今までひとりでボツボツ作っていたものを人に聞いて貰ったら、こんなにも語彙豊かに感想を述べてもらえるのか…と思って、新しい楽しさを覚えた。

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5月10日

ビヨンセのコーチェラの録音音源は最近本当によく聴いていて、良いなぁさすがだなぁとは思っていたんだけど、話題になっているのはNetflixのlive映像の方で、それは今日やっと観た。

甚く感動したので今こそnoteに書く時!と思ってパソコンを立ち上げると、下書きの中に上記のごとく卑屈に縮こまり、楽な方がいいじゃないですか、とでも言いたげな向上心が全面的に頭打ちを食らっていて、我ながらヤバい文章がたまたま記録されていた。正直、自分が恥ずかしい。

「あの人は〜〜だから出来るのであって」という考え方は、卑屈でかっこよくない。でも数日前に書いちゃってましたね。見誤ってますね。

ビヨンセがガチのマジのスーパースターには変わりがなくとも、わたしよりははるかに大変な苦労や練習を積み重ねている人に対して、自分は怠惰にあぐらをかいて外野の形相で褒め称えるなんて、「いや、見てるだけの自分もっと頑張れや」という感じである。

…反省はこの辺にしておいて、もう観た方は色々とご存知だと思うので、自分の心に残ったことだけ書いておこうとおもいます。

練習過程やステージ作りの段階の映像が流れている時、ビヨンセは「個性」という言葉をよく使っていた。「200人程居るバンドやダンサーのそれぞれの個性をステージで見せたい」というような、極めてポジティブな意味で。

「個性」というのは日本人が使う分に、あまり褒め言葉のように聞こえない。「個性的だよね」と言われると「どうしようもないやつ」というようなニュアンスが割と含まれる気がする。(それが悪いというわけではないです)

私がすごい!と思ったのは、ビヨンセの使う「個性」という言葉は「ほかの人との違いを楽しむ」ということもまぁ少しは含まれるかも知れないけれど、「比較」とは似て非なる、「だってそれが一番美しくて、それぞれのルーツがあって、とても大事じゃないですか」という姿勢…何が大事なのか、彼女の中でとてもはっきりしている。ステージ上ではあんなに勇敢でクールでかっこいいのに、本当にソウルの暖かい人だ…となんか芯の部分の美しさに、惚れ惚れして、胸打たれました。やっぱ、I love herでなくI adore herなんですよね…あれ?コーチェラ見る前の自分に戻ってきてない?大丈夫??

私は黒人歌唱もとっても好きだし、何より黒人のスピリットに大きな憧れがあるのでどうしても感動してしまうんですけど、例えば、ただ黒人歌唱を真似するんじゃなくて(めちゃ真似していた時もあったけど)内面的な部分での心の暖かさ、賢さ、かっこよさを、日本人の私に置き換えるなら、どんなものになるだろうかと模索してみたくなりました。

HIPHOPを日本でどうやってくか?みたいな話とちょっと似ているかもしれない。誰かのスピリットを知ったところで、背景も環境もやってることも地味に違うし、簡単には自分に当てはめることができない。でもそれをなんとか噛み砕いたりいろんな視点を持って自分の頭の中で、オリジナルでトランスレーションしたもの。そうゆうものに価値も深みも出てくるんじゃなかろうか。

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ミーハーOL 音楽が好き。

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