「スマートシティ」から「賢明なスマートシティ」へ

MIT Pressから出た「The Smart Enough City」が面白かったので、ポイントを纏めてみました。事例などは結構端折っていますので、興味があれば是非、原文でどうぞ。

2016年ボストングローブ誌に「バイバイ、信号機」というヘッドラインが掲載されたそうだ。MITの研究者が開発した「インテリジェント交差点」で、自動運転車の流れを制御して信号をなくすというものだが、ここには忘れられているものがある。人の存在だ。

自動運転車。導入すれば事故が劇的に減り、移動時間もかなり短縮される。一見いい事ばかりのようだが、本当にそうだろうか?その際には、1930年代の自動車時代の教訓がある。ニューヨークで橋をどんどん建設することで混雑をなくすことを目指したが、車の通行量がそれに増してふえて、混雑は全然解消されなかった。そして歩行者や自転車に乗る人たちは無視されていった。自動運転も車の運転の効率だけを目指すと同じことになる。都市の交通は歩行者の利便性やコミュニティの活性化なども考慮しないといけないので、話は複雑になる。トロントの事例が示すように、聞くべき問いは「トロントにとって自動運転とは何を意味するか?我々はどう自動運転を計画し、実現していくのか?」である。そしてトロントでは自動運転車の共同所有はどうすべきか、駐車スペースはどう最適化すべきか、電車との接続に自動運転車を使うというのはどうかということなどをテストしていった。

オハイオ州コロンバスの例は、もっと凄くて2050年のインサイトを作成し、街の問題点となるであろうことの優先順位を決め、それらの問題に自動運転がどう適用できるかを検討している。つまり、自動運転を導入する前に、その街にとって、何が政策の優先順位かをはっきりしておく必要があり、その際にフォーカスするのは、テクノロジーでなく、人でなければいけないということだ。

地方自治とテクノロジー。テクノロジーを導入すれば民主主義はアップデートできる。そうやってテクノロジスト達は様々な政治アプリを導入してきた。典型なのは311という色々な都市で導入されたアプリで、市民は道に穴が開いている、標識が壊れているなどをスマホから通報できて、すぐに解決できるというものだ。しかし、市の職員が増えるわけではないので、通報を受けてもすぐに対応できるわけでなく、アプリによって市民の政治参加意識が高まるわけでもなかった。

それとは別にコミュニティプランイット(Community PlanIt)は、コミュニティ内でオンラインでいくつかのミッションを熟議しながら解決していくというゲームである。何か結論を出すのではなく、コミュニティ内で他の人々の見解とかを理解するためのゲームである。しかしこのようなゲームが市民の政治への参加意識を次第に高めることになる。また参加型予算形成(PB)というやり方もある。市民は予算を検討するために何回もの会議に参加しないといけないし、結果としてできた予算が採用されるわけでもないが、参加することで、政治への参加意識が明らかに向上することがわかった。テクノロジーはこれらの試みへの参加を広く募るのには役に立つが、試みそのものを簡素化すると政治への参加意識を醸成する効果は薄くなってしまうことに注意が必要だ。

犯罪防止と機械学習。犯罪防止に機械学習を導入すると、犯罪の未然防止や効率的な犯人逮捕に繋がるのではと考えたのは、マサチューセッツ州ケンブリッジの警察署だ。しかし機械学習は、過去データとどの要素がどう犯罪に関係するのかという教育に依存している。そして過去のデータというものはそれまでの犯罪捜査が行ってきたバイアス(黒人の犯罪率が高いのは、その地域に優先的に警官が割り振られていることなど)に影響されている。

それでは、バイアスのかかったデータから、バイアスの影響を受けていないデータのみで機械学習させればよいのか、というとそうでもない。機械学習はテクノロジストが主張するように、中立的ではなく、警察のこれまでの捜査のやり方にバイアスがあれば、機械学習が依って立つモデルも影響をうけているからだ。

それでは「賢明なスマートシティ」は機械学習を導入すべきではないのか?というとそうではない。カンザス州のジョンソン郡では、犯罪者に精神障碍者が多いということから、精神障碍者のデータと精神障害の検査記録を統合し、犯罪者数は減少し、精神障碍者が治療を受ける数は増加したそうだ。そして警察署内に資格のあるメンタルヘルスの専門家が置かれることになったそうだ。

結局、人々の生活は複雑で、犯罪行為というのはその一部でしかない。なので、本当に犯罪を減らすという目的のためには、社会全体から多くの要素を考慮して機械学習をどこに適用すべきかを考えなくてならない。

テクノロジーの導入とプライバシー。テクノロジーを導入する際には、そのアーキテクチャを検討する必要がある。テクノロジーはどうやってその目的を達成するのか?誰が管理するのか?それをどう賄うのか?何故なら一旦導入されたテクノロジーは、次の世代にも影響するからだ。

例えばニューヨーク市で導入されたフリーのWiFi (LinkNYC)の場合は、Googleの親会社のAlphabetの子会社Sidewalk Labsによって運営されているが、このWiFiにアクセスするMAC アドレス(機械識別番号)を取得していた。MACアドレスそのものは、個人情報(PII)とはされていないが、その他のデータと連携させると個人の特定は可能である。さらにAIを使えば、あなたが誰の知り合いで、次にどこへ行くかも予測可能になる。

アルゴリズムが市の業務に導入されると、なぜそういう決定がなされたかが不明になる。それにどう対応するかについての一例がシカゴで導入されたAoT(Array of Things)という都市のためのフィットネストラッカーだ。LinkNYC同様、AoTも街中にセンサー等を置くが、シカゴ市とシカゴ大学で運用されていて、どう動くのか、どうプライバシーを担保するのか、どうセンサーが人々の生活を改善するのかについて公開の議論を重ねた上で導入された。

スマートシティが最高の効率を求めて、できる限りのデータを収集するのに対し、賢明なスマートシティはシカゴの例のように、データは公衆の支持が得られる限りにおいて収集し、しかもプライバシー保護のポリシーをしっかり定めた後に行われる。センサーの導入であっても、人々の莫大な情報を悪用しなくとも都市生活を改善するアーキテクチャは存在するのだ。

テクニカルなイノベーションより、非テクニカルなイノベーション。2015年ニューヨークでレジオネラ病が発生した。レジオネラ病のバクテリアはビルの空調のクーリングタワーに発生することがわかったが、どのビルが既に対応済みで、どのビルの検査をすべきが問題となった。この時、問題になったのが部署ごとに保有しているデータを照合することだ。一方で、徴税のためのデータがあり、それはビルのオーナーに関する情報があるが、クーリングタワーの情報はない。一方、ビル管理の情報には、クーリングタワーの情報はあるが、オーナーの情報はなく住所しかわからない。データ分析チームはなんとかデータを統合し、機械学習でどのビルを検査すべきか予測していた。しかし何度アルゴリズムを見直しても、絞り込みが十分できない。そこに入ってきたのは7階未満のビルにはクーリングタワーを設置してはいけないという防火上のルールの情報だ。これをアルゴリズムに適用して何とか絞り込みができ、ニューヨークはレジオネラ病の大量発生を避けられた。

ニューヨークではこのことを教訓に、部門間のデータ連携を進め、緊急対応ドリルを実施することで実際にデータが使えるか、またスタッフが有効にデータが使えるかを訓練している。サンフランシスコでも同様にデータの統合とその活用の訓練を実施していくことで、データの有効活用ができるようになっている。

テクノロジー導入する前に、市のポリシーや地域の課題は何かを正しく問うことが必要だ。部署ごとに特定の目的でデータを収集すると、全体として統合した場合に使えないということが起こるし、統合されていても、それを使うスタッフのリテラシーを訓練などによって上げていかないとデータの活用は進まない。スタッフがデータの分析に慣れてきて初めて、テクノロジーを適用するのが正しいのか、そのテクノロジーの前提条件まで含めてできるようになるのだ。

スマートシティ、過去からのレッスン。これまでの話を纏めると以下の5つのことに要約される。

①社会や政治の問題は通常複雑なのだが、テクニカルなソリューションは問題をすぐ単純化する傾向がある。まず社会的・政治的なゴールを決め、アジェンダに則って導入すべきである。

②賢明なスマートシティは、明確なゴールや長期の計画に則って、適用する技術とその技術がもたらす価値を評価して、導入を進めるべきだ。

③賢明なスマートシティは、ローカルのニーズに対応したポリシーやプロセスの改革を通して、インパクトのある改革を実現する。テクノロジーはその改革を有効なものにする限りにおいて導入すべきだ。

④賢明なスマートシティに導入されるテクノロジーは、より広い社会的なインパクトを考慮して導入されるべきで、その際にはプライバシーを擁護するものでなければならない。テクノロジーを禁止するのではなく、民主主義を擁護するように導入されるべきなのだ。

⑤地方自治体は、データを使いこなす能力とプロセスの開発を時間をかけて行うべきだ。データを分析する最新のテクノロジーを導入することを急がず、データを使って何ができるのかというプロセスや実践を骨を折りながら進めていくことが肝要だ。









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