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ご報告


2004-2024


弊社が今日で創業から
満20年となりました。

素直に嬉しいです。
達成感を感じます。

弊社をご支援下さる全国の
Grazio&Co.ファンの皆様と、

弊社のスタッフならびに
弊社を裏側できっちりと支えて下さる
多くのお取引先様のおかげです。

本当にありがとうございます。

こういうブログの場ではありますが、
きちんとご報告とお礼をさせて
頂きたいと思いまして、少し書きます。



大変多くの人々のご協力とご理解、
支えによって今日まで来たのは
紛れもなく事実ですが

経営という点においては
本当に誰からの助けも支援もなく、
自分ひとりでやってきました。

経営者の経験

なんて誰もないのが当たり前なわけで、
右往左往の連続でしたが
なんとかなりました。

一番のネックは常にお金でした。
途中からは人でした。
とてつもない(個人的には)金額の
借金も抱えました。
私財のほぼ全ては個人保証です。

お金がなければ人も集まらないし
アイデアひとつで勝負すらできないことも
嫌という程知りました。

お金を使わないと商品が出来ませんし、
お金を貯めないと使えません。
馬鹿げた当たり前の事なんですが、
こんな事で20年一番苦しみました。

考えやアイデアはあっても
実現できないのが一番悔しいと、
それがお金によるものなら一層悔しくて
類似したものが世に出てきて
評価されるのを見るのが一番苦痛でした。

自分の氏名に「金」という文字が
入っていますが、じゃあなんで?と
そんな理由でいらいらした時も
ありました(笑)


どんなに世の中の流行があっても
「自分が良い」と心底思えるものを、
「それの何が良いか」を伝え続ける事を
ただ工夫もなくやり続けた20年です。

なんでこんな事をするのか?
という理由を明確に相手に向けて
伝え続けるだけでした。



あとは車でしょうか。

「車を買う」のは大変です、
欲しい車は山ほどあっても
お金の問題でそれは実現しません。

本当に欲しい車があっても
お金が理由で2番目に欲しかった車に
なる事もありました。

人にとって「車を買う」という事は
家を建てる次くらいに大きな事で、
その心理を学ぶ事から始めました。
いかに愛おしく、いかに大切か、
その車が理想的に変化をするって
どんな風に、どのくらい嬉しいのか?
を身をもって知り、オーナーの心境を
できる限り同じ目線から体感した上で
どんな事をやろうか?
って考えるようにしてきました。
創業20年で44台の車を買いました。
44回契約をして、
44回納車を体験したわけですが、
その全てが同じように劇的です。
今でもです。

だからお金には苦労するはずです(笑)

ただ、この考えこそが数少ない僕の
成功要因だったと言えます。
商品開発とはよく聞く言葉ですが
そんな簡単に行くものでもないし、
その良し悪しこそが経営の上で
決定的な優劣に結びつくわけです。

車に付けて楽しむもの

を世に放つ上で、その車が無ければ
あるいは所有して日常を過ごさなければ
不満も願望も湧きません。
他人の車を眺めていて思いつくほど
甘くありません。
だから世に模倣や類似が山積するのだと
思います。
何をどうしたいか?が湧かないので
みんながどうしてるか?を
知るしかないのだと思います。

そうなったらもう仕事は楽しくありません。
代わりに苦渋を味わう苦労もないですが。


ひとつの発想が理解を得るまでに
どんなに早くても3年はかかります。
見た事もなく、考えもよらなかった事を
いきなり見せつけられて「良いだろ」と。
相手にはそんな理想も願望も
なかったわけですので当然です。

だいたい3年経って自分の感性は
合っていたのかどうかを知る事が出来ます。
おおよそ1,095日間ですが、
毎日戦うと良いと思います。
曜日や定休日などありません、当たり前です。
あるのは従業員だけです。

僕が20代の頃にはエボルーションの桜田社長や
ワイズスポーツの木下社長をはじめ、
多くのカリスマ的経営者の方々が存在しました。
それに端を発してジャンクションの武富社長や
ケンスタイルの田中社長、Gコーポレーションの
渡辺社長、小島さん(現LXMODE社長)など
多数の見習うべきブランドがありました。

タナベの田邊社長も、柿本レーシングの
柿本あかりさんも。
数多くの方がやられていた事、起こした
ムーブメントを目の当たりにして若い頃に
感性を磨かせて頂きました。

中でも特に桜田社長から学ぶ様々な感性や
視点と言うのは全てにおいて当時の自分の
キャパシティを振り切っていました。
なぜそんな事を思いつくのだろうか?
と、身近でいつも感じていました。
独立創業した直後、本当に数々の宝となる
お言葉も頂きました。
今でもそれらは礎となっています。


そして、そうした環境に自分を置いて下さった
独立前の勤務先の社長でもあります都築社長には
本当に感謝を申し上げなければなりません。

ギャルソンやファブレスの立ち上げ時、
インシュランスの成り立ち。
全てに密接に関わりました、そしてその後
それらブランドがどのようになって行ったかを
目の当たりにして学びました。

本当にありがとうございます。



「少し書く」

と言ったものがずいぶん長々となりました…。

まだ書き切れるものではありませんが、
この辺にしておきます。

20年って別にゴールじゃないですし、
もう21年目も始まっていて
また自分との戦いの日になりますが
振り返って文章に書いてみると
たくさんの気づきがありました。

たまに振り返るのも良いのかもしれません。


良い事ばかりではなく。

色々書きましたが嫌な思いをさせてしまう
ケースも良い事と同じくらいあったと思います。
全て上手くいってるなんて全く思っていません。

お叱りのメール、時にお手紙。
未だにたまに見て戒めています。

僕に失望して去って行った人も
喧嘩をして断絶した人も、
已む無く廃業の道を辿った人たちも。

やはり皆さんにお礼を言うべきかなと
思っています。

ありがとうございました。



それと皆さん。

たまにその笑顔、
見せに来てくださいね?

それが結局全ての源ですので。

なんだかんだ言いまして、
シフトノブひとつを巡り
大の大人が満面の笑みで喜ぶ光景。

これにことごとく20年支えられました。
感謝しています。





END


*文中「敬称略」にてすみません




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