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髪を切れ!

 この街に住んでもう6年になる。都内だがのどかで自然もあって素晴らしいが、いささか美容室が多過ぎる。そんな美容室建てんでも...というくらいある。テナントが空いてしばらくして着工し、何が出来るか密かに期待していると、当然のごとく美容室である。

 ただそれほど美容室があって、私の行きつけはない。あとからここへ越して来た知人におすすめの店を訊かれ、ないと即答した。もちろん一般的に人に薦められる美容室はあるだろう。しかし私は全く知らぬし、また探そうともしない。他の街に探しもしない。もう自分で髪を切っている。

 まず私がこれまで美容室に縁がないという背景がある。子供の頃は地元・埼玉の床屋で切っていた。そこは加藤剛似の昭和イケメンのご主人と、パーマをかけたジャイアント馬場激似の奥さんで営まれていて、2席だけの店内に父と並んで腰掛け、父が加藤剛に、私は馬場に切ってもらっていた。色気づいて美容室に行き出し、そのザ・昭和の床屋にも行かなくなってしまった。大学時は池袋にしばらく通った店があったが、担当が結婚して沖縄に行ってしまい(そんな遠くに行かんでも)、それっきりとなった。この街でも10店以上は試したが、担当の異動やら私の不満やらで通い続けるに至らなかった。

 たまにホットペッパーを覗くも、徐々に眉間にしわが寄り出し、終いにはスマホをぶん投げてしまう。お前がそこまでこだわる条件とは何だという話であるから書いて参りたい(前置きが長くなった)。

 第一に美容師がお喋りではいけない。私は髪を切りに来ており、エンターテイメントを求めていない。今日は休みか、仕事は何だ、休みは何をしている、話題の映画は見たか等々、次々ボールを投げて来る。すべてがデッドボールだ。差し出された雑誌に集中してカットの邪魔をしてはならぬし、仕上がっていく頭を恥ずかしくて見ていられないので、私は基本的に目を閉じており、会話のないことにも退屈しない。美容師にはただただろくろを回すように“全集中の呼吸”で私の頭に向かって欲しいのだ。話しかけられた以上は愛想よく答えるし、すぐ会話が途切れては相手に悪いので、興味を示したり、会話を膨らませたりする。事前に「雑談無用、雑誌不用」と伝えるとか(白洲次郎か)、「別に...」などと素っ気なく返して会話を尻切れにさせるとか(某女優か)、そんな感じが悪いことはとても出来ない。

 しかし美容師側からすれば、会話で楽しませなければ客が離れ、最悪クチコミでクソミソに書かれるのかもしれない。ネガな意見の方が圧倒的に目立つのだから、客商売としてたまったものではない。もしそんな裏の事情があったとしても、寡黙なスタイルでやっている人がいればお願いしたいが、そんなことは店に行くまでわからない。そして大抵デッドボールを喰らって帰ることになる。

 会話問題はいかんともし難いので次に行くが、切ってもらうなら女性が良い。これは決して男女差別ではない。話を振って来る件もそうだが、圧倒的に男がチャラく、尚且つ技術が足りない時が多い。私がカットの上手い男性美容師と徹底的に縁がないだけかも知れぬが、男の美容師に切り残され、不要に飛び出た髪を何度自分で処理したことか。だから黙って切れというのだ。

 これで最後だが、ガラス張りの路面店というのもいけない。しかしまたその手の店が多いのだ。もしも髪を切っているときに不測の事態が起こればである。顔は必死の形相、でも下はクラゲ、というとことん間抜けな姿で全力で逃げねばならない。かと言ってクラゲにならねば散髪した髪まみれであるから、非常時のことは観念するとしても、その時でもないのに無防備なクラゲ姿を往来に晒されるくらい理不尽なことはない。店内が見えにくいのが入りづらさに繋がるのはわかる。ガラス張りで開放感や明るさが出るのもわかる。だが、やり過ぎではないか。こちらはいまクラゲであって、同時間帯に来ている他のクラゲの視線さえも気になっているのである。このようなガラス張りの店でカーラーを頭一杯につけて堂々と“路面店パーマクラゲ”にまでなれるメンタルが私には信じられない。

 長々と書いてきたが、これで私が求める条件がはっきりした。店側にもバシッと要望を伝えられる。つまりは、

「技術があって寡黙な女性の方に、他人から見えない席でお願いしたい」

 120%アウト。これでは髪を切りに来たはずが、交番の無愛想なパイプ椅子に座っているということになる。

セルフカットの日々は続きそうだ。

追伸、私の髪はいま肩につくほどに伸びていて(グレてるときの三井寿と言われた)、髪が長い方が後頭部のセルフカットが難しいので、どうしたものかと考えている。

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