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引きこもり、埼玉県の製本工場へ行く!

 さて先月、俺こと済東鉄腸、30にして早くも自伝というものを出版させてもらった。その名も「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」だ。この規格外に長ったらしい題名、俺としてはめちゃ気に入っている。
 それはさておき本を出版するって決まった時から、絶対にしたいって思ってたことがあった。
 それは印刷工場と製本工場に見学に行くこと!
 だってさ、正に自分が書きあげた本が一体全体どういう風に作られるのか、どういう風に生まれるのかを実際にその目で確かめたくない? しかも俺にとって今回の本が初著作なわけで、今行かずいつ行くんだ!?って感じだった。
 それに加えて、俺はクローン病っていう腸の難病になってから、自分の内面よりも己の肉体を含めた心の外側に興味を持ち始め、そっから科学書を読みまくり始めたんだけど、こうすると物質そのものに興味が出てくるんだよな。
 昔、確かIQサプリみたいなクイズ番組で工場の映像がでて、“これは何が作られる過程でしょう?”なんてクイズが流れるんで、子供時代の俺もちょいちょい考えて楽しんでたのを覚えてる。だが大人になって後れ馳せながら科学に興味を持った俺は、工場においてあの巨大な機械が目にも留まらぬ早さで己の仕事を成す様にはどんな技術が隠されているのか?って気になってしょうがなくなってた。
 なわけで、本を執筆している際には印刷工場とか製本工場のYoutube動画をちょいちょい眺めていたんだ。一番印象に残ったのは、教育系Youtuberのヨビノリたくみさんと俳優の齋藤明里さんがやってるほんタメって本紹介Youtubeアカウントが出してた印刷工場見学の動画だ。工場でインクの匂いを嗅いだり、めちゃくちゃデカい紙を触ってシワ伸ばしてたり、マジで楽しそうだった。こうして、俺も“書きあげたら絶対に工場へ見学に行くぞ!”と思いながら、執筆を続けてたわけだ(つーか2人にもマジで本読んでもらいてえ……)
 さらに俺は本を読む時は毎回読書ノートをつけてるんだけども、俺自身の本を書き始めた時に新たにノートのメモに付け加えたのが、どの本の奥付けにも載っている印刷工場と製本工場の名前だった。ほら、中央製版印刷であるとか東京美術紙工協業組合であるとかそういった名前が奥付けに並んでるだろ。これを毎回メモしてたんだよ。3/19以降に読んだ本のメモにはほぼ全て印刷工場と製本工場の名前が載ってる。こうメモしてると、本というものにいかに多くの人が関わっているか、出版というのはいかに広範な社会的営為なのかって実感できて気が引き締まるから、特に著者の方々にはこれをぜひお薦めするよ。
 でそんなことをしながら時は過ぎ、ある時とうとう編集の方にこの要望を伝えたんだけども、珍しいですねって反応だった。俺としては逆に驚いたんだよ。
 だって自分の本がいかにできるかってみんな見たくない?
 だって技術の粋の結集の果て、本ってものが生まれる様を見たくない?
 意外や意外に、そういう人は多くないらしい。俺としてはみんな見学してるだろうし、すんなり要望も通るかと思いきや、反応が反応だったので“これは無理かな~”と思ってしばらくそのままだった。
 が、編集さんから見学スケジュールが届いた。製本工場見学決定だぜ!
 ということで俺は加藤文明社さんグループの製本会社BMバインダリーさんにお邪魔することになった。紹介に関しては俺が駄文を連ねるより、会社ホームページから挨拶を引用することにする。

わたしたちBMバインダリーは、
創業105年(大正5年創業)の歴史を持つ有限会社野々山製本を母体とし、その高い技術力を維持しております。
世の中に必要とされる本をつくり、
日本の「モノづくり」と「人づくり」を支え続けてゆく。
それがわたしたちの信念です。

https://www.bmbindery.co.jp/

 ネタバレになるが、ここはマジで最高の会社だから俺からも宜しくお願い申し上げたいところだよ。
 と、いうことでスケジュールもらった時から興奮一直線だったが、1つブルッちゃうことがあった。それは見学時間がAM9:30~10:30とめっちゃ朝早かったからだ。
 引きこもりの俺はもう典型的かつ徹底的な夜型人間であり、毎日午前2時までポケモンの実況動画とか観ちゃってるんだ。そしてその後に午前10-11時まで寝ちゃうバカ野郎なんだ。一時期、クローン病の薬をブチ込みまくったら逆に健康的になり朝7-8時に起きられるようになったが、それはもはや今は昔、
 だからスケジュール読んでから、早起きの練習を始めたよ。なんだけど、こうやって早寝早起きを意識しすぎちゃうと、むしろ睡眠バランスがガタガタになってしまった。例えば逸りすぎて午後11時に寝たはいいが、午前11時まで寝るというミスをやらかしたりした。
 さらにド酷いこともあった。頑張って朝早く起きるぞ!と午前8時に起き、仕事のメールを送ったとここまではスゲーよかった。だが後にベッドへ戻ってしまい、ドラゴンボールザブレイカーズってゲームの実況動画を見てたら、これが寝ちゃったんだよな。そしてそのまま午後1時半まで就寝! 俺の引きこもりたる所以を俺自身の体に分からされる結果となった。
 友人に薦められて、安眠ヨガもやったりしたんだけど、生来の運動嫌いと部屋の寒さによって動けなくて、1日やっただけで挫折! どうすんだ、俺の明日はどっちだ!?

 そんな感じで、当日が来てしまった。
 何とか頑張って起きたよ。というか7時に起きればよかったけども6時20分に起きたんで、早く起きすぎた。
 さらに俺の懸案は“起き続ける”ことだった。起きれてもまた寝ちゃったら何の意味もないわけだよ。
 それでも……俺は、解決法を見つけちゃったんだよなあ。
 俺は起きた瞬間に枕もとに置いておいた抹茶味の飴玉を口にブチこみ、さらに猛烈な勢いで噛み砕く。こうすると骨伝導で内側から爆裂的な音が響くわけよ。朝起きたら水を飲むと起き続けられるなんてよく効くが、ここには水の刺激が交感神経と副交感神経を切り替えてくれっていうメカニズムが働いてるんだという。そして俺は“水を飲む”に並んで“ガムを噛む”ってのも書いてあったのを見つけた。
 じゃあ飴ちゃんはどうよ?
 そして数日、朝起きたら抹茶の飴ちゃんを猛虎さながら噛み砕くってのをやり、この朝もそれをやったわけだが、これが大成功だった。マジに目覚めるんだよ。弩迫のシャッキリ感があるんだよな。俺自身が抹茶の飴ちゃんのおかげで、暁に颯爽と吹く風になる。
 ということで、出発!
 だがまあ本当、外は寒い。実際、風は颯爽というより荒涼って感じだ。
 それでも俺の心はテニスボールさながら、マジ興奮とクソ不安って名前の選手にラケットでボコスカ打たれて落ち着かない。
 目的地であるBMバインダリーは先述通り埼玉県朝霞市にあるんだけど、実をいえば俺は埼玉県に行くのは初めてだった。旅行の時に電車で通ったって可能性はあるんだけども、実際俺の足でそこに降り立ったということはなかった。いやマジで初だったよ。俺ってどこまでも引きこもり野郎なんだなと乾いた笑いが出ざるをえない。ちなみに神奈川県も一度も行ったことない。次はここが目的地か?
 で、乗るのはJR武蔵野線だった。これも初乗車とかはさすがになかったが、両手で数えられるくらいの回数ではある気がする。ソワソワしちゃったよ。
 しかも“引きこもりの埼玉初おでかけ!”を狙ってとしか思えない、なかなか大幅な遅れまで出てきた。
 やってやろうじゃねえか!
 ……とかは思わずに、編集さんにLINEで“どうしましょう……”とかひよったメッセージ送ってた。それでも俺の不安をよそに、おうし座α星アルデバランみてーな橙の武蔵野線がホームにやってきた。
 “ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!”という有難いお言葉は「ウルトラマンジード」の主人公である朝倉リク氏から受け取ったもの。それを胸に、通勤客の波に揉まれて俺は武蔵野線に乗りこんだ。
 俺は普段、携帯は持ちこまない。何故ならこれ持ってると延々永遠とTwitterを見ちゃうからだ。だがこの日はちゃんと連絡できるように携帯を持ってきて、であるからしてTwitterを朝8時から見まくっていた。でも今回はちゃんと朝から呟いて、皆に宣言したいことがあった。

 そう、これよ。俺が製本工場に行くことよ。
 この呟きをドンと提示すると、不思議とTwitterへの執着がなくなり、持ってきていた本を読み始めることになる。
 それは「書籍修繕という仕事」(翻訳:牧野美加)という本だ。これはジェヨンという韓国の書籍修繕家が執筆したエッセイ集なんだけど、まず書籍を修繕するなんて珍しい仕事について知れるのが面白い。著者の詳細な記述のなかからは職人としての明晰なクールさを感じられる。同時にこの人はものすごく本が好きなんだなっていうのが伝わってくるんだ。読んでると、本好きとしての暖かみある思いやりに頬が緩んでしまうほどだ。
 この職人のクールさと本好きの好奇心溢れる思いやりは対極にあるもののように思えるけども、著者の素朴な言葉のなかでは美しい形で両立し、混ざりあっている。読んでると思わず繊細さに浸っちゃうよ。製本工場への見学に行くから、ぜひ本そのものについての本を読もうと思ったわけだけど、これは完全に当たりだったね。
 そんなこんなで、俺は北朝霞駅に着いた。
 ということで、初埼玉!
 駅前広場に出ていき、開けた広場ってものを見ていると、何かここに独りで立っていることが信じられなくなるような心地になったよ。俺の家の最寄り駅に比べると、ちゃんと繁華街って感じに見えた。いや、俺の最寄り駅が繁華街じゃなさすぎるのか?
 早く来すぎたのもあってちょいちょいフラフラしていた。しばらく歩くと、繁華街が坂道に分断されて、奥には住宅街が広がるなんて構図があった。あまり見たことのない風景に、結構遠くに来たなという感慨を抱いたよ。
 で、駅に戻ったんだけども、道に沿って置かれているちんちくりんの柱に何か毛布みたいなのがかけられているのを見つけた。近づくと、そこに描かれているのがピカチュウとピチューなことに気づく。細い柱を上からもわっと覆う感じなので、ピカチュウたちの図柄がへちょいと歪んで、なかなか物悲しかった。
 だけど俺は、彼らにこそ歓迎されてる気がした。思わず写真撮っちゃったよ。

この角度からだともはやピカチュウの面影がない

 数分後、俺は編集の三上さんと加藤文明社の営業部所属の田渕さんと合流、タクシーに乗ってとうとう工場へ出発した。
 窓から見慣れぬ風景を眺めていると、しかしかつて抱いた感情を思いだすんだった。俺にとってタクシーといえば、クローン病で体重が50kg前半まで落ちてた頃と繋がる。息も絶え絶えでタクシーに乗せられ家から病院へ、病院から家へを繰り返してた。
 そしてとうとうクローン病と診断された後、病院から家へ送り届けられる時、タクシーが棺桶にも感じられたわけだけど、その棺桶の窓から“スリランカカレー”なんていう看板が見えたんだよ。俺、カレーは好きじゃなかった。給食の粉っぽいカレーだけ例外的に好きで、他は全然だ。だからほとんど食べてなかった。
 だがクローン病のせいでカレーのような刺激物はヤバいと知った帰り道、その“スリランカカレー”の看板を見たら、辛さがイメージとしてぶわっと広がって燎原の炎って感じで広がったんだ。初めての経験だったよ。
 俺は自然とスリランカカレーの看板を探していた。ここは千葉じゃなく、埼玉なのにだ。もちろん見つからなかった。

 だが俺のしんみり具合もどこ吹く風、タクシーはBMバインダリーに到着!
 俺たちは早速、工場に勤める方々に挨拶をしたり、応接間で見学許可の書類を書いたりした。田渕さんがカードキーもらったりしてるのを見ると気が引き締まったり、高揚感も抱きはじめた。俺は確かにYoutubeとかで、工場であるとかそこで稼働している機械なんかを見てたけども、実際にこの目で見るのは初めてでドキドキした、どんな世界が広がっているのかと楽しみだった。
 でちょっと重そうなドアを開いた先には、科学の粋を結集した機械たちが俺たちを待ってくれているわけだよ。
 もうね、圧倒されたね。目にも留まらぬ早さで紙を折ったりくっつけたりってそういう気の遠くなるような作業を、機械が凄まじい勢いで一心不乱にやってるわけだよ。“科学技術って極まると魔術と見分けがつかなくなる”みたいなことを聞いたことあったけど、それを直接網膜に叩きつけられるって光景を俺は目撃していた。そして工場の方がガイドになって俺たちに色々と説明してくれるわけだけど、彼らはさながら魔術を操る魔術師だよな。この製本工場っていうのは、ホント燻し銀の魔術空間なんだよ。
 そしてそんな魔術を通じて本が作られるわけだけど、余計な端々を裁断するって機械も見た。刃がグンと落ちると、一瞬で本と端々が切り分けられ、紙屑がどしゃぁんと下にブチ撒けられていくんだよ。量が多いから、床まで零れ落ちてるものもあるけど、その切れっぱしまで記念にもらいたくなるほどの気分だった。まあ実際は、その機械は特に危険っぽいから近づく勇気が出なかったわけだけど。
 で時々、行程ごとに本がどんな形をしてるかってのも実際に近くで見せてもらえた。特に印象に残ってるのが、背表紙の辺りに糊が塗られて、それが乾いた田って状態の本を手に取らせてもらった時だ。ベージュの糊の表面になかなか艶っぽい光沢があってさ、俺は思わずそれをゆっくりと指で撫でてしまったんだよ。人差し指の腹で味わう、あの豊かな感触はマジに忘れがたい。
 シオラン仕込みの反出生主義者がこんなことを言うのはアレだが、生まれてきた赤ちゃんの頬を親が撫でるときに込みあげる感動ってこういうのなんだろうか? もしそうだとしたら、俺は皆さんとはまた違う形でそれを味わわせてもらえて光栄だよ。

 だが俺が製本工場で最も印象深かったのは、音だった。
 本当、ドア開けて空間に入った瞬間に弩迫の轟音が耳を鷲掴みにしてきたんだよ。超速の巨大なハンマーで鼓膜をガンガン叩かれまくるってそんな感覚だ。身体中の骨という骨が震えるって状況には、圧倒どころの騒ぎじゃない。そして実際、ガイドさんの言葉を聞く際には頭を彼らの顔に近づけないときちんと聞き取れないってくらいの音圧が常に空間を満たしていたんだ。
 そんな轟音に囲まれながら工場見学をするうちに、マジに崇高な気分になったよ。最初に聴覚をえげつない勢いで開かされたあと、そっから五感全部が抉じ開けられていくような壮絶な感覚を味わうんだよ。こうなるとはYoutubeで動画観ていた時は予想もしていなかったよ。現場だからこそ味わえる感覚に違いないね。
 そして俺はあることを考えたんだ。俺は東欧含めてヨーロッパ映画をガンガン観てるわけだけど、キリスト教徒が教会に行くって場面はよくお目にかかる。そこで信徒たちは聖書に基づいた説教や、オルガンで演奏される讃美歌を聞くわけだけども、もしかするならここで彼らが体感する荘厳な何かというのを、俺も今正に味わってるんじゃないかってことだ。
 この製本工場って場所は本が生まれる正に最前線だ。そんな場所にこそ宿る荘厳さというものがあって、俺はそれに直に触れてるって感覚があったんだよ。こうして色々語ってんのにも関わらず、俺にとってあの経験は筆舌に尽くしがたい経験だったって言いたくなるほど、ありゃ超越的な経験だった。
 俺はぜひ言いたい。本の出版に従事する方々、そして本が好きな方々全員にぜひ製本工場見学に行ってもらいたい。そしてぜひともこの崇高な感覚を味わってもらいたい。宗教的経験ってこういうことかってそう心で理解することになる。
 少なくとも本への見方、変わるよ。

 そして短くも濃厚な見学を終えて、俺たちは応接間に行くことになる。
 ここで工場の方々と色々談笑していたんだけど、その横である方が黙々とある作業をしていた。彼は何と工場で刷り上がったばかりの本に、同じく刷り上がったばかりの表紙と帯をつけていっていたんだ。その手捌きは正に職人芸、日本刀の一振りって感じで匠の業を感じたよ。
 で、それを俺の手に直接手渡してくれたんだよ。
 本当、マジに真の意味での1冊目の本を手に取ることができた時の感動たるやね。今まで饒舌に書いてきたが、ここだけはこの表現だけで済ませたい。
 ただただ単純に、涙出たよ。
 ページをパラパラと捲るなかで最終ページに目がいくけど、あの作者名や出版社名とか書いてある奥付けに“印刷 加藤文明社”ってなってるのをね、俺は発見するんだよ。ここで俺は、本の完成が見えてきた時から言いたかったことを、工場の人に言ったんだ。
「この約1年、俺と編集の人で魂というものを練りに練りあげてきました。その魂に皆さんが体を授けてくださること、光栄です。本当にありがとうございます」

 さて、俺の本 #千葉ルーの発売から1ヶ月が経った。読者の方々のおかげで、既に第2版が決定ってことで本当に有難いことだ。
 ここで俺はまた思うんだ。あの工場の人たちが本の第2版を印刷する時に表紙を見て喜びを感じてくれるなら、そして書店に行った時に本を見掛けて「これ、自分たちが製本したんだよなあ」と誇りに思ってくれたら、それほど嬉しいことはないよ。

ルーマニア語のおかげでここまで笑えるようになりました。

私の文章を読んでくださり感謝します。もし投げ銭でサポートしてくれたら有り難いです、現在闘病中であるクローン病の治療費に当てます。今回ばかりは切実です。声援とかも喜びます、生きる気力になると思います。これからも生きるの頑張ります。