高い解放値は正義なのか

毎日ビンディングの取り付けで手のひらのマメを潰してる中の人です。元々マメが出来やすい体質なので、毎年この時期は難儀してます。

スキーボードでも解放式、一般で言うアルペンビンディングがだいぶ浸透してきていますが、その中で「適正な解放値」って、たびたび議論に上がるようになってきました。

 そもそも適正な解放値とはなんでしょう?

 一般では、SーBーBシステムに則った算出がされた値が適切とされています。これは世界中のビンディング調整の基本で、ISOの標準規格に則るものなので適切です。

 しかし実際の現場では「これって、調整軽すぎない?」と思う事も多くあります。同じ身長で体重が軽いと調整は軽くなり、重いと強くなる。これはイメージしやすいですが、同じ体重の場合、いくら身長が高くても標準くらいの身長の方よりも高い解放値は算出されません。

 具体的にいえば、体重70kgで、身長170cmの人と、210mの人でその調整値は算出上同じになります。

 解放値は基本的に算出表から算出されますが、実際の調整は実は自由です。いくら算出が『3』だったとして、使用者が希望すれば10でも12でもビンディングの調整が許す限りいくらでも高い解放値で設定できます。その事に同意して書類として記録して調整することが肝要で、ここにはPL法と言うなかなか難しい法律も関係するので、ビンディングを調整して販売する側と使用者側には少し事情の違った解放値の考え方が存在します。

 これを踏まえて「高い解放値でないと危ない」というのはNGで、むしろ高い解放値の方がトラブルが起こりやすくなります

 というのも、外れないからです。

 特にスキーボードでは外れた方が危ないと言うイメージもあります。それは元々外れない『固定式』の存在があるからで、外れないことが当たり前だった背景が関係しますが、一般のスキーではもっと別の意識が関与しています。

 ある種、うまさのステータス的に解放値は扱われています。

 上級者ほど解放値は高く設定されます。というのは、それだけ高い滑走技術があり、それに応じた滑走スピードは板に対する負荷に耐えられるようにビンディング側も調整されなければならないからです。

 時速70kmに迫る速度で急激なターンの切りかえし、高いスピードからの安定したブレーキングなどなど、こうした時に低い解放値は不都合になってしまいます。

 しかし解放値は、実は技術だけ考えてあの数値にはなっていません。それはスネの骨です。ビンディングはそもそもスネの骨を守るためもので、このスネの骨には力のかかり方に対して三つの特徴があります。
 まず上からの「押しつぶす」力。これにはめっぽう強くて体重の何倍もの力が加わっても折れません。ジャンプなどして着地しても平気なのはこのおかげです。
 横方向にかかった力に対する抵抗力、「折れる衝撃」に対する力はそこそこ強くて、他の骨よりも多少折れにくい頑丈さがありますが、脛には脛骨、腓骨と太い骨と細い骨が並行して構成してますが、細い骨はちょっと折れやすい傾向にあります。
 そして最も問題なのがねじれる方向の力、つまり「転倒した時などに捻られる」力で、この力にはとても弱いです。しかしスキーではこの力がかかることは当たり前にあって、スキーボードが一時消え去ろうとしたのはこの部分の安全への懸念が理由でしたが、この捻れの力を解放するのが解放式ビンディングの最も大きな役割です。

 つまり、折れるより先に板が外れれば、骨折、とりわけ捻られることで発生する螺旋骨折のリスクが大幅に減らされる可能性があるのです。

<注>
 逆に低い解放値は単純な体重移動だけで解放してしまう可能性があるため、ある程度適切な強さで調整される必要があります。過度に低い調整の場合、ちょっとしたターンの動きだけで板が外れる事もあるので、調整の下限値を下回る調整はNGです

 少し話が逸れましたが、そうしたひねり方向や折れる衝撃の方向の力に対して解放するのが解放式ビンディングの役割で、そのリスクと求める技術の負荷のバランスを考慮した結果、上級者は一般より高い解放値が求められるのです。

 つまり言い方は良く無いですが、上級者なりの滑りをしないならば高い解放値はリスク以外無いのです。

 ですがこれも「普通の滑走」に限ってのもの。フリースキーやバックカントリースキーの現場ではこの意識は異なってきます。普通の滑走に適した解放値設定では、そういった滑りには不都合になることがあるからです。

 フリースキーは空を飛んだりアイテムに乗ったりと、おそらく想定していない使用方法でしばしば使われます。鉄の上で板を真横に向けて滑るなんて、おそらくS-B-Bの算出表を考えた方々は想像していなかったでしょう。

 またバックカントリー。このシーンでは足元に何があるのかわからない自然の中を滑るので、安易に板が外れてしまうのはともすれば死に繋がりかねないきっかけになる可能性があります。

 こうした部分を考えずに「高い解放値は要る、要らない」と考えてもそれは押し付けにしかなりません。だから調整の際に調整する側と使用者側で使うシチュエーションを話し合い、お互いに納得して調整されるべきです。GRでもこういった例だけでなくスキーボード特有のトリックに対しての解放値調整の相談を受け、前後で異なった解放値をお勧めする場合があります。

 このように柔軟に考えられているのも実はS-B-Bの仕組みで、一般的なゲレンデでのレベルや体格にあわせて最も安全に楽しめるであろう調整が、算出上の調整になります。自分で使ってみて履きにくい、外れて困るなどのことがあれば、その都度相談して調整していけばよく、決してこのように思ってはいけません。

「低い解放値って、カッコ悪くね?」
「上級者なんだから高い解放値が当たり前」
「解放値が低いと誤解放して危ない」

 実際にそのように思われている方もいらっしゃいます。しかしこれらの考え方は「正義」ではありません。私はいつも解放値は調整されるべきものと考えています。むしろ解放値に関する「正義たる考え」は

 個々の体格や滑り、使い方やシチュエーションに適した解放値を選択できること

 と考えます。こうした考え方を周知できることが、高い解放値を進めることよりも重要なのではないでしょうか。

 これからシーズンが始まります。みなさんもシーズン前に今の体格に自身の板の調整が適しているかをきちんと購入店などに相談し確認して、怪我のないシーズンを過ごして頂ければと思います。

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